第3話 吸血鬼という名の馬鹿

光がス○ークで奮闘している間、冬至は真祖の少女と客室で話をしていた。

内容は、少女の話すオカルト実録エピソードと、冬至の話す光の若者らしい無様なエピソードの交換会である。

自分の人生を勝手に引き換えにした保護者が、ホクホクと仕事のネタを確保しているころ、光はキャッキャと楽しくスクリーン使用の大画面ゲーム大会に興じていた。彼は後に、玄関ホールで叔父を絞め落としておかなかったことを後悔する日がくるのだが、それはさておき。

しばらくして大人げない煽り合いの横行するス○ブラ大会が終了し、決勝戦で惜しくも敗退した金髪マッチョが数人がかりで抑え込まれ、敗者を全力で煽っている優勝者に大音声で魂の慟哭をぶつけているタイミングで、冬至たちはリビングへと戻ってきた。


「ヘイヘイヘイヘイ! どうした!! 今回こそ勝つんじゃなかったのかよこのド下手くそ!! よくもまあ恥ずかしげもなく挑戦できたもんだなマザーフ○ッカー野郎がよ!!」

「チクショウ! 俺は必ず帰って来る! 今度こそ全員殺してやる! いつか絶対に俺のス○ィーブが最強だってことを証明してやるからな!! それまで精々イキがってやがれ!! クソが!! 全員死ねーーーーーー!!!!!」

「おっ盛り上がっとるな」


敗者が引きずられて退場し、今回の勝者に優勝賞品の某おいしい棒100本セットが贈られる中、少女は手を叩いて自分へと注目を集めた。


「さて、おぬしら少しは行儀よくせよ。見ての通り今日は客人がおるぞ」


少女の後ろにいる冬至に、途端に吸血鬼たちの視線が集中した。

見た目だけで言うのなら、人種のバリエーションに富み、かつ全員が文句なしに美しいという、なかなか迫力のある集団だ。

この世界における吸血鬼は、遊び等に集中している際に他への注意力が非常に散漫になるという特性がある。飼い主がリードを持ってきたときの犬の様子を想像すると大体間違いがない。

なので吸血鬼たちは見慣れぬ人間が住処へ来ていたことに、この時初めて気が付いた。

彼等は一様にぽかんと間抜けヅラを晒し、初めて見る顔の人間の周りにわらわらと集まり始める。


「わあ本当だ。人間だ。えっ人間さんって何して遊ぶの? 折り紙とかする? 俺バラ折れるよ」

「麩菓子食べる?」

「飴ちゃん舐めるか?」

「にんげんの今流行りのお菓子って何……? お取り寄せしたクッキーとかあるけど食う……?」

「何歳? えっ32? あかちゃんじゃん……。誰かふわふわの毛布もって来いよ。包まなきゃ……」


ここ最近は吸血鬼が人間の血を直接吸う機会などとんとなく、接触が減った影響でどう対応すればいいのかすっぽりと記憶を失った吸血鬼たちは、おろおろそわそわとうろたえた。そして控えていた黒髪ロンゲ吸血鬼の手で、そっと冬至の周辺から追い払われていく。


「これこれ、我慢せい。動物ふれあいコーナーにきた小学生かおのれらは。この男は今日から我らの同胞となった、この新月光の叔父でな。たびたび甥の様子を見に来るそうだから、おぬしらも見かけたら案内などするのだぞ」


取りまとめ役である少女の言葉に、脳みその緩い吸血鬼たちは、きょとんとした顔で今度は光を見る。

そういやこのスネ○ク使いは誰なんだ、と今更疑問を持ったのだ。

光は光で、共に大会で戦った吸血鬼たちを、こいつはカー○ィの人、こいつはテ○ーの人、という覚え方で認識していたため、そういやこいつら何て名前なんだろう、と思ってしげしげ見返した。

縄張りに見知らぬ生き物がやってきたときの動物の動きにも似ていたが、それと比べると圧倒的に警戒心が足りていない、野性を失った反応である。

吸血鬼は他の動物と比べて腕力があるため、こうして無意識に余裕をこいた態度を出してしまう習性があるのだ。


「さて、こやつは少々めずらしい能力があってな。なんと異形の者の姿を誰にでも見えるようにできる、という力なのだ。

そのため能力の制御がある程度出来るようになるまでは、人目のないド田舎や閉鎖空間での仕事しか行えぬ。どうやら常時発動型のようだからの」

「それ役に立つんか?」


吸血鬼たちの中から、当然の疑問が出た。化物退治を主な生業としている彼らにとって、戦闘の役に立たないどころか、一般人の注目を集めて足を引っ張りかねない力なのだから、この反応は仕方がない。

己の身にチート能力が発現する夢を諦めきれない光は少々むっとしたが、言った相手が先程自分を対戦でボコボコにした男だったので、ガンを飛ばすのは我慢した。

真祖の少女はふむふむと頷き、腰に手を当てて尊大に胸を張る。


「いやいや、これが馬鹿にしたものでもない。案外便利そうな力なのだ。そら、よく見てみよ」


その一言と同時に、少女が指をパチンと鳴らす。

たったそれだけで、室内の壁の一面が鏡張りへと変わった。

そこへ映し出されたのは、当然部屋の中の様子そのままだ。

しかし吸血鬼たちは一様に目を見開き、唖然として、鏡の前へ殺到した。


「うそうそうそマジで映ってる! 頑張って映ろうとかしてないのに!」

「えっマジで!? は!? すごくない!? めちゃくちゃ便利じゃん!」

「やだ~~~~~!!! 私美人~~~~~!!!」


吸血鬼たちの大興奮に、光は取り残され、冬至は訳知り顔で頷く。

これほどの大はしゃぎには、当然理由があった。

吸血鬼たちには本来、鏡にもカメラにも映らないという特性がある。

一部魔術的素養のある者たちは頑張れば少しの時間なら映っていられるが、長時間そうしていることは手間がかかるし難しい。

ゆえに鏡やガラス、磨かれた金属といった建材が多用され、様々な場所に監視カメラが置かれ、人間一人一人がカメラを持っている現代において、吸血鬼たちはその存在が露見しないよう、極度の引きこもり生活を強いられている。

その中で突如出現した、この能力。

これはおそとで遊びたい吸血鬼たちにとって福音だった。

一頻り己の美しい姿を鏡で堪能した吸血鬼たちは、今度は目を血走らせて光の周囲へ殺到した。


「ねえ!! 一緒に銀座に行って!!」

「お願いだから築地行こう築地!! あっ今は豊洲!? なんだっけ!?」

「上野のパンダ生で見たい!!!!!!!」

「ランド行って! ネズミと一緒に写真撮りたいの!! 頼む!! 金ならいくらでも払うから!!」

「オイクソが抜け駆けしようとすんな俺のほうが資産あるわ!!」

「んだとコラオイこちとら株やってんだぞ!!」


物事を金で解決しようとする大人の汚い部分を見せつつ、吸血鬼たちはなんとか自分の遊びに光を付き合わせようと躍起になる。

この大都会東京に住んでいながら、吸血鬼バレ防止のためにと一部地域以外への出歩きを制限されていた彼らの鬱憤は、並々ならぬものがあったのだ。

まとめ役の許可もとらずに、年下の新入り相手に自分の預金残高のプレゼンを始めた吸血鬼たちを、少女は魔法で殴りつけて昏倒させ黙らせた。

殴られた方もそれなりに頑丈なので、すぐに復活してしぶしぶ口を閉じる。


「そう興奮するでないわみっともない。よいか、光の外出は能力の扱いがマシになってから。これは決定事項だ。

そしてどうせ揉めるだろうからな、光を同行させて外出したい者は、後で外出先と理由を書面にしたためわらわに提出せよ。それを光が了承したら、どこへなりともゆくが良い。出先で問題を起こしたら勿論処罰はするぞ。

もしわらわに黙って光を掻っ攫い、勝手に外へ出る者がおれば、そやつはわらわが直々に地中へ埋めて煮えた鉄で型取りし、玄関に飾ってやるからの。そのつもりでおれ」


情け容赦のない脅し文句に、吸血鬼たちは大人しくなった。口だけではなく絶対実行されるという確信があったからだ。

しかしこれまでの、娯楽を目の前にぶら下げられていながら手を出せない、という環境から抜け出せることは確定したのだ。

少しくらいなら待ってもいいかと、吸血鬼たちは幾分落ち着いて光に向き合った。

この吸血鬼のコミュニティに新入りがやってくるのは、実に数十年ぶりである。

長命で気が長く、ついでに馬鹿で記憶力に若干問題のある者が多い吸血鬼業界にとっても、これはそれなりに長い期間だ。

ひさびさのフレッシュな新人さんの登場とあって、先程までとはまた別種のそわそわした空気が吸血鬼たちを包んでいる。

彼等はおもむろに、先輩風を吹かせつつ光に話しかけた。


「急に吸血鬼とか言われて困ったでしょ。食べ物は血だけじゃなくていいから大丈夫だよ」

「日光も少しくらい浴びても日焼けするだけだからな。でも長時間浜辺で肌焼いたりとかは若いうちは絶対やめときな。普通に死ぬから」

「いろいろわかんないこともあるだろうけれど、困ったことがあったら何でも聞いていいからね。そんであとで一緒に遊び行こ」


親切ごかして外出優先権を今から勝ち取ろうと画策する同胞に、にわかに周囲の吸血鬼たちの視線が鋭くなった。

空気が悪くなったのを察した光は早々にその場から一歩引いている。


「なに優しい先輩ぶってやがるテメェ」

「ざけんなクソが。俺のほうが教え方も丁寧だし常識人だわ」

「あ? ふざけんな誰が常識人だ。吸血鬼にそんなやついるわけねーだろ」

「人狼か?? 吊れ吊れ」

「テメェら新人ちゃんにアピールしてんのか? 無駄だよ吸血鬼なんざ全員クソだろうが」

「でもそれなら新人ちゃんも非常識人じゃん」

「吸血鬼だもんな……」

「最悪だ……」

「裏切られた……」

「吸血鬼これだからだめ」

「どうせ俺達はピュアで頑張り屋さんの新人になんて一生会えないんだ……」


盛り上がっていた吸血鬼たちは思い思いに勝手に絶望し、どんよりと打ち沈んだままその場から解散した。

連絡事項をあとで全員に書面で送付するつもりの少女は、そんな彼らを慣れた顔で見送る。

背後に執事の如く控えていた黒髪ロンゲ男は既に飽きており、勝手にチョコバーをその辺から出して食べ始め、冬至はそのご相伴にあずかりつつ一連の様子と甥を見物していた。

残されたどうせ常識人ではない新人吸血鬼の肩を、少女が背伸びしてポンと叩く。


「よいか、光。

吸血鬼というものは顔は良いが、このように総じて性格が悪く頭も悪く、その上長生きすればするほど自己中心的になり脳が溶けたような言動をする。はっきり言って最悪だ。

そのかわりあと数時間もすればいまの出来事をケロッと忘れ、キッチンにでも集まってカップ麺品評会を元気に開催していることだろう」

「なるほど」

「ここでは万事がああいう調子だ。お前も頑張っていけ」


少女の真っ直ぐな視線に、光は深く頷く。


「俺、ここでうまくやってく自信、すげーあります」


自分がこれから住む馬鹿の巣窟の馬鹿具合を体感した馬鹿の光は、きりりとした顔でそう断言したのだった。

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