第17話 妖怪会議in六本木
ショウとタカ丸が配信をしていた日から、時間を少し遡る。
マスターはクズ四人組での会議の後すぐに全国の知己に連絡をとり、賛同者を集め今後の方針について話し合いをすることにした。
現代に生きる妖怪は、姿を消せるものから人間に化けられるもの、擬態できるものと様々なタイプが存在しているため、連絡手段もメールから魔法まで多種多様だ。
既に妖怪側にも、人間の中に見鬼の才能を有したものが大勢現れていることは知られており、普段は人外らしく気まぐれに過ごす彼らも、今回ばかりは集まりが非常に良かった。
場所は六本木のとあるビルの一室。
こういった客にも対応している、人間の術師が経営している店だ。
控えめな間接照明につやつやとしたテーブル、座り心地の良いソファ、なにやら高そうな絵の飾られた壁と、高級店らしさを前面に押し出したバーの店内に、今夜は様々な妖怪が集まっている。
そのへんのふかふかのソファの上では猫又や野干がくつろぎ、片隅のプールでは人魚が泳ぎ、大きな角の生えた鬼が延々酒を飲み、鴉天狗が天井から吊るされた止まり木に座り込み、夜雀や鬼火がそこかしこを飛びまわり、と店内は非常に賑やかだ。
店の壁の一面は、外からは中の様子が見えないよう術を掛けられたガラス窓が使われており、そこから見える夜景と妖怪たちとの対比は、まさしく夢の中のような非現実感があった。
そこへ主催のくせに遅れてやってきたマスターは、今日は冬至を伴っている。
こういった会合へ参加することがめずらしい人間の客に、妖怪たちは当然興味津々で視線を向けた。
「お、人間だ」
「人間ちゃんだ……」
「人間なにか食べる? おはぎとかいる?」
「流行の把握が遅すぎるだろ……。今の時代はタピオカとかがいいのだぞ」
「その流行も遅れてるんだよ。無理するんじゃない年寄りめ」
「えっそうなの早く言ってはずかしい」
人間を見ると途端にソワソワしだすのは、吸血鬼に限らず人外の習性なのかなんなのか、ここでも冬至は大人気である。ホラー作家だけあって相性が良いのかもしれない。
マスターはわらわらと集まってくる妖怪たちを追い払い、店内の一番いい席に遠慮なく腰掛けて、手をぱんぱんと叩く。
「ほれおぬしらどけどけ。おもちゃに集まる子供かなにかかいい年こいて。酒はもう頼んでおるな? よし。では乾杯!」
「かんぱーい!」
とりあえず酒さえ飲ませておけば大人しいという習性のものが多いため、既に会場内はそこかしこに空いた一升瓶やら洋酒のビンが置かれている。
客単価が高いため、こういった店での妖怪客の評判はなかなかに良いのだが、そんな話はさておき。
マスターは良い酒でご機嫌になっている能天気な妖怪たちに、タブレットに映したショウの動画を掲げてみせた。
「さて今回おぬしらを呼んだのは他でもない。
実にめずらしい能力の持ち主が、我が同胞に生まれてのう。なんと目を合わせた相手の見鬼の才を、無差別に何人でも目覚めさせる、という力なのだ。
というわけでわらわたちは現在この能力を用い、見える人間を爆発的に増やしておる。既におぬしらも増加の傾向は肌で感じておろう」
真祖の少女の言葉に、妖怪たちはそれぞれに反応を返した。顔をしかめる者もいるが、割合としてはうきうきと楽しげにしている者が多い。
妖怪は元来悪戯好きな個体が多いのだ。自分達の存在が見える人間が増えるということは、それだけ遊べる機会が増えるということでもあるため、彼らの多くはこの変化を好意的に受け止めていた。
「ふうん。どうりで。最近子供に追いかけられることが増えたって、子分たちから聞いてたんだよねえ」
赤いリボンを首に巻いた黒い毛並みの猫又が、冬至の膝に飛び乗り、ごろごろとくつろぎながら呑気に話す。
すると今度は、ただのふっくらした雀にしか見えない夜雀たちも、冬至の肩やら頭にとまりはじめた。
瞬く間にディズ○ープリンセスなみに動物まみれになった冬至は、あわてず騒がず日本酒を飲んでいる。怖がるような神経を持ち合わせていない彼は、むしろ人外の者達に囲まれて非常に楽しそうだ。
わたしも人間に見られた、俺も俺も。と妖怪たちがざわめきはじめるのをしばらく見守り、マスターはワイングラスをぐいと干して再び話しはじめる。
「よいかみなのもの。わらわはな、この世の人間すべてに霊や人外の化生が見える、全ての存在が共存できる社会をつくりたいのだ。
今の生活もそれなりに楽しいが、我らの暮らしというものは、見えぬ者どもに気を使えば、どうしても窮屈になるであろ?
わらわはそれが以前から面倒で仕方がなかった。
それに吸血鬼にニンニクが効くだの川の上は渡れないだの首元に噛みついて血を飲むだの、無知な流言を聞くのにもほとほと飽きていたしの。
ここらで人間社会に混じり、お互いがお互いに対する理解を深めることで、もっとこの世は面白くなるのではないかと思ったのだ。
そのためにも、変化し始めたばかりの社会の混乱を、まずは乗り切る必要がある。
おぬしらには、見えるようになったばかりでそこらの悪霊やらなにやらにいたずらに怯える人間を、積極的に助けてやってほしいのだ。
どうであろうか諸君。やってみる価値はあると思うのだがのお?」
吸血鬼の言葉に、まず初めに野干が反応した。
狐姿の彼女はどろんと古式ゆかしく煙を纏って美女に変化し、赤いマニキュアの塗られた爪先で妖艶に己の肩を撫でて、ゆるりと微笑む。
「わたしは賛成よぉ。もともとわたしの一族は人間社会に溶け込んでいる者が多いもの。正体を隠さなくて済むようになるなら、いまとはまた別のタイプの信奉者が生まれるでしょうから」
この狐、じつは銀座に店を出している、その道では有名なママなのだ。
美貌と巧みな話術で客を骨抜きにしている彼女が、これからは狐の術を客の前で披露してよい、となれば、さらに儲かることは間違いない。
次に普段は山の中の隠れ里で暮らしている、褐色の肌に銀髪という外見の、オタク受けしそうな鬼の美青年が手を上げた。
「俺も賛成だ。見えるようになるということは、我々が先住民族として、土地の所有権を国に訴えることもできるようになるのではないか?」
狐とはまた別方向からの意見に、マスターはふむふむと頷きながら考え込む。
「ああ、おぬしの住処はたしか自然遺産登録されたのだったか」
「そうなのだ。環境が美しく保全されることはよいのだが、それならいっそ我々に管理の協力をさせろと言いたくてな。なんなら猟友会とも提携するぞ。
……それと、その」
言い淀む鬼に、吸血鬼は小首を傾げて話の続きを促す。
むぐ、と言葉に詰まった後、鬼の若頭は顔を赤くしつつ、眉間にしわを寄せてくわっと口を開いた。
「……それと、俺は人間社会におおっぴらに関われるようになるのだとしたら、年末の格闘技の特番に参加したいのだ……!」
「おぬしミーハーだのう」
「悪いか! 俺はあれを見るためにスマホを買ったのだ! 電話線も引いてもらった……! よいではないか別に。昔も良かったが、最近の格闘技もあれはあれで、血で血を洗う緊張感は無いが試合としての楽しさは上というかだな!」
熱く語る鬼を遮るように、今度は隅のプールに入っていた、黒髪の美しい人魚が元気に手を上げる。
「はいはいはい! そういうのがOKなら私もやりたいのある! あれよあれ、夏によくやる子供向けの妖怪映画あるでしょ、あれの妖怪をオールキャスト本物でやって欲しいわ!」
人魚のよく響く美声に、あーわかるわかるCGが無理って思ってた、と店中から同意の返事が返ってくる。
それに深く頷き、人魚の美女はぐっと固く拳を握った。
「それとあれよぉ! 私妖怪画での扱いがあんまりなのよ! 人魚ったって色々なタイプがいるんだから、ぶっさいくなおっさん顔の例ばっかり日本の人魚として出してほしくないの!」
「わかるー!」
「石燕が悪いよ石燕が」
「あいつおっさん顔ばっかり書き過ぎだろ!」
「戦犯だよほんとに」
盛り上がる妖怪たちに、咳払いをしたマスターがまあ待て待てと制止の声をかけ、己の横でにこにこしている人間を指し示す。
そこでやっと妖怪たちは、そういえばこの人間の紹介をろくにされていないぞと気が付いた。
彼らは吸血鬼ほど馬鹿さとクズさを前面に押し出した性質をしているわけではないが、やはり長命で気が長いので、若干テンポがズレている部分があるのだ。
再び店中の注目を浴びた冬至は、すっかり慣れて膝の上の猫又の頭などを優雅に撫でながら、軽く会釈をした。
「ああどうも、私は新月冬至と申します。
私はまあしがない物書きをやらせていただいておりまして、そのツテで、妖怪辞典を作って出版しようかと思い立ちましてね。
まあ皆さん、姿形や性質が正しく伝えられていないと不満があるということで、どうでしょう、写真集という形式で本を作るというのは」
冬至の言葉に、妖怪たちは各々反射的にすっとキメ顔をした。既に気分が撮られる体勢に入っているのだ。
「勿論いいぞ! 俺も虎革の腰巻姿のおっさん鬼ばかり有名にされてはかなわんと思っていたのだ!」
「私も人面魚みたいなのばっかりオチみたいに出されるのはもうごめんよ!」
「猫又どうして踊ってる絵ばっかり描かれるんだろうね。もっと可愛いシーンあったでしょ」
「鬼火は写真映えすると思います……!」
「ふくふくしてる雀っていま人気あるんでしょ? 撮って撮って!」
妖怪たちはそれはもう素直にそわそわし始めた。
彼らは人間を指先ひとつで殺せる力を持ったものも多いのだが、それでも昔からそれほど本気で忌避されることもなく認知され、存在しているだけあって、なんだかんだと気が良い個体が多い。力があるわりに、それを振るって大暴れしたいと考えるものが少ないのだ。
暴れがちな妖怪筆頭である鬼も、最近では高齢化が進み、見た目のわりに穏やかな個体が増えている。
冬至はいかにもほっとしましたという顔で胸を撫でおろし、そういえば、と手を叩いた。
「あ、そうそう、映画。私は以前、小説をホラー映画にしていただいたことがありましてね。その関係で多少顔がききますから、妖怪映画のキャスト募集の話を聞いたら皆さんにご連絡しますよ」
「本当か!?」
「ええ本当ですとも」
外見だけなら線の細い好青年という見た目の冬至が、それはそれは穏やかに微笑んで頷くと、店内に妖怪たちの歓声が響いた。
大昔から人間の暮らしのそばに居続けたわりに、それに関わる機会は少なかった妖怪たちは、いままでやりたかったのにやれなかったことをどう実現しようかと、うきうきと計画を練り始める。
とはいえ全員がそうして能天気にしているというわけでもない。
事態を静観していたナイスミドルな鴉天狗が、険しい顔をして吸血鬼の真祖を見つめた。
「なるほど、我々にとっても得な変化だということはわかったが、しかしだぞ。儂は人間にいちいち見られながら暮らすなど、鬱陶しくてかなわん。
それに人間社会に混じるということは、人間の決めた法の下で生きる必要が出るということだろう。不自由が増える可能性もあるのではないか」
低い声が冷静にそう言うのを聞いて、はしゃいでいた妖怪たちは少しばかり落ち着き、吸血鬼と人間のコンビを見た。
マスターとてこういった意見が出ることは当然予想している。余裕のある笑顔を浮かべ、彼女はグラスの中の酒をくるくると回した。
「いやいや、それがのう。この見鬼を増やす能力、なかなか融通が利くのだ。
我らの姿が見えるようになる、という効果はあるのだが、かといって術などを用いて姿を隠した場合、そこまでを見通す性能はないようでな。
お陰でわらわの住処である吸血鬼の館も、いまだ人間達には何の変哲もないビルに見えているようだし、元々人前に姿を現すことの少ない神霊のたぐいは、今でも人間たちにはほぼ目撃されておらぬ」
「なるほどな。無防備にその姿をさらしているものは物質でも人間でも化物でも見ることができるが、故意に姿を隠しているものまでは見えない能力、とでも思えばよいか」
「さよう。つまり我らは好きな時に人間の前に姿を現し、億劫になれば隠れればよいのだ」
「おおそうか。であればまあ、俺も邪魔だてはするまいよ。
最近もうちの山にヤクザ者が死体を埋めに来てなあ。まとめてとって食ったのだ。ああいうものもいちいち人間の役人に届け出なければならない事になれば面倒だ、と思ったのだが、杞憂であったか」
「なあに、その程度気にせんで良かろう。今まで通り、退治屋に睨まれぬ範囲で好きにするとよいわ」
「そうかそうか。あ、今日は人間のお客人がいたのだったな。口が滑った」
「いえいえお構いなく。世間にバレなきゃいいんですよそんなもの」
友好的でも結局のところ化物である妖怪たちの価値観をぶつけられ、冬至はあっさりと食われた人間たちを見捨てた。
街中で無差別につまみ食いされるならともかく、彼にとって反社会勢力が人外にぺろりと頂かれてしまうくらいは許容範囲内なのだ。
社会を混乱に陥れてでも面白いと思うことをしたい、と考えるような人間なので、これは当然の判断と言える。
話がまとまったところで、マスターはワインで満たされたグラスを掲げた。
「では我らは今後も節度正しく、助けるべきは助け、美味しいところはきっちりいただき、人間たちと愉快にやっていこうではないか」
吸血鬼の声に応え、妖怪たちもそれぞれの杯を掲げる。
飽食の時代に突入した人外たちは、ときに食欲よりも重視されるようになった娯楽への欲求に従い、総見鬼社会への参加を決めたのだった。
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