第11話 神の如きバケモノ
初配信から数日経ったその日。
そういえば吸血鬼になって以降忙しかったなと思い、しばらくゴロゴロ休んでいたショウは、そろそろ次の配信のネタを決めようと部屋でひとり考え込んでいた。
動画と配信に出た吸血鬼それぞれに、それなりの数のファンが付いた今、アクション動画を一旦休み、配信者らしい企画モノをやってみるのもそれはそれでアリではある。
しかしもう少し人目を引く、特徴的なこともしてみたい。
決めかねてしばらくの間うだうだしていたショウは、髪をぐしゃぐしゃかき回し、何も思い付かないまま部屋を出た。
誰かに会ってアイデアを貰おうと思ったのだ。
まずはじめに向かったのは、配信を通して仲良くなったグロームの部屋である。
鍵をかけ忘れているらしい扉を勝手に開いたショウは、PCの画面を睨みつけながら何らかの作業をしているグロームに声をかけた。
「なあグローム、次の配信のネタ一緒に考えてくれない?」
「ウルセェいまそれどころじゃねえんだよ! メルカリの転売チケット片っ端から通報してんだ!」
「マジかよごめんな忙しいときに……」
転売屋死すべし慈悲は無いという価値観のショウは、すごすごと部屋を出ていった。
次に訪れたのはヴォルの部屋だ。こちらはきちんと鍵をかけていたので、コンコンコンとノックをする。
ばたんと扉を勢いよく開けて出てきたヴォルは、部屋の中から大音量の音楽を流しながらショウを睨みつけた。
「うっさいわね今BABYMETALのエアドラムやってるとこなのよ!! あとちょっとで全部覚えられるの!!」
「マジかすみません、そんな大変なことしてる時に……」
音楽には詳しくないが、かのバンドのドラムがいかに格好良いかは知っているショウは、ふたたびすごすごと部屋を後にした。エアドラムではなく普通にやればいいのでは、とは思ったが、ヴォルという年上のお姉さんに正面からそう言えるだけの度胸はショウにはない。
次に訪れたのはメルの美容室である。
今日は客が来ていないらしい美容室のなかでは、メルが黙々とコーヒー豆を焙煎していた。飲み比べでもしているのか、彼の周りには何種類もの豆の入った缶が置かれている。もはや美容室ではなく喫茶店である。
「あのー、メルさん。いま時間あります?」
「ない」
「あっハイ……」
真剣すぎて数人殺していそうな目つきになっている彼が純粋に怖かったショウは、即退室した。
吸血鬼の館生活歴10日程度の新米吸血鬼は、早くもある程度親しい相手に会い尽くし、途方に暮れた。
他にも外出に付き合わされた吸血鬼や、キッチンやリビングで会って挨拶などをした吸血鬼もいるにはいるが、この時間帯は寝ていたりそもそも部屋の位置を知らなかったりと、確実に会える相手はいない。
仕方がないのでまたマスターに知恵を借りようかととぼとぼ歩いていたショウの後頭部に、ふいに何かがこつんとぶつかった。
振り返ってみると、そこにはきらきらと淡い光を纏った紙飛行機が浮いている。
魔法のような光景にショウがぽかんとしていると、紙飛行機はくるりと方向転換をして、ゆっくり廊下を進みはじめた。
ついてこいと言っているようなその様子に、ショウは好奇心をかきたてられ、わくわくと胸を高鳴らせて紙飛行機を追う。
着いた先は客室だ。
いったい何事だろうかと、ショウは扉にぶつかって止まっている紙飛行機を指先でつまみ、扉を開いて勝手に中へと入る。
室内にいたのはマスターと叔父の冬至、それから以前会った安倍
胡散臭い大人の揃い踏みという光景に、ショウは若干引きつつも、外部の人間が来ているということで頭を下げる。
「えー……、もしかして、呼び出しすか」
「そうだ。よく来たのう。まあそう緊張せず座るがよい」
マスターにそう言われ、ショウは冬至の横に腰掛けた。
冬至はニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべ、緊張というよりはむしろ若干怯えてすらいるショウの肩をぽんと叩く。
「ショウくん、配信見たよ。面白かった」
「え、ありがと。いやでも肉親に見られてんの若干つらいな……」
友人と遊んでいる姿を親に見守られているような、なんとも言えない居心地の悪さを感じつつ、一応ショウは礼を言った。
冬至はショウの気まずそうな様子に気を悪くすることも、からかうこともなく、話を続ける。
普段ならこういう場面でかならずからかってくる叔父のこの反応に、ショウの胸の中で嫌な予感が大きくなってきた。
「それでね、例の配信を見た日から、興味深いことが起きていてね」
「え、なに?」
「おばけが見えるようになったんだよ」
「は?」
ショウは首を傾げた。
叔父と自分が化物に襲われたとき、彼が化物を見ることができたのは自分の能力の影響だ、と、たしか説明を受けたのではなかったか。
つまり彼は元々、幽霊やら化物やらといった、この世ならざるものを見る力はないはずである。
いったいどういうことかとショウが尋ねる前に、マスターが彼の言葉を遮って口を開いた。
「今日はその件で、面白いことが判明してのお。その説明のために、この
ショウが視線を向けた先で、狐顔の雨水は目を細めて微笑んだ。
笑うだけで何とも言えない信用できなさを醸し出してくるこの男だが、糸目キャラは強キャラという認識のあるショウは、彼にある種の信頼感を覚えていた。
今日も狩衣を着ている雨水は、するりと片手をあげる。すると、ショウがつまんでいた紙飛行機が彼のもとへと飛んでいく。
手のひらの上へ着地した瞬間、魔法の光は水滴が散るようにぱっと消え、紙飛行機は何の変哲もない姿になった。
それを袖の中へしまい、雨水は静かに話し始める。
「さて、本日こちらへ伺ったのは、他でもないその配信に関する問題を、この場の皆様と共有するためです。
ショウくん、あの配信のアーカイブが、いまどれだけ再生されているかはご存じですか?」
「え? あー、いや……」
配信をしてから2、3日は再生数の伸びを見ていたショウだが、彼は生来あまり興味の長続きしない性格である。
十分伸びているし荒らしコメントもあまり見当たらなかったため、ここしばらくは確認すらしていなかった。
なにか問題でもあったのかと頬を指先で掻いて困り顔をするショウに、雨水は安心させるように微笑みかける。胡散臭いためショウはますます困った。
「100万再生を突破していましたよ。おめでとうございます。大反響ですね」
「あ? あー、いや、はい、どうもありがとうございます」
「ところでショウくん、ご存じでしょうか。我々陰陽省ならびに神社庁は、一般的には知られていないことですが、実は全国の病院、とくに精神科や脳神経外科とある種の提携をしています」
突然の話題転換に、ショウはぱちぱちと瞬きをする。
困惑する彼に対して、雨水は柔らかな笑顔を浮かべたままだ。
「なぜかというと、まず第一に、病院という人の死と密接にかかわる施設は、それだけ霊や化物が発生しやすいからです。そのためお祓いを定期的に行って、その場が穢れることを事前に防いでいます。
第二に、霊などのこの世ならざる存在を見ることのできる力、我々は見鬼、と呼ぶことが多いのですが、これを発現した人間をいち早く発見し、対処法を教えるためです。最近では化物が見えた時、心霊現象に怯えるより、脳の病気を疑う人間も多いですから。
逆にお祓いをしてほしいと宗教関係者に訴える、霊ではなく病気が原因で苦しんでいるかたを、それとなく病院へ行くよう説得するという活動も行っているんですよ」
「はあ」
「ここ数日の間に、幻覚が見えるようになった、という症状を訴えて精神科へ来る人間の数が急増しました」
「……なーるほど?」
ここで、それはいったい自分と何の関係があるのですか? などと質問するほど、ショウは頭の悪い男ではない。
終わった、と彼は思った。
つまり自分は、見えるようにすることに特化した能力によって、動画を通して人々に何らかの影響を与えてしまったのだろう。
繰り返し視聴している人間もいるだろうが、最悪の場合、世界中で最大100万人もの人間が、「見える人」になった可能性があるということだ。
それによって今後起こる混乱は、かなりのものになるだろう。
これは動画を消すだけで許される問題ではあるまい。なんならこの場で自分がこの世から消されるかもしれない。叔父がいるのは、たった一人の家族に最期の挨拶をしろ、と情けを掛けられたということだろうか。
自分を一秒で負かすマスターが、この事態を顔に薄く笑みを浮かべて静観している、ということも、ショウの暗い想像に拍車をかけた。
しかしそんな彼を面白がるかのように、雨水は明るい笑い声をあげる。
「はは、随分落ち込んでいますねえ。
まあ、お察しの通り、ここ数日で見鬼の才を持つ人間が爆発的に増えました。人類史上でも類を見ない規模でしょうね。
とはいえ、今現在は、意外なことですがそれほど酷い問題は起きておりません。
貴方が動画内でお守りを買うように勧めたことが大きかったですね。おかげで各地の神社が急な来客の増加に少々困ったようですが、ま、全国規模で見れば些細な問題です。
突如見鬼の才に目覚めた人間の最近のネット履歴を、私が独自のルートで内密に調べた結果、全員があなたの配信を見ていましたよ。人気者ですねえ」
「すみませんせめて画像フォルダ消す時間だけはもらえますか。できれば遺品整理の時間も」
「ははは。……ショウくん。私は、なにも貴方に責任を取らせにきたわけでも、殺しにきたわけでもありませんよ」
「……本当に?」
ショウは目の前の男を疑った。彼があまりにも胡散臭いツラをしているということもあるが、それを差し引いたとしても、そんなうまい話があるのかと疑念を持つのは当然のことだろう。
「ええ、本当に。ショウくん。そもそもなぜ我々は人目を避けて活動をしていると思いますか」
「え、いや、それは……。見えない、から?」
「そう、見えないからです。それも人口の大多数に。
霊も妖怪も妖精も怪物も呪いも魔法も神も、この世には存在する。しかし物理的に干渉する力を持った存在は、実のところそれほど多くはありません。だからこそ我々は秘密裏に、脅威となる存在を狩り、管理できていた。とも言えますが、これは全く以て効率の悪い話だと言わざるを得ません。
見えない人間達には、たとえ我々が人心を惑わし獲物を精神的に追い詰めて殺す妖魔と闘っていようが、加護を与え人々を守る神聖な存在を敬い奉ろうが、理解できません。
観測する手立てがないからです。
大っぴらに活動する利便性と、客観的に存在を証明するための苦労とを天秤にかけ、我々は自ら歴史の表舞台から姿を消しました。
しかし、ここにきて、貴方という存在が現れた。
そこに存在するだけで、周囲の人間に見鬼の才を与える能力。
いえ、彼女が言うには、貴方の能力は現在、さらに上の段階へと達したようですが」
雨水が顔を真祖の少女へ向けるのにつられ、ショウもまた、彼女を見る。
マスターは泰然とした微笑みを浮かべ、ショウを見つめていた。
出会ったその日に、ショウが持つ能力を看破した彼女。
それが経験から来るものなのか、はたまた彼女自身が持つなんらかの力によるものなのかまではショウは知らないが、ここで彼の脳裏に数日前の光景がよみがえった。
はじめて人間の血液を飲み、吸血鬼としての能力が上がった、と言われたあの日。
ショウの持つ力が、画面の向こうの不特定多数の人間にまで作用するようになったのは、おそらくあの出来事がきっかけなのだろう。
それなら、彼女はあの時点で、ショウによる動画配信が世界に影響をもたらすことを、察していたのではないだろうか?
己の庇護する新米吸血鬼から疑いの籠った目で見られ、マスターはくつくつと喉を鳴らして笑った。
「本人は自覚が薄いようだがのお。いやはや、本当に珍しい能力よな。わらわも随分いろいろな吸血鬼に会ってきたが、このような存在ははじめてだ。まったく、長生きはしてみるものよ」
「マスター、わかっててやってたでしょ?」
「もちろん。これほど面白そうなことを、わらわが見逃すと思うか?」
「思わねえわ……。結局俺って、いまどんな力を持ってるんすか?」
「おぬしの力は従来の、一定の範囲内にいる人間の眼や情報機器にこの世ならざるものを映すことのできる能力と、目を合わせた相手の見鬼の才を目覚めさせる能力だな。
それも画面越しだろうが録画した映像だろうが関係なく、何人であろうが、だ。
いまのところおぬしには力を使いすぎているような様子もないし、それにも関わらず、見鬼の才を持った人間は、どうやら生まれ続けている。
その全員を観察したわけではないため断言できはせぬが、まあ、無尽蔵に使うことのできる能力のようだの」
あんまりにも無茶な話に、ショウは絶句した。
格好良いチート能力がほしいと常日頃思っていた彼ではあるが、いざ自分が無茶苦茶な力に目覚めてしまうと、それはそれで扱いに困ってしまう。
そんな力を持っていて、よく殺されずに済むものだ。と、ショウは雨水を見た。
彼の怜悧な瞳の奥に、どこか狂気を感じさせる炎のような熱を感じて、ショウはごくりとつばを飲み込んだ。
「ショウくん。世界を変えてみたくはありませんか」
雨水の唐突な言葉に、ショウはぽかんと口を開ける。
「……は?」
「先程私は言いましたね。見えないから隠れているのだと。
しかし貴方がこの世に存在し、その姿を人々の目に見せていれば、どうです?
貴方はこの世の人間に無尽蔵に見鬼の才能を与え続ける、神にもひとしい規格外の能力を持っている。
その力を振るい続ければ、最終的にこの世界の人間は、全員が「見える」人間になるのです。
そうなれば、我々も当然隠れている必要などありません。吸血鬼がおおっぴらに夜の街を歩き、我々陰陽師が人前で式神を使役して化物を退治するのが当たり前になったなら。
霊も妖怪も妖精も怪物も呪いも魔法も神も、見えていることが当たり前の世界。
全ての人間が、神秘に触れられる世界。
人類がいまだかつて体験したことのない世界が、貴方の存在ひとつで生まれるのです。
見てみたいとは、思いませんか。
その世界を」
狐のような、蛇のような、笑みの形に細められた視線がショウを射抜く。
保護者である叔父とマスターは、彼に何も言わなかった。
自分自身の意思で決めさせようとしているのだと、ショウは言葉はなくとも察する。
雨水の言う世界は、あまりにも魅力的だ。
それが実現すれば、世界は前代未聞の時代を迎えるだろう。
同時に、当然様々な混乱が生まれ、あらゆる問題が起こるに違いない。
被害を受ける人間も大勢いるはずだ。
急激な変化は、それだけ多くの犠牲を必要とするのだから。
ここで善良な、真っ当な感性を持つ人間ならば、きっと躊躇をしたことだろう。
自分のしたことがどのような結果をもたらすのかと恐れ、慎重に、その力を行使するかどうか考えただろう。
しかしながら、ここにいるのは馬鹿で性格の悪い、享楽主義の吸血鬼だ。
ショウは雨水に手を差し出した。
雨水もまた、ショウの手を躊躇なくとる。
がっしりと握手を交わし、ショウは期待と興奮に目を輝かせて口を開いた。
「見るに決まってるだろ!」
こうして無責任な吸血鬼と大人達の、面白ければ何でもいいという精神により、全人類見える人化計画は始動したのである。
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