第13話 全日本馬鹿選手権小学生部門・前

馬鹿とクズの四重奏のような四人組が吸血鬼の館で会議を行っていたその日。

まさしくショウの危惧していたとおり、後先を考えない一人の子供が、とある事件を起こそうとしていた。

その人物は長野県在住の小学5年生、新藤しんどう真琴まことくん(11)である。

世に溢れる馬鹿の中でもかなり純度の高い馬鹿である、小学生男子という存在が真っ先に問題を起こしたのは、ある意味自然な流れと言えた。


真琴がショウとグロームの動画を見たのは、彼の四つ上の兄である新藤しんどう謙太けんたに勧められたからだ。

謙太は配信をリアルタイムで視聴し、次の日から中学校への通学路を通るたび、途中にある空き地で化物を見かけるようになってしまった、運の悪い少年だった。

と言っても、そういったものに敏感な子供達が通る通学路は、元々厄介な霊を寄せつけにくいよう守られている。

謙太が見たのも、猫程度の大きさのスライムじみた無個性な穢れの塊だったのだが、オカルト動画を見ているわりにビビリである彼は、自分の霊感が目覚めてしまったことに非常に怯えた。

自分以外にも似たような体験をしている人間はいないか、対策はないかとネットの海を探し回った彼は、ほどなくして、例の配信が原因であると知ることになる。

そうして彼が何をしたかというと、学校の友人達、家族、ネット上で交流のある人々、とにかくあらゆる人間に動画を見るよう勧めて回ったのだ。

仲間を増やした彼は、自分の生活圏内での幽霊発見ポイントを、見える人々全員で共有し、安全に通れる場所を見つけることに成功したのである。


実のところ、こういった行動に出たのは彼だけではない。

ショウとグロームの動画はその特殊性から、配信の時点ですでに検証用掲示板が立てられるなど、グループでの視聴をされることが多かったのだ。

そしてそのグループ全員がことごとく同じタイミングで見える人となった、とくれば、原因が例の動画にあるのではないか、という推理は誰もがすることだろう。

検証も容易なこの説は当然すぐさま立証され、健康優良バカ吸血鬼チャンネルのショウとグロームの動画は、見ると霊感に目覚めてしまう動画として、オカルト界隈でしっかり噂になった。

しかしながらネット上でならまだしも、いい年をした大人はリアルで、実は私幽霊が見えるようになってしまったんですが、などという会話は切り出しにくい。

ゆえに見える人になってしまった人々は、話しても引かれない友人や家族限定で、動画を見せ悩みを共有するという方法をとり、仲間内で自衛を始めたのである。


いっぽう大人と比べ、学生たちの活動はかなり活発だ。

友人同士で情報を共有するという点は同じだが、社会人と小中学生で違ったのは、子供たちは生活圏が被っているという点だ。

となると、見える人間は避けるような道を、見えないクラスメイトが知らずに通ってしまうという場面にも度々遭遇するわけで、なかば人助けのような感覚で、友人知人にショウの動画を視聴させ見える人化させるという事態が相次いだ。

そうして彼らは奇妙なものを目撃した場所をマッピングし、情報共有をして避けるようになったのだ。

彼らがパニックに陥らなかった原因として、家や学校、通学路など、生活と密接にかかわる場所にはたいした化物がいなかった、ということが大きい。

これがもしも、学校内で七不思議を全校生徒全員がもれなく体験する、などということになっていたなら、阿鼻叫喚の事態に陥ったのは確実だろう。


こうして多くの現代っ子たちは賢くリスクを避けたものの、当然中には賢くない、というかまあ馬鹿な子供というのは存在する。

しかもこういった馬鹿はなぜかとてつもなく元気な場合が多く、問題を起こしがちだ。

急に見えるようになった幽霊や化物の不気味さを恐れるよりも、それを使ってなんとか遊びたい、などと考えてしまう人間の一人が、前述の新藤しんどう真琴まことである。

全国の馬鹿小学生の中でも、彼の馬鹿さと行動力は群を抜いていた。

真琴少年の起こした事件は後に報告書が作成され、関係者一同に現代の道徳教育は馬鹿の前には無力だということを知らしめることとなる。

彼は全くの素人でありながら、ほんの数日でホラースポットを自力で探し出し、あろうことかそこで降霊術を行ったのだ。


その日の放課後真琴は、見える人化した同級生たちが、恐怖を原動力に大急ぎで作成した幽霊出没スポットマップを片手に、ひとり首を傾げていた。

真琴は普段それほどホラーだのオカルトだのというものに興味を示すほうではないが、それでも11年生きてきた結果、彼なりの幽霊観というものを持っている。

彼にとって、幽霊というのは、人と密接にかかわるものだ。

学校という人の多い場所は怪談話が多いし、逆に人里離れた秘境には、幽霊はなんとなく居そうにない。

そう思っている彼にとって、実際に幽霊が見えるようになった結果作成されたホラースポット情報は、全く逆の結果を示していた。


「なんで学校に全然でかい幽霊がいねえんだろうな……」


これは彼以外の同級生たちも、実は思っていたことではある。

とはいえ、噂話なら楽しくても、実際にいては困る、というのが正直なところだったので、学校で幽霊が発見されなかったことは、真琴以外の子供にとっては良いことだった。

学校で発見されたのは、せいぜい一番目撃情報の多い、特に何をしてくることもない黒スライムや、透けている猫や雀などの小動物の霊程度。

通学路も目立った幽霊は存在せず、公民館や図書館、神社や寺周辺も安全地帯。

学校近くの昔ながらの商店街も、たまに細い路地に薄い人影を見かける程度で、大きなメインの通りには目立つものは居ない。

逆に寂れた空き地や空き家がある場所は、廃屋の中に人影が見えたり、六本足の謎の犬っぽい生き物が草むらで昼寝しているのを発見されたりと、目撃情報が多い。

郊外の国道の、カーブがきつくて交通事故が起きた場所は、夜に家族の運転する車に乗って通りがかった子供が、かなりはっきりした姿の人間の幽霊を見かけたということで、今では誰も近付こうとしない。

塾に行くためにひとつ隣の駅近辺に通っている子供は、遅い時間になるとビル街の路地で、妖怪めいた怪しい生き物を見つけることもあったという。

こんな調子で世界は奇妙なものに溢れていたが、それでも真琴が思っていたよりずっと、身近な場所に幽霊は少なかった。


この世のものではない何かが見えるようになって、子供たちの生活は以前に比べて少し変化した。

以前はそのへんの林や河原で遊んでいたり、町外れの広い国道を自転車でかっ飛ばしていた子供たちが、すっかり出歩かなくなったのだ。

外出の際は人気のある場所を歩き、人気のない場所はなるべく大勢で歩く。というルールが、ほんの数日で子供たちの間に浸透していた。

それを真っ向から破っているのが真琴である。

彼は幽霊出没スポットマップを眺めながら、別の法則性を見出そうとしていたのだ。

空き家や空き地、細い路地裏、あるいは河原。

これらの共通点はなにか。そう考えて、真琴はひとつの結論に行き当たった。

人気のなさだけではない。

重要なのは、管理されているかいないか、である。


例えば商店街の細い路地。ここは一応通路にはなっているが、左右どちらの店も、そこに出入口が面していなかったり、もっと広い道に面した別の出入り口があるために、めったに使わないという場所だ。

次に国道の事故現場。このあたりは本当に何もない場所で、周りに誰も住んでいないうえ、亡くなったのが身寄りのない老人で、遺族が定期的花などを手向けに来ている様子もなかった。

ビル街の路地は真琴はどの場所なのか分からなかったが、汚いし薄暗いから普段からあまり通らない、と聞いているから、ここもやはり普段から人目に触れにくい場所なのだろう。

空き家や空き地なんて言うまでもない。

真琴は以前、社会見学で地元の神社を訪れた際、神主から、掃除をしたり体を清潔に保ったりすることでおばけを遠ざけられるのだ、と習ったことがある。

それは子供が怖がる幽霊の話題を使った道徳教育だったのだが、真琴はここから一つの真理に至った。

人間がきちんと管理し、まっとうな生活を営んでいる場所には、幽霊や化物といった存在はあまり出てこないのだ。


ここまでは良かったのだが、真琴は5年生にもなって教科書にうんこの落書きをしているような馬鹿な男子小学生なので、次にこう考えた。

それじゃあ一番幽霊が出そうな場所はどこなのか、と。

一番ありがちな病院だの学校だの墓地だのには案外出ない、ということは既にわかり切っている。

大事なのは、放棄されていること。しかし人と全くかかわりのない場所ではないということ。この二点だ。

真琴は地図を眺めながら、自分の足で行ける範囲の中で、一番派手な幽霊が出そうな場所を考えた。

空き家や国道の事故現場でもいいが、そこは車通りや人通りがあるので、一人でこっそり悪さをするには向かないため選外だ。

そうして思いついた場所が、郊外のスクラップ置き場である。


ここは数年前に会社が経営破綻し、集めたはいいものの処理できなかった様々な金属ゴミやら何やらが、トタンで出来た粗末な囲いの中にそのまま放置されている場所だ。

勿論危険なので、囲いの中に入ることは禁止されている。

しかし、近付くこと自体は可能だし、周囲を囲む空き地に背の高い草が生い茂っているので、大人に注意されないよう身を隠す場所にも困らない。

幽霊出没スポットマップでは、この周辺では黒スライムやら足の多い謎の小動物やらが少数目撃されているが、それほど大物はいない。が、スクラップ置き場の中を見に行った子供は勿論いないため、そこに関する幽霊情報はゼロだ。

入れはしないが可能性は無限大、という場所を思いついてしまった真琴は、なんとかして入り口付近から幽霊を観測する方法を考えた。

そうして思いついたのが、幽霊自体をおびき寄せてしまえばいいのではないか。というアイデアである。


「オレ天才かもしんねえ……」


馬鹿は大概こういうことを言うのである。

幽霊をおびき寄せる専門的な方法なんて当然知らない真琴は、自前の知識の中から、よりによってこっくりさんを選択した。

こっくりさんが呼べるなら、幽霊がいそうな場所の近くでやったら幽霊だって呼べるだろう、という発想をしたのだ。

そうして彼はこっくりさんをするための道具一式とお守りを持ち、そろそろ日も沈もうかという夕刻に、人気のないスクラップ置き場までやってきた。

本当は友達も誘ったのだが、このイカレた遊びに付き合ってくれるような奇特な人間はおらず、彼はひとりぼっちでこの計画を実行することになったのである。

真琴は期待に目をキラキラさせながら、トタンの壁の切れ目の、有刺鉄線で雑に封鎖された入口の前にどっかりと腰を下ろし、五十音やハイ、イイエの書かれた紙を地面に置いた。

そうしてぎゅっと眉をしかめ、覚悟を決めた後に、人差し指を安全ピンでちょんと刺し、あろうことか血で鳥居マークを書くという暴挙に出たのだ。

彼が仮に野生動物として生まれたのなら、毒キノコなどを食べて真っ先に死ぬような個体であることは間違いない。


「こっくりさん、こっくりさん、おいでください」


10円玉に指を置き、真琴はお決まりの言葉を、口にしてしまった。

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