第12話 吸血鬼と馬鹿

ショウの返事と同時に、部屋の中の空気がふっと軽くなった。

大人達は、やあよかったよかったと笑い合い、ショウの肩や背中をばしばし叩く。


「いやー、おぬしが無責任な楽天家で本当に良かった。ここでイイエと言われていたなら、わらわたちはおぬしを洗脳してでも使わねばならぬところだったぞ」

「マジでロクな奴がいねえんだよな」


薄々そんな気はしていたが、この部屋にいる大人はなかなかに最悪の部類である。

ショウはその事実を噛みしめた。

が、それはそれとして、ショウ自身面白ければなんでも良いという考え方の吸血鬼だ。

これから何をしようかとワクワク考え、それからふと、首を傾げて周囲の大人たちを見た。

まず冬至。彼がこの話に賛同している理由は明らかだ。ホラー大好き不思議なこと大好き、という彼は、この世がファンタジックになって困ることなど一切ない。むしろ大喜びすることだろう。

次にマスター。彼女はそもそも享楽主義のうえに、吸血鬼などという性格破綻者どもの親玉なので、当然面白ければなんでも良いという思考だ。世界をおもちゃにすることに躊躇があるはずがない。

最後に雨水。彼についてショウはまだほとんどなにも知らない。こそこそ隠れつつ化物を相手にする仕事に疲れたのかなんなのか、こういった行動に至った原因がいまいちわからないのだ。

いや、多分そこには楽しいからという理由がたっぷり含まれているのだろうが、それはそれとして本人の口から動機を聞いてみたくはある。

ショウはやりたいことをやりたいと思った瞬間するタイプなので、当然遠慮なく尋ねることにした。


「雨水さん、いっこ聞いていいすか」

「おや、なんでしょう」

「俺は世の中が面白いことになったら最高だから、世界を変えてみたい、っていうことには賛同だけれどさ。雨水さんはどうしてそうしたいって思ったわけ?」


真っ直ぐそう聞かれて、雨水はふむと頷いた。

いつもの軽薄な笑顔をひっこめた彼は、それだけで非常に真剣そうにみえる。


「ショウくん。私には夢があるのです」

「夢?」

「ええ。子供のころからずっと追い求めてきた、大切な夢です。

私の家はね、元々術師の家系です。しかし厳格な教育方針があるというわけではありませんでしたから、幼い頃は他の一般家庭の子供達と同じように、ごく普通のおもちゃやゲームや漫画なども与えられていました」

「ふーん。なんか意外」

「そうでしょうね。フィクションの中のこういった家系は、なかなか浮世離れしている描写が多いですから、知らないかたにとっては意外でしょう。

さて、そうして普通の子供のように育った私も、一定の年齢からは術師としての教育を受けるようになりました。

はじめて目の前で式神や結界術を見た日の感動を、私は今でも覚えています。

あの時私の胸に、ひとつの夢が生まれたのです。

異能力バトルがしたい、と」

「異能力バトルを」

「異能力バトルをです。

全日本異能者武術会開催、それが私の夢なのです」

「なるほど」


二人は重々しく頷きあった。

雨水はいっそう熱を込め、言葉を紡ぐ。


「各流派の術師同士で技を磨くための交流として戦闘をする、という文化は、じつは今現在も存在しています。

しかしそういうことではないのです。私はほぼ全員顔見知りのような術師界隈でほのぼのと交流するために術を撃ち合う、そんなヌルい戦いがしたいのではない!

少年漫画のような、熱い大会を開催したいのです! テレビの全国放送も入れて! ネット配信もして! プロの実況と解説に熱意溢れる司会をしてもらって!

あの幼き日に、はじめて術を見たとき、私は思いました! そんなん絶対おもろいやん!! と!!」

「関西のかたでしたか」

「ええ!

私の胸にはあの時の震えるほどの思いが、……ずっと、焼き付いているのです……!」


雨水は普段の胡散臭いキャラはどうしたというテンションで語った。

彼は現在32歳。とある有力術師家系の本家の次男である。

長男は某少年誌黄金世代に生まれた人間だ。兄が買い集めた漫画本を幼少期からたっぷりしっかり浴びて育った彼は、それはもう完璧にその世代の漫画文化に染まってしまった。

それが彼のその後の人生を、夢を、決定付けてしまったのである。

ショウはそんな雨水の言葉に深く頷き、先程以上の情熱をもって、再び彼と握手を交わした。


「わかる……!」


ショウは現在17歳。

しかし彼の父親は、オタクというわけではないが、結婚後に家に実家から漫画本を持ってきて置いていたくらいには、その手の文化を愛している男だった。

そしてその漫画を、父親以上に熱心に読んでいたのがショウである。

彼は親世代の漫画文化にどっぷり嵌っているタイプの少年なのだ。


「わかっていただけますか!」

「ああ、雨水さんの気持ち、痛いほどわかる……! いや、”理解わかる”、ぜ……!」

「ショウくん……!」


もしここに、先日雨水から吸血鬼との付き合い方について授業を受けた新人がいたのなら、あの時の話は何だったのかと遠い目をしたことだろう。

二人の間には、絆とも呼ぶべき熱い友情が芽生えていた。

独特のノリでお互いへの理解を深め合う二人を、マスターと冬至は生暖かい笑顔を浮かべて見守っている。

趣味や嗜好は人それぞれである。そこへ下手に踏み込むと、時にとんでもなく拗れるのだということ、二人は大人なので十分に理解しているのだ。

オタク的趣味で通じ合った二人がひとしきりお互いの思いを肯定し合い、満足してソファに座り直したところで、マスターがわざとらしく咳払いをした。


「あー、では理解も深まったところで、今後の方針について話し合っていくとするか。

まずはわらわだが、人間社会に混じって生活している化物たちに、見鬼の才を有する人間が急増していることを教え、今後の生活方針について近々会議を開こうと思っておる。

人前で堂々と暮らしたいと思っている者は多いからな、おそらく味方してくれるだろう。なにより、見える、ということは、自分の縄張りの主張にうってつけだ。人間によって生活圏の縮小を余儀なくされている者は特にこの件に積極的に協力してくれるだろうと、わらわは思う。

ま、反対する者もおるだろうが、そこは追々折り合いをつけていこう」


マスターが話し終えると、次に雨水が軽く手を上げた。


「では次に私が。私個人はこの計画に全面的に賛成しておりますが、今現在陰陽省全体では、見鬼の才を有する者が爆発的に増えている、という事態を把握している人間のほうが少ないかと思われます。

思いのほか日本人は、ある日急に非日常の存在が見えるようになっても、見えないふりをすることに長けていたようでして、上まで報告が上がるほどの混乱は起きていないのです。

しかしながら現場単位で見てみれば、そこらの浮遊霊や妖怪に驚いて神社やら寺やら精神科やらに駆け込む者がここ数日で急増していることは、当然把握しているでしょう。ショウさんの能力が周知されるのは時間の問題です。

私はそれまでの間にこの計画への賛同者を増やしておきましょう。

勝算はあります。なにせ我々は公安ほどとは言わずとも、かなり抑圧された生活を送っていますからね。大手を振って自分の職種を言える社会が来ることを、諸手を挙げて歓迎する者は多いでしょう」


自信満々にそう言い切る雨水に、ショウは腕を頭の後ろで組み、だらだらと足を揺らしながら話しかけた。入室時の緊張感は既に失われ、完全に寛いでいる。


「ふーん。なんかこう、人間とそれ以外の存在は交わるべきではない、みたいな住み分け過激派とかいそうな印象だけどなあ」

「いますよ。けれども人間とそうでないものの距離というものは、元々はもっと近かったのです。こうして見える人間が増えることは、ある意味では自然な形へ回帰しているとも言えるでしょう。心配ありません。所詮この世は多数決で回っているのです。反対派など踏みつぶします」

「雨水さん、けっこうやり手なんだ?」

「ショウくん。私は術師としても当然有能ですが、それだけのことで、この若さで東京支部長の地位につけるほど、社会というものは簡単ではありません」

「っていうと?」

「私はね、カネとコネの使い方が天才的に上手いのです」

「うわぁ」


嫌な大人の典型であった。

しかしこういった場面において、これほど頼りになる性質の人間というものも他にいない。


「あとは宗教施設の関係者へショウくんの動画を見せ、見鬼の才能を開花させておきましょう。これについては、むしろ噂を流せば、今まで見えない側だったかたは率先して見てくれるでしょうね」

「え、神社のひととかで、見えない人っているの?」

「いますよ普通に。そもそもそういった職業は、正しい知識と資格を持った人間がなるのであって、見える見えないはそれほど関係ありませんから。ま、見えたほうが便利であることは間違いありませんがね。

あとは、ショウくんの動画やSNSに、幽霊やら何やらの目撃情報や相談が集まっているでしょうから、そういった事柄を送る専門のフォームを作っていただけますか。情報収集のために運用しようと思います」

「了解っす」

「ありがとうございます。とりあえず、私がすぐやることはこれくらいですか」


この中で最も忙しいポジションでありながら、雨水の表情はいきいきと輝いている。手に届く場所へ夢が近付いてきたことは、彼にとてつもない活力を与えているのだ。

次は冬至が、にこりと人の良さそうな笑顔を浮かべて挙手をした。


「じゃあマスターと雨水さんが関係者各位への根回しをしてくれるということなので、私はアマチュアオカルトマニア方面へ噂を流していこうかな。

ショウくんの動画についてはもちろん、見える人間になった人たちの身の守りかたというか、身の振り方というか、そういったことについてもね。

神社やお寺のような身近な宗教施設に助けを求める人もいるけれど、現代人だとまず最初にネットで情報を集める、という人も多いだろうから。

オカルト知識について検索するとすぐ出てくるような大手掲示板サイトやまとめサイトなんかの運営者に、例えばお守りを持ったり、神棚や仏壇に毎日手を合わせておくだけでも、それなりに自衛ができることなんかを伝えておきましょう」


冬至の言葉に、雨水が頷いて軽く手を上げる。


「おや、でしたら私が後で一般人でもできる身の守り方について、マニュアルを作成してお渡ししますね」

「ああ、プロのかたの監修があるのは助かりますね」

「我々も常日頃、人に危害を加えるような凶悪な悪霊などの発見には目を光らせていますが、そのへんをふらふらしているような浮遊霊や危険性の低い野良の妖魔には、対応しきれませんからね。見えるようになった一般人が、ある程度自分で自分の身を守れるようになってもらえれば、仕事が減って助かります。

ついでに、悪霊や危険な妖怪などの現れやすい地域についても、情報をまとめてそちらへお送りしましょう」

「いやあ、ありがたいですね。できれば私がそこへ行きたいくらいなのですが」

「せめて甥御さんに同行していただくようにお願いしますよ」


プロお墨付きのホラースポットへニコニコと笑顔を浮かべて行きたがるホラ―小説家に、雨水が苦笑いして忠告をする。

こういった曰く付きスポットの情報を広めることにより、そこへ行きたがるオカルトマニアが出ることは想定内だが、ここにいる全員、それは自己責任なので死んでも構わんだろうとしか思っていない。所詮性格の悪い奴らの集まりなのだ。

最後にショウがぱっと手を上げ、はーいと元気に声を上げた。


「じゃあ俺はチャンネル登録者とか動画見るやつを増やすために、今後も派手な活動をするのが仕事かな。自衛のためのオカルト知識講座とかもやっとくわ。

あとは映えスポットとかに出かけてさあ、そこで一般人と写真とか動画撮ってネットで拡散してもらうとか、テレビの中継に写り込むとか、動画サイト見なさそうな層向けにも見える人を増やしてくわ」


やっていることはある種のテロにも近いのだが、この場に集った愉快犯たちは、ショウの言葉におおー、と歓声を上げて拍手をした。

なにせ全員、楽しいと思ったことはすぐにやりたくて仕方ない、というタイプなので、時間をかけてきっちり対策をし、出来る限り混乱を避けて目標を達成しよう、などとは全く思っていない。

いっそのこと、今すぐ全人類が見える人になったほうが手っ取り早いとすら思っている。

実際問題、今後現れる可能性の高い反対派のことを考えれば、後戻りできないほどいっせいに見鬼の才能を有した人間が増加してくれれば、社会はそれに対応した形にならざるを得ないので、楽といえば楽なのだ。

責任感のあるまっとうな大人が一人もいない秘密結社というものが、いかに迷惑な存在なのかが、この部屋の中を眺めるだけでわかると言えよう。

そうしてあれこれとお互い意見を交わし合い、ある程度今後の見通しを立てたところで、ふとショウが首を傾げた。


「……なあ、ちょっと聞きたいんだけれどさ、幻覚が見えるって言ってきたり、神社に駆け込んでる奴らって、どういう年齢層なわけ?」


ショウの質問に、一瞬考え込んだあと、雨水が返答を返す。


「10代後半から30代が多いですね。動画サイトでああいったコンテンツを見る層としては妥当なところでしょう」

「あー、まあ、そうかあ」

「なにか気になる点でも?」


そう尋ねられ、ショウは頬を掻いた。

視聴者の年齢層がある程度高いとなれば、幽霊が見える、などとは人目を気にして言い出せなくなるのは自然だ。そのおかげでここ数日間あまり騒ぎが起きていないということも理解できる。

しかしながらショウとしては、そこに少し納得がいかないのだ。


「いや、ああいう派手な動画ってさあ、俺が思うに親兄弟のスマホだのパソコン勝手に借りて、小中学生が見てる場合も多いと思うんだよ。

でもってさ、その年齢層って、不思議な事が起きる、っていうことに対してめちゃくちゃ魅力を感じるっていうか、大人と比べて寛容だろ」

「……なるほど。確かにそうですね」

「でしょ。だからこの動画見たらおばけが見えるようになった! って情報を友達の間で共有することに抵抗がないと思うんだよ。

それにほら、それくらいの年頃の子供ってさ、なんでかよくお守りとか持ってんじゃん。親に買ってもらったとか、修学旅行とかで神社だの寺だの行かされて、なんかこう綺麗な石とかついた珍しいのを衝動買いしたりしてさ。

だから、お守り持ってるからおばけが見えるようになっても一応大丈夫、みたいな変な自信があって、それで余計に危機感が薄まるわけ」

「つまり、低年齢層での見える人間の増加は、今現在分かっている以上に多いはずだ、と。

確かに学校や通学路は、病院などに次いで守られている場所ですからね。そういった場所だけが生活圏だと、あからさまに悍ましいものや危険なものには出会い難いぶん、危機感より好奇心のほうが勝ってしまう可能性はありそうだ」

「あ、そういうとこもお祓いとかしてるんすか?」

「ええ、学校の門や校内、あとは通学路を示す標識があるでしょう。ああいったものの中に厄除けのアイテムを仕込んであるんですよ」

「へー!」


日常の中の思わぬファンタジー要素に、ショウは素直に感心した。

それから頷き、呑気な笑顔を浮かべる。


「そっか、じゃあ問題無いんかな。小学生だったら、見えるようになったらアレ絶対やりそうだと思ったんだけれど」

「なんですかショウくん。アレとは」


雨水たちはひとりで納得しているショウに注目した。

この中で最も若いショウは、そのぶんだけ馬鹿な子供がやりそうな問題行動について一番的確な予想が立てられるのだということを、大人たちは勘付いたのだ。

三人の視線を受けて、ショウはきょとんと瞬きをする。


「え、いやでも学校とか通学路とかって安全なんでしょ? じゃあ子供がたまり場にしそうなところとかも、わりと安全なんじゃない?」

「児童館や図書館等の公共施設には宗教的な守りのまじないを施してある場合が多いですが、そういった場所から離れれば、あながち安全とも言い切れません。

子供がやりがちな事というと、あれですか、肝試しだとか?」

「や、そういうのは大人に見つかるとガチで怒られるじゃん。不法侵入になっちゃうし。

そういうのじゃなくてあれだよ、定番のやつ。もっと手軽なの」


いまいちピンときていない大人達に、ショウはその、全国各地のお子様たちがやりがちな、それでいてうすら寒い危険を感じる遊びの名前を教えた。


「みんなやったことない? こっくりさん」

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