第2話 現代社会の吸血鬼
思考とテンションを置いてきぼりにされた新月家の二人を乗せて、車は深夜の街を走って行く。
後部座席へ強制的に着席させた光と冬至の腕を、真ん中に陣取ってがっちりと掴みつつ、少女はマイペースに会話を始めた。
「まずはそうだな。おぬし、新月光と言ったかの」
「アはい」
「おぬしは吸血鬼となった」
「そうすか……」
今日から高校生二年生だね、という程度のノリでそう言われ、光はなんとも言い難い気持ちになりつつ頷く。
なるほど死因となった怪我が無くなっていたのは、ゾンビではなく吸血鬼になっていたからだったか。と一定の納得をしたものの、だからといって不幸にも黒塗りの車に乗せられ攫われる理由は全く分からない。
ついでに言うと叔父がへえそうなんだ、という顔をして呑気にこっちを見ている理由もわからなかった。大人になると人間はあんなにも無感動になってしまうのだろうか。時間はかくも残酷なのか。大人になるっていやだなあ。
「まあ飲み込めぬこともあろうが勝手に説明するぞ。
おぬしの家の遠い祖先に吸血鬼の血が混じっておったのだろうな。そのあたりは追々必要があれば調べるとして、とにかくおぬしは死してのち吸血鬼として蘇った。
しかしこのご時世、吸血鬼をそのへんに野放しにしておくわけにもゆかぬ。
そこで吸血鬼の真祖たるわらわが吸血鬼を集め、吸血鬼生活においての注意事項などを説明し、住居と仕事を斡旋しておるのだ。放っておくと吸血鬼になったことすら気付かず、日に焼けて消滅しかけるアホもおるからの」
「他人事とは思えない……」
馬鹿の自覚がある光は怯えた。そして馬鹿なので素直に少女の話に納得した。
横で聞いている冬至もまた、少女の話にニコニコと楽しげな顔をして耳を傾けている。これは彼の家に初めてオレオレ詐欺の電話がかかってきたときや、SNSのアカウントがレ○バン宣伝botと化した時と同じ反応だ。話には聞いていたけれど、本当にこんなことがあるんだなあ、と感心している時の顔なのである。
新月家二名はそれぞれに何の疑問も持たず少女の話を受け入れていたが、この態度には理由があった。
この世界において、吸血鬼になる人間には共通した特徴がある。
顔が良くて頭と性格が悪く肝が据わっている、という特徴が。
新月家の二名は突然の非日常へのご招待に動揺しない程度に肝が据わり、まあよくわからんがどうにかなるかと楽観的に思える程度に頭が悪く、いざとなったら怪しい二人に毒を盛ってでも逃げようと考える程度には性格が悪いのだ。
そのためこうして素直に話を聞いている。つまり冬至も死んだときには吸血鬼化するのであるがそれはさておき。
吸血鬼の特徴を当然理解している真祖の少女は、二人の内心については少しも気にせず話を続けた。
「ま、そういうわけで、新しい吸血鬼の誕生の気配を察したわらわは、おぬしのことも迎えに来たわけだ。
いま向かっているのはわらわが集めた吸血鬼を住まわせている、吸血鬼のシェアハウスというか、組合というか、そのようなものだな。
別の場所で暮らしている吸血鬼も勿論おるが、新米は吸血鬼の体の特性と仕事に慣れるまではそこで暮らすことを推奨しておる。
特に光、おぬしは少々変わった力を持っておるようだからの」
「変わった力!」
急な主人公要素に光のテンションが上がった。
馬鹿で明るい男子高校生である彼にとって、特別な力、などという要素は当然食いつくべき餌である。彼は厨二を卒業しきれていない高校二年生なのだ。
吸血鬼の大先輩と人生の先輩の二名に生温い目を向けられつつ、光は俄然やる気に満ちて少女の話をしっかりと聞く体勢になった。
「おぬしの力は、人外の存在をただの人間にも見えるようにする能力だ」
「……えっと。それにはひょっとして超強力な探知機能などがついていたり、人には見えないものが見えたり……?」
「しない。見せられるというだけで、おぬしの感知力自体は全く平凡だ」
「隠された攻撃技があったり……?」
「全くせん。そこのおぬしの親類が、ただの人間でありながらも、先程化物が見えておったであろう。ああいう効果があるだけだ」
「もてあそばれた」
チートへの期待を破壊された光は力なく座席に凭れ、窓の外を通り過ぎていく夜景に虚ろな目を向けた。
多感な時期の少年の青臭い希望が断たれた瞬間を目撃した少女と叔父は、それはもうニコニコとご機嫌な顔をしている。勿論運転席にいる男もニコニコしている。この場には性格の悪い人物しかいないのだ。
「吸血鬼は現在、主に先程の化物のような、周囲へ害をなす存在を退治することで資金を得て、人間に混じって生活をしているのだが……。
まあおぬしは少なくとも、その能力のオンオフを制御できるようになるまでは、市街地での化物退治はさせられぬな。しばらく組合の建物の中で修行でもニートでもするがよい。わらわは儲けておる。よほどの浪費家でない限りは養ってやろう。
そちらの人間は、今日見聞きしたことを人に漏らさぬと誓うのならば、なにもせず解放してやるぞ」
甲斐性に溢れた真祖の言葉に、光は少しキュンとした。将来の夢はパチプロかヒモというタイプの男だったので、養ってやるという言葉にめっぽう弱いのである。
冬至は面倒を見ていた甥が急に永久就職して手がかからなくなったことに内心喜びつつ、深刻そうな顔を作って少女へ話しかけた。
「少しよろしいでしょうか」
「うむ」
「私はそちらの新月光の叔父で、新月冬至と申します。その子の両親に代わり、現在保護者をしている者です」
「おお、そうであったか」
「甥が貴方のような責任感溢れるかたの監督下で仕事を覚え、特殊な形であれども社会へ出ることを、保護者として見送ってやりたい気持ちはあります。しかし私は光の成長を今まで見守り、親のような気持ちで接してきました。それが急に別れるとなれば、寂しさもあります。
毎日とは言いません。たまにでよいのです。彼が健やかに暮らしているか、その様子を見に伺っても構いませんか」
まるで真摯な保護者のように見えるその表情に、少女はこちらも生真面目そうな顔で頷きを返す。
「なるほど、わかった。して本音はどのようなものだ」
「私は怪奇小説家です。常にネタを欲しています。出所が分からないよう薄めて解釈を変えつつ書きますので、どうか吸血鬼の家の見学に行かせてください」
「なんと欲望に素直なことか。さすが吸血鬼の血を持つ一族の者であるな」
演技が通じないとわかるや否や、甥っ子を心配する人格者の顔を即座に引っ込めて欲望駄々洩れで懇願してくる冬至に、吸血鬼の特性を誰よりも把握している真祖の少女はしみじみと頷いた。
「まあ構わん。一人で訪れても我が隠れ家を覆う結界に阻まれぬよう、あとで通行用の魔法をかけてやろう」
「なんて素晴らしいかたなのでしょう……」
非常に都合の良いネタを見つけた冬至はうっとりと少女を見つめた。彼が幼少期に鳥山石燕の浮世絵集と出会った時と同じ顔だ。
そんなやり取りをしている間に車は住宅街から遠く離れ、ビルの立ち並ぶ都心部へとやってきていた。
車は滑らかに進み、とある古びたネオ・ルネサンス様式のビルの地下駐車場へ入ってく。
車から降りた一行は、大正時代の建築の面影を残す、古めかしいデザインのエレベーターへ乗り込んだ。
「このビルはわらわの魔法がかかっていてな、許可を得た者しか入ってこれぬ。中も空間を広げてあるから、迷子になりたくなければ、最初は案内なしには歩き回らぬことだ」
チン、と軽やかな音をたててエレベーターが止まる。
扉が開いた先には、金と赤を基調とした、バロック調の豪奢な玄関ホールが広がっていた。
左右にある階段に挟まれて、正面部分には大きな観音開きの扉がある。そこへすたすたと進んでいく少女と長身の男の後に続き、新月家の二人は分厚い絨毯の上を歩く。
「さて、それでは二人とも。吸血鬼の居城へようこそ」
芝居がかった仕草で少女が開けた扉の先には、同じく金と赤で彩られた、豪奢なリビングがある。
そこでは十数人の吸血鬼による、白熱した大乱闘ス○ッシュブラザーズ大会が行われていた。
吸血鬼という言葉から連想されるダークでミステリアスな印象を完全に裏切る行為である。
いい年をしたド長命の吸血鬼どもは、コロシアムと競馬場を掛け合わせたような白熱した空気の中、対戦相手を罵り、金を掛けた選手の敗北を罵り、自分より上手い奴をとりあえず罵っていた。
「あ~~!!! そこ!! あっ馬鹿今それ使うタイミングじゃねーだろ!!」
「っだよド下手クソが賭けた金返せ!!」
「ふざけんな! 殴れ! 復帰する暇なんて与えんな!」
「行けー!!!! いまだ刺せ刺せ刺せ!!」
「殺せ! 全員殺せ!」
「一生ス○ブラやんなクソが!!」
「俺以外みんな死ね!!」
光はこの治安と民度が低いにも程がある大会の様子を見て、目をキラキラと輝かせた。彼も吸血鬼なので、この頭と性格の悪さに耐性があるのだ。なんなら実家のような安心感すら覚えている。
「俺スネーク使っていい!?」
「おう良いぞ!」
「お前も殺してやる!!!!」
熱狂渦巻く吸血鬼の中にスルッと受け入れられた光は、喜々として最低の賭けスマ○ラ大会へと参戦した。
挨拶より先に一切遠慮容赦のない罵倒を浴びせられながら、光はこの吸血鬼シェアハウスにはしょうもない人物ばかりがいることを察し、これなら馴染めそうだと安堵したのであった。
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