第4話 バカ吸血鬼のひらめき
「じゃあ私はそろそろ帰るよ。いいかい光くん。これからは困ったことは全てここの先輩方に相談し、面白いことは逐一私へ報告するんだよ」
「俺、とーじ叔父さんのそういう裏表のないとこ嫌いじゃないよ」
そんな会話をして保護者と別れた後、光は少女に吸血鬼の館の中を案内されていた。
ここには外で遊べない吸血鬼のために、本格的なキッチン、ビリヤード台やパチンコの筐体や数々のボードゲームにゲーム機まで完備された遊戯室、セルフ漫画喫茶、シアタールーム等、各種娯楽施設が用意されている。
人生はじめての一人暮らし初日から、あまりにも設備の整ったシェアハウス暮らしをすることとなった光は、当然興奮しながら少女について回った。
最後に、ミニキッチンとシャワールームが付いたバロック調の広い自室に通され、若干装飾過多ではあるが豪華な室内に歓声を上げる。
「すげぇ……! なんてこった、死んでこんなに得することになるとはな……」
「そうであろう。案外吸血鬼暮らしというのも良いものよ。まあこれもわらわの素晴らしき魔法と、人間社会で暮らしていくための組合員全員の努力の賜物と言えよう。おぬしもあと30年程で、吸血鬼生活についてしっかり学び、働けるようになるのだぞ。それまでは見習いとして励むがよい。給料も出る」
「本格的に働き始めるまでの猶予が人間社会より長いのが、一番最高な部分だな……。
あれ、そういえばえーと、真祖さんってなんて呼べばいいんすか?」
飛び蹴り挨拶以降から今まで、よく考えてみれば光は彼女の名前を聞いていなかった。
というかこの館に居る吸血鬼全員の名前をまだ知らない。
「うむ、そうだな。まあ真祖でありここの吸血鬼組合のグランドマスターということで、祖だのマスターだのグランマだの大家だのぐっちゃんだの好きなように呼ばれておる」
「マスターって呼んでいいですか」
「うむ、よいぞ」
厨二を引きずっている光にとって選択肢は他になかった。
まさか自分の人生の中で、ロリババアをマスターと臆面もなく呼んでいい瞬間がこようとは、授業中教室の中にテロリストが襲撃してくる妄想をしていたタイプの男子高校生たる光とて思いもよらない事態である。人生とは時にこうして、予想もしないことが起こるものだ。
「ついでに教えると、今日一緒におぬしを迎えに行った黒髪長髪男がおるだろ。あれは執事をやるのが趣味という男でな、まあ飽きると紅茶の給仕中だろうがフラッと居なくなるのだが、そういう性癖のためにバトラーと呼ばれておる」
「あんまり名前で呼ばれてる人いないんすか?」
「そうだな。というかおぬしも、今後しばらく本名は、叔父との間程度でしか使う機会がなくなるぞ」
「えっ」
光は急なことに驚いた。まさか吸血鬼は全員二つ名あるいはあだ名で呼び合う文化でもあるのだろうか。そうだったら格好良くかつ気負わぬ抜け感が適度にある、素晴らしい名前を貰いたい。
そう思ってそわそわし始めた思春期吸血鬼の内心を察しつつ、マスターは話を続けた。
「よいか、おぬしは一度死んでおるのだ。だというのに生前と全く同じく「新月光」という存在として活動することは、おぬしを覚えている人間がいる限り、難しい。これは理解できるな?」
「えーと、一応」
「うむ。万一外で友人などに会った際、同姓同名で外見も声も同じ赤の他人だと言い訳をするのは、さすがに無謀だからな。吸血鬼として生き返ったなどとはさすがに思われずとも、気味悪がられはするであろう。まあ面倒ごとを避けるための措置だ。
これはおぬしだけではなく、吸血鬼になった者全員が大抵通る道よ。あと70年もすれば知人友人血縁もろもろ全員死ぬであろうから、その時は本名を名乗るがよい。
もっともその頃には、自分の本名を忘れる吸血鬼も多いがの」
「俺も忘れそうだわ」
特に格好良いお気に入りの名前なんて付けられたら、そちらを使いたくてあえて本名を忘れる可能性もある。光はそういうタイプだ。
初々しい新人に生暖かい視線を向けつつ、マスターは部屋の隅のデスクに置かれたPCとスマホを、トントンと指先で叩いた。これは彼女の私物だ。
「ま、それは後で気に入るものを考えるがよい。あるいは人に名付けてもらうのもよかろう。
それから、この館は引きこもりにも優しいwi-fi完備の環境だ。喜べ。ただしおぬしが生前使っていた各種ネット上のアカウント、これは今後すべて使えぬ。新しいものを用意せよ」
「あー、そっか。死んでるんだもんな」
「退会したいものは冬至に言って手続きをしてもらうとよかろ。働き始めて給料が出るようになったら、クレジットカードも作ってやるからの。動画配信サービスでも通販サイトでも、好きに利用するがよい。安心しろ、履歴は見ぬ」
「気遣いが行き届いている……」
「それまではスマホの契約も難しいが、今はわらわの物をひとつ貸してやる。大事に使うのだぞ。通販もある程度は自由にしてよい。衣食住に関わるものなら面倒をみてやるからの」
「俺ここのうちの子になる」
「もうなっておるのだがな」
あまりにもニートに優しいマスターに、光は両手を合わせて拝んだ。人生が上手く行きすぎて若干心配になってくるほどだ。
マスターは感動している光を先輩面でうむうむと眺め、それからふと手を叩いた。
その瞬間、マスターの小さなてのひらの上に、文庫本程度の大きさの小冊子が現れる。
その表紙には、『きゅうけつきせいかつのしおり』という題名が書かれていた。小学生向けの修学旅行のしおりにも似た趣がある。
「これを渡しておこう。新人吸血鬼が困りがちな問題のQ&Aを集めてある」
「そういうとこシステマチックなんすね」
「いちいち口頭で説明するのも面倒でな。ではわらわはそろそろ部屋に戻るぞ。館の見取り図もそこに乗っているから、困った時はわらわを訪ねてくるか、近い部屋に住んでいる先輩でも頼ると良い。場合によっては助けてもらえることもあるだろう」
「そこで助けてくれるって言い切られないあたり、俺ここのやつら好きだよ」
「うむ。常に無償で快く助けられるとだんだん疑念が湧いてくるからな」
「なんか居心地悪いよな……」
捻くれた感情を新入りと共有し、マスターは部屋を出ていった。
光は自分の部屋となった豪奢な居住空間の収納を手当たり次第に開けて回り、生活用品の置き場などを把握した後、生まれて初めて実物を目にした天蓋付きダブルベッドに寝転がって目を閉じた。
そうすると、怒涛のような今夜の出来事がまぶたの裏に浮かんでくる。
墓場で蘇り、謎の化物に襲われそうになったところを助けられ、吸血鬼になったと言われ、吸血鬼仲間だという人々に攫われて、スマ○ラをし、そしていま、びっくりするほど豪華な部屋で新生活を始めている。
自分の人生が一瞬で変わってしまったことをぼんやり受け止めつつ、光はしおりの表紙を開く。
書いてあることは、やけに生活感のあることから、まるでラノベの設定のようで実感のわかないことまで様々だ。
まず、ニンニクは食べられるが、五感が生前より優れているので匂いがつらいため、無臭にんにくを推奨する。ということが最初に載っていた。大事なことだが順番が違うのではと光は思った。
次に、食べた物は全て吸収されるので、トイレに行く必要がないこと。また新陳代謝が行われないため、爪も髪も自然には伸びないのだという。つまりやろうと思えば24時間耐久でゲームも出来てしまう。
健康な食生活を心がけ、怪我なく過ごしていれば、血を飲む量は少量で良いらしい。必須アミノ酸のようなものだとのことだ。
それから、日光に当たるとひどい日焼けのような跡ができて、長時間当たれば骨まで焼かれて死んでしまうこと。その場合復活は困難らしい。
純度の高い銀に触れた場合も、これとほぼ同様の症状が出るそうだ。
そのほか、退魔に特化した魔術で攻撃されたり、炎で焼かれたり、粉々にして海に撒かれたりすると復活ができない。
それ以外では首を落とされようが心臓に杭を打たれようが、頑張ればなんとか死なずに済むのだという。
ひとまず生死と生活に関係しそうな部分へ先に目を通し、そこからは適当に流し読みをして、自分の能力の訓練について、という項目になったところで、光はしおりを持った手をばたんとベッドにおろした。
「俺なんでチート系じゃねーんだろー」
しょうもない不満を吐き出し、学習意欲を失った光はベッドにしおりを放り出して立ち上がった。
ちんたらとやる気のない足取りでテーブルまで歩き、そこに置いてあったスマホを手に取る。
一応ロック用のパスワードなどを設定し、暇つぶしに適当に動画サイトを開く。
そこで何を見ようかと画面をスクロールしていたその時、光の脳裏に電撃が走った。
目に映らないものを見えるようにする能力。充実のネット環境。仮名使用生活。ス○ブラに熱狂する様々な人種の人々。
それらの記憶と知識が頭の中で混然一体となり、彼に天啓をもたらした。
「ひょっとして、動画配信やったらウケるんじゃねえの……?」
キャラの濃い美形外国人に囲まれ、映える館に住み、超常現象見放題となった彼がこの結論に到達することは、あるいは運命だったのかもしれない。
こうして、光の動画配信者生活の幕は上がったのだ。
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