第16話 吸血鬼と式神の雑ラジオ

二人は見栄えの良い吸血鬼の館内の図書室を借り、配信を始めた。

ショウは椅子に、タカ丸は樫で出来たテーブルの上に陣取り、カンペやらフリップを画面外に用意する。

今回は動き回るタカ丸のGIF画像をつけた配信開始ツイートをしたため、コメント欄はまずはこのマスコットについての話題一色になった。


「ハイこんばんは健康優良バカ吸血鬼チャンネルです。今回は見ての通りアシスタントさんをお呼びしてます。

外部の陰陽師のかたからお借りした、式神のタピオカ丸さんです。本名出すのはNGらしいんで、仮名で呼んでます。センスを叩きたい人は俺じゃなくて術者さんにしてください。俺は本人の希望でタカ丸さんて呼ぶことにしました」

「紹介されたタカ丸だ。今日はこちらの配信にお邪魔して、オカルト的なものに対する質問に答えることになった」

「えー、じゃあさっそくやってきますわ。

まずはこちらのフリップをごらんください。つってもこれただのスケッチブックだけど。まあ頑張ってそれっぽく書いたんで……。

まずは対おばけ用の基本的な身の守り方です。このへんはとある有志のかたがマニュアルをまとめてくださってるんで、詳しくはオカルト専門チャンネルとかサイトの該当する記事を読んでみてください。ページのトップに貼ってくれてるらしいっす。概要欄にリンク貼ってあります」


滑らかに動いてフリップをめくるタカ丸に、リスナーが夢中になっているのを無視して、二人はサクサクと配信を進行した。

最初にするのは特に大事な注意事項の読み上げだ。お守りを持てだのホラースポットにはマジで近寄るなだのと基本的なことを伝えた後は、事前に募集しておいた質問への返答に移る。


「続いてのお便りはクラムチャウダードチャクソ大好きさんから。

最近僕は地元の廃業したリサイクル業者が放置しているスクラップ置き場に行って、血文字で書いたこっくりさんをやりました。やべえ霊が出たのですが、通りすがりの陰陽師のかたが助けてくれました。とても格好良かったです。こういう人は全国にたくさんいるのでしょうか? 気になったので教えていただけると嬉しいです。季節の変わり目は体調を崩しやすいですが、吸血鬼チャンネルの皆さんもお体に気をつけてお過ごしください。

クラムチャウダードチャクソ大好きさん、文章わりと丁寧だけれどコレとんでもねえイカレ野郎だな……。近所に住んでたら通報するレベルだろ。えー、タカ丸さんコメントお願いします」

「普通に死にかねないので二度とやらないでください。

皆さん今まで生きていてこういう事態に遭遇したことは、まずないと思います。そういうことです。隠れてるんですよ術者ってのは。人前でお札ぶん投げたり式神に口頭で指示出したりしてると通報されかねないので。

というわけで案外社会の中にこういう人は紛れ込んでいるんですが、数は多くないので、全国各地でバリバリ幽霊やら何やらを跡形もなく退治できるわけではありません。危険なことをしても助けてくれるから大丈夫、などとは絶対に考えないでください」


ぬいぐるみのような顔を器用にしかめて不快感を表すタカ丸に、ショウはスポーツ実況者のような生真面目な顔で頷いたあと、メモをめくって次の原稿を読む。


「ということです。続いてのお便りは全裸スカイダイビングキメたいさんから。私の親は新興宗教にハマっていて、家にはその宗教のオリジナル神棚しかありません。効果があるのか疑問です。しかも私の家の前の道は、毎晩決まった時間におっさんの霊が歩き回っている心霊スポットです。いつかうちに目を付けられたらと思うと気が気ではありません。よその宗教のお守りも買えないので詰んでいます。どうか助けてください。

ご両親にはお子さんがこんなペンネームでお便りを出している事実を重く受け止めて、反省していただきたいですね。じゃあタカ丸さんどうぞ」

「金儲けでやっているインチキ宗教にハマッているなら、なるべく早く改宗させたほうが身のためではあるが……、こういう話は拗れやすいからな。第三者を挟んで話し合いをしたほうが良いぞ。

ちなみに新興宗教もいろいろあってなあ。ある種の霊能力者が、本人にその気は無いのに、周囲に無理に祭り上げられていることもある。

こうして見える人間が増えてきたことによって、新興宗教の信者が教団と揉めて暴力沙汰が起きたという話も耳にしているが、教団が信者を故意に騙そうとしていたわけではない場合も、一応あるのだ。

そういう面も理解したうえで、各自理性的に行動してほしい。というのがオレからのお願いだ。

とりあえず相談者はネットをするだけの自由はあるようだから、配信の最初のほうで紹介したサイトのマニュアルに貼ってあるリンクから、厄除けの札をダウンロードしてスマホにでも入れておきなさい」

「前から思ってたけど、それ効くんだね」

「ああ。多少はな。直筆で霊力を込めて書いたものよりは当然劣るが」

「ふーん。じゃあそろそろコメント読んでくか。いやしかし爆速で流れるなこれ。いま同接何人? えっ、こんないるの? 引くわ……」


ショウが表情を引きつらせるのも無理はない。

作られてまだ一週間ほどしか経っていない新人のチャンネルだというのに、現在の同時接続者数は20万人を超えていたのだ。

金曜日の夜という、見やすい時間帯での配信だということも関係しているだろうが、それにしても多い。

ここ数日で突然幽霊やらなにやらを見えるようになり、不安を抱えてこの放送を見に来た人がこれだけいる、というわかりやすい指標でもあるだろう。

そのため配信にはショウに好意的なコメントだけではなく、化物だのお前のせいでこんな目に、だのといった否定的なものも多い。

とはいえショウは現在、ゴリラの群れに素手で勝てるだけの身体能力を持つ吸血鬼であり、住処は素人には見つけることができない魔法の館の中。

ただの人間からどれだけ悪意を向けられようが、そうそう実害を及ぼされないという環境だ。

しかも吸血鬼というものは肝が据わっているうえに性格が悪いため、アンチコメント如きでは動じないという、ある意味配信者向きの性質を持っている。

彼はさっさと気を取り直し、コメントの中から適当に質問を拾っていくことに集中した。


「やっぱタカ丸への質問がけっこうあるね。修行したら自分も式神使えるようになるのかってさ」

「それは本人の資質によるところも大きいな。とはいえ、この世ならざるものが見える、という最低限の基準を満たしているのなら、時間をかければある程度は出来るようになるだろう」

「おー、夢のある話じゃん。俺もやってみてえなあ」

「お前は先に自分の頭領から魔法を習ったほうがよいのではないか?」

「それもそっか。あ、いま話題に出たのは、俺が住んでる吸血鬼の館を運営して、まとめ役をやってる人のことな。ここシェアハウスなんだよ」

「おお、どんどんコメントが流れていくぞ。そう不思議な話でもないと思うんだがな」

「知らない人からすると意外でしょ。ってか俺も知らないんだけれど、こういう人外コミュニティみたいなのって多いんすか?」

「多いぞ。たとえば古来からいる妖怪の中でも、人間と共存できるほどに知能が高く穏やかな気性をしている場合、人間社会に紛れて共同生活を送っている者がそれなりにいる。まあ個人主義者も多いがな」

「へー、俺が言うのもなんだけど、人間襲わねえんだ?」

「お前たち吸血鬼も、昔はともかく今は協力者から献血を受けることで、問題なく生活しているだろう。

他の妖怪も同じだ。そもそも妖怪だの妖精だのといった存在は個体数が増えにくいが、人間の数はどんどん増えるからな。人間の血やら生気やらを餌にするものにしてみれば、いまは需要に対して供給が過剰な状態なのだ。

おかげで、抜いても影響のないほどのごく少量を、大勢から隙をみてこっそり採取する、という手法も可能になっている。

というわけで、妖怪にとって現代は、案外生きやすい時代らしいぞ」

「なるほど。ってことは、そのうちこのチャンネルにも妖怪を呼べたりするかもな」

「するだろうな。というかお前のところの頭領が、見えるようになったばかりの人間が困っていたらできるだけ助けてくれるよう、妖怪たちに協力を要請していただろう」

「えっ」

「聞いとらんのかお前……」


呆れるタカ丸に、ショウは目を丸くして頷いた。

タカ丸の出した情報は秘密でもなんでもなく、関係者間では周知の事実でしかないのだが、ショウはさっぱりこれを知らなかった。

彼は関係者一同から、あいつはいっぺんに情報を詰め込んでも入らないからほどほどにしてやろう、と生暖かい気遣いをされているのだ。舐められているとも言う。

ショウはわなわなと手を震わせ、タカ丸のふわふわのおててに縋りついた。


「じゃあもしかして、全日本妖怪大会議って感じのイベントが、俺の知らない間に起きてたってこと!?」

「そうだぞ。たしか六本木あたりでやったらしいな」

「ばりばりの都会でやってやがる! いいなあ! なんでそんな配信映えすること教えてくれなかったんだよ!」

「いやオレに言われても……」


タカ丸に手を嫌そうに振り払われ、ショウは二重の悲しみにむせび泣いた。

リスナーもそんな漫画のようなイベントを見れなかったという事実に嘆き、そして同時に興奮した。

妖怪というコンテンツは、サブカルチャーの中でも時代を問わずたびたび流行作品を生み出す、定番のファンタジー要素だ。

当然これに触れて育った日本人は多い。妖怪モノの推し作品がある人間は、世代問わず大勢いるのだ。

吸血鬼に式神に陰陽師に妖怪という、節操のない怪異の詰め合わせセットのような配信内容に、リスナーたちは、自分の胸の中に言いようのない高揚が生まれるのを感じ取っていた。

変わり映えのしない日常が続くのだと思って生きていた世界が、本当はまるで漫画やゲームの中のような世界感だったのだと知った衝撃。

これから世の中はどうなっていくのだろうという期待感。

その熱は着実に、人々の中に広まっていた。


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