第8話 初投稿吸血鬼
ショウは部屋に戻ると即座に撮影したデータをPCへコピーし、ネット上の初心者向け講座を読みつつ、すぐに動画を投稿できる形に整えた。
そうしてふと、動画投稿用のチャンネルの名前を、まだ決めていないことを思い出した。
吸血鬼が撮った吸血鬼のチャンネル。どうせならこの特性と、それから個性が一目でわかるチャンネル名にしたい。
テーマは決まっているものの、自分のネーミングセンスをいまいち信用できていない彼は、部屋を出て見知った顔を訪ねて回り、吸血鬼の特徴を聞くことにした。
まず最初に、廊下ですれ違ったメルに尋ねる。
「特徴? さあ。とりあえず病気したことない」
それだけ言って去っていった彼の背中に礼を言い、次にお世話になったヴォルの部屋を訪れる。
「特徴? 知らないわよそんなの。アタシが身も心も優れていることだけは確かだけれど」
今日も女王様の如く輝いている彼女に別れを告げ、最後にショウはマスターの部屋を訪れた。
「吸血鬼の特徴? わらわ以外全員バカだの」
そうして頼りになる先輩方からヒントを貰ったショウは、自身のチャンネルを「健康優良バカ吸血鬼Ch」と名付けたのだった。
このチャンネルに動画を投稿するにあたって、ショウはコンセプトに悩んだ。
あくまでノンフィクションとして売り出すか、それともモキュメンタリー的手法にするか、あるいは完全にフィクションとして見せるか。
ここを決めておくことで、おそらく見に来る人間のタイプも変わってくるだろう。
動画自体はトンボ男とヴォルの戦闘開始から、終了後にヴォルが自信満々で自分の被写体としての良さを推すセリフまでを撮ってある。
しばらく考えた後、面倒くさくなったショウはまるまる全部を動画として投稿することにした。
タイトルは「路地裏アクション」。動画にありがちなキャッチーな常套句を一切使わず、サムネイルも炎を纏ったヴォルの画像のみ。
彼女のアクションの格好良さと、その後の会話のお茶目と言えなくもない雰囲気を生かすなら、シンプルが一番だと考えたのだ。センス良くいじるだけの技量が無いとも言えた。
これをフィクションと見るかノンフィクションだと夢見るかは、視聴者側に任せることにしてしまおう。
一応マスターとヴォルに動画を見せて、問題ないかチェックしてもらってから、よし、と気合を入れ、ショウは自分のチャンネルに動画を初投稿した。
それから丸一日。
「路地裏アクション」の再生数は3だった。
「なんでだよ!!!!!!!」
ショウは八つ当たり半分にマスターの部屋へ転がり込んだ。なんだかんだ言って、こういうことをしても許して構ってくれそうな相手が彼女しかいなかったので。
絨毯の上で転げまわる新米思春期吸血鬼配信者に、真祖の少女は呆れかえってため息をついた。
本日はチャイナ風ドレスに身を包み、台湾カステラの食べ比べをしていたマスターは、金のフォークを皿に置いて頬杖をつき、床の上のショウを見おろす。
「再生数3とはのう。一日目とはいえ酷いありさまではないか」
「でも動画自体は派手だし良い出来なんだぜ。なんせ被写体が最高だ」
銀髪の長身美女が炎を使って派手なアクションをする姿は、文句なしに格好良かった。
それに、ショウの撮影の腕も、これが本人の予想以上に上出来だったのだ。
なにせ吸血鬼は筋力も五感も優れている。
カメラをブレさせず、焦点をきっちり合わせて完璧に被写体を捉える腕前を、ショウは経験不足をフィジカルで補うことによって手に入れていたのだ。
実際見てこれは十分伸びそうだと内心思っていたマスターは、仕方なしにアドバイスをすることにした。
ソファの上で足を組み、やれやれと肩をすくめる姿は、外見は少女でありながらも貫禄がある。
床に突っ伏して静かに泣き始めたショウが邪魔くさいので見かねたということもあるが、マスターはなんだかんだで新人には優しい真祖なのだ。
「まったくしょうのない男だなおぬしは。そもそもSNSで宣伝はしたのか?」
「えっ」
「動画サイトで新人かつ無名のおぬしの動画をピンポイントで見る人間がいる確率など、ほぼ0だと思え。よいか。こういったものは宣伝が肝心なのだ。
まずツ○ッターとインス○のアカウントを作れ。そしてそこに動画の情報を乗せるのだ。関連しているタグをつけるのを忘れるなよ。後でヴォルにオフショットを撮らせてもらい、それも載せるとなおよい。
それに対していいねやリツイート、リプライなどがくるだろうが、これには反応しなくてかまわん。投稿しているおぬしの馬鹿さが現時点で必要以上にバレては、折角のアクションのスタイリッシュさが半減するからな。あくまで宣伝用アカウントとして、視聴者との交流は控えるようにするのだ。
動画に字幕などを付けなかったことは、むしろ良いと思うぞ。ただのスマホで撮影した動画、というていが逆に被写体を身近に感じられてよいからの。
今後の活動としては、チャンネル登録者数を伸ばすならコラボが定番ではあるが、おぬしは馬鹿かつ無礼なのでやめておいたほうが良い。あくまで独自路線を貫いたほうがファンが付くであろう。わかったな?」
「わかりました」
「うむ。今後の活動も頑張るのだぞ」
「はい。ちなみにマスターさん、やってました?」
「は? なんのことですか?」
「チャンネル名を教えていただいても?」
「は? ちょっと意味わかんないです」
「そうおっしゃらずに」
「やめてください警察呼びますよ」
マスターが頑として口を割らなかったため、疑惑を残しつつもショウは部屋に戻り、言われたとおりSNSのアカウントを作って動画の宣伝をした。
その後、ラウンジでシーシャ片手に寛いでいるヴォルを撮影させてもらい、それも動画宣伝の次に投稿しておく。
動画の概要欄とSNSにそれぞれリンクを貼り、作業がすっかり終了したショウは、ジャージのポケットに親指を突っ込んでちんたらと背中を丸め、館の共同キッチンへと歩いていった。
昨日一日中動画の再生数を見守って疲れ切っていたため、彼は初投稿だというのに既に若干うんざりしてしまっており、気晴らしがしたかったのだ。
誰でも中の物を使っていいと教えられている冷蔵庫を開けて物色し、暇な吸血鬼が作り置きしていたらしい煮卵とチャーシューを発見したショウは、ネギとビン入りのメンマも追加して、豪華なインスタントラーメンを作ることにした。
といっても煮て盛るだけなので、調理時間は10分もかからない。食べる時間はそれ以下だ。
再び暇を持て余したショウは館内をうろうろと歩き回り、初日にゲームをしたリビングへたどり着いた。
そこではス○ィーブ使いの準優勝金髪マッチョお兄さんが、一人でスクリーンにゲーム画面を映して練習をしている。
人見知りという概念を持たずに生まれたショウは、男のそばへのこのこ歩み寄り、馬鹿そうな声で話しかけた。
「練習すか?」
「おう次の大会に向けてな。お前付き合えよ」
「うっす」
ス○ークで参戦したショウは、そのまま名前も知らない金髪マッチョとゲームを始める。
マッチョといえど吸血鬼なので、その手足はすらりと長く、野暮ったさがない。それでいて肩幅は広く胸板は厚く、声は深みのある低音で、ワイルド系イケメンに必要なポイントをきっりちと押さえている。中身がステ○ーブ大好きお兄さんであることを知られなければ、あるいは知られたところで問題なくキャーキャー言われるような外見だ。
彼もきっと動画映えするだろう。ショウは少し考え込んだのち、協力してもらおうと声をかけた。
「あのー、先輩」
「グロームだ」
「グロームさん。俺動画撮って投稿サイトに上げてんですけど、もし仕事行くときマスターの許可出たら、撮りについてってもいいすか」
「あ? 面倒くせえよ。新人守りながら戦えってのか?」
「いやー、そこをなんとか」
「俺にメリットがねえだろ」
「動画で有名になったら、プロゲーマーとかと知り合って練習付き合って貰えるかもしれないじゃないすか」
「マジで……!?」
吸血鬼らしい単純馬鹿さを発揮したグロームはすぐに釣れた。
勿論そういったチャンスはそうそう手に入らないわけだが、確実な報酬ではないというあたりも含めて、ショウはグロームに説明していく。
最終的には某有名ゲーム動画投稿者の話題などで盛り上がり、ショウはグロームに協力してもらう約束を取りつけた。
そのまましばらく練習に付き合った後、部屋に戻り、ショウはソファの上に放り出しっぱなしだったスマホを手に取る。
電源を入れてみるが、どうも充電が切れているらしく、ショウは首を傾げて充電器へスマホを繋げた。
最後に使ったときは、十分とはいえずともそれなりに充電が残っていた気がするのだが、バッテリーが弱っているのだろうか。
仕方なしにPCを立ち上げ、ひとまずSNSを見てみる。
通知欄に表示された膨大な件数を見て、ショウは固まった。
「えっ」
あわてて確認してみれば、動画と画像を付けた、たった二件の投稿が、とんでもないバズりかたをしていた。
リツイート数だけで数万を突破している異常事態に、ショウは慌てて動画を確認する。
「いや嘘でしょ……」
ほんの数時間前までは3だった再生数が、既に20万を超えていた。
桁を把握できなくなりかけるほどの衝撃を受け、ショウは画面の前で硬直する。
動画が再生されまくって不労所得で食っていきたいなどと口では言っていても、これほど突然その夢が叶うとなると、よく分からない焦燥感というか、叫び出したいような気持が胸に込み上げてきた。
「ちょちょちょちょ、いや待って、早いでしょ、さすがに俺だってここまで世界がチョロいと思ってねーんだよ」
ショウの呟きをよそに、通知と再生数はその数をどんどん増やしていく。
謎の美女による派手なアクションとリアリティのあり過ぎるCG、にしか見えない本物の怪異に対する世間の需要は彼の予想以上に高かったらしく、コメントは荒らしやアンチやクソリプが湧きつつも、そのほとんどが肯定的だ。
ヴォル様格好良い、美しい、スタッフ名がショウしかないけれどこいつがCGも全部担当してるのか、良い出来過ぎる。映画の宣伝かなにか? とポコポコ通知欄を流れていくコメントに、ショウは一喜一憂する暇もなく、扉を体当たりのような勢いで開けて廊下を走っていった。
向かう先はマスターの部屋だ。
「マスター!!!!!!!」
叫び声と共に部屋に飛び込んできてそのまま床を転がり、壁に激突したショウに、マスターは再び呆れの籠った視線を向けた。
「なんだなんだ騒々しい。これ以上騒ぐようなら裸にひん剥いて素揚げにするからな」
「動画とかがすんげぇバズってる……っ!」
マスターの本気を感じたショウは小声でスマホを掲げた。
そこに表示された「路地裏アクション」の再生数を見て、マスターはああ、と頷く。
「それについてなら既に聞いておる。この勢いなら100万再生も夢ではあるまい」
「ねえこれどうすりゃいいんすか? 収益化? っていうやつもどうやればいいの」
「おぬしの頭では少々難しかろう。わらわがやっておいてやる」
「神様ーっ!」
ショウは五体投地してマスターへの感謝を表した。いやに手馴れている彼女に対する疑念はますます膨れ上がったものの、仮に動画配信をしていようが今後無理にチャンネル名を聞き出すことはするまい、と心に決めるだけの借りがマスターにできてしまった。
「ほんと……あの……こんな興奮すること人生である……? すんごいドキドキしてる……」
「我々はとっくに心臓止まっとるがな」
「いやでもこれはBPM3億くらい出てるでしょ……」
「いっそ死んだほうがマシな脈拍ではないか」
実際死んでいなかったなら、この興奮に耐えられなかった可能性すらある。少なくとも不整脈は起こしていたに違いない。
ショウは目をキラキラさせてスマホを頭上に掲げ、初投稿にして既に急上昇ランキングにも載った己の動画をうっとりと眺めた。この世の全てが輝いて見える。なんなら空も飛べるかもしれない。そう思えるほど、彼は感動していた。
そんなショウをよそに、マスターはふと手を叩き、そういえば、と言葉を漏らす。
「ショウ。我々は化物退治の依頼を受けていると以前言ったであろう」
「え? あハイ」
吸血鬼にしては比較的真面目なノリの話が始まったと察したショウは、床の上に正座をしてマスターに向き直った。
「その依頼を斡旋している組織、まあつまり我々の取引先のお偉いさんが、おぬしの能力の件で話をしたいと言ってきていてな」
「はあ」
「非常に珍しい能力であるからの。ついでに、おぬしの動画投稿の話もしたのだが、これについても非常に興味があるとのことだ。再生数の件もわらわはそれで知ったのだぞ」
「……えっと?」
「いやまあ、吸血鬼や怪異がこれほど大勢の人目に触れるなど、人類史においても初めてと言い切れる珍事であるからの? この世の影で暗躍し化物を狩る秘密組織の幹部としては、気にせざるを得んらしい」
「……それ、まずいんじゃないすか?」
よく考えたら、というか考えなくても、ショウはこうして自分自身が吸血鬼になるまで、こんな世界があるなどとは知らなかった。
ということは、当然吸血鬼も化物もそれに関わる組織も、一般的には秘匿された存在なのだろう。
大丈夫だというマスターの言葉を信じて、ホイホイ好奇心の赴くまま動画投稿などしてみたが、ひょっとして俺は秘密の維持のために口封じをされるのではないか。いや。そこまでいかずとも、めっちゃ怒られるのではないか。
ショウの賢いとは言い難い頭に、そんな発想が寒気と同時に飛来した。
だらだら冷や汗を流して縮こまるショウとは対照的に、マスターはひらひらと手を振って鷹揚に笑顔を浮かべる。
「ま、大丈夫であろ。わらわは用事があるゆえ行かぬが、かわりにバトラーを付けてやろう。ほれ、おぬしを迎えに行ったとき一緒にいたあの男だ。何かあったら頼るのだぞ。気分さえ乗ればそれなりに手助けしてくれるであろう」
「いやほんと大丈夫すか……? 俺生きて帰れる……?」
「ははは、おぬしは心配性だな。さすがに急に殺されるようなことなどほとんど無いぞ。揉めたとしても、せいぜい半死半生の目に遭わされる程度で済むわ。安心せよ」
「吸血鬼みんなこんなんか……?」
こんなんである。
こうしてショウは若干17歳にして、親会社のお偉いさんに呼び出された平社員にも似た気持ちを抱き、胃を痛めることとなった。
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