健康優良バカ吸血鬼Ch
石蕗石
第1話 あなたのそばの吸血鬼
両親は既に他界しており、叔父に引き取られて数年を片田舎で過ごした光は、先日叔父が空き家となっていた彼の実家をリフォームして引っ越したため、それにくっ付いて転校してきた。その矢先の出来事だった。
光の脳裏には走馬灯が走り、世話になっている叔父の顔が思い浮かんだ。叔父は癖が強いがまあそこそこに良いところもある人間なので、自分が死んだらきっと少しは泣くだろう。でも俺のPC内のR15画像フォルダを発見したら故人を偲ぶためにとか言って見物した後、こういう趣味だったんだなあとか言って笑うんだろうな。
そう思いながら、光は頭部を襲う激痛に死を悟って意識を手放した。
という出来事があった数日後のことである。
光はひどく狭い場所で目を覚ました。
二度寝しようと寝返りをうったはずみに肩が固いものに当たってふと疑問を覚え、起きようとして頭を打ったところで、やっと光は違和感に気付く。寝起きが悪いのである。
周囲はなにやらカサカサくしゃくしゃとした感触のものに覆われ、甘いような土臭いような、なんともいえない匂いがする。そして真っ暗な中周囲をぺたぺた触ってみると、どうやらここは狭い箱の中らしい。
はて自分は死んだのではなかったかと考え、そこで光はこの箱の正体に勘付いた。
さては棺桶ではなかろうか。
光の家ではクリスチャンだった祖父の影響で、日本では珍しいことに土葬をしている。自分も両親と同じようにして葬儀を執り行われたのだろうと、光はすっかり納得した。
棺桶の中で仮死状態から復活した人間がいた、なんていう物珍しい話を耳にしたことはあるが、その場合酸欠になって錯乱することがあるという話も同時に聞く。
そのわりに自分はひとつの息苦しさも感じていないな、と首を傾げ、光は困ったことに気が付いた。
自分はいま、呼吸をしていないのだ。
それどころか、妙な予感に突き動かされるまま手首に触れてみれば、脈もない。
さては俺が生きていた世界はゾンビパニックものの世界観だったのか、と光は短絡的に納得した。馬鹿なのでこういったことをよく考えず受け入れてしまうのだ。
非常に呑気な光は、果たして自分は外に出て、ゾンビを退治する主人公に出会わず生き延びることができるのか。あと叔父さんはゾンビになって帰ってきた自分を受け入れてくれるだろうか。などということを考えた。
ついでに、一度死んだ以上自分は戸籍も納税義務も無いのではないか、そうだったら一体これからどうやって生きて行こうかと、馬鹿なりに自分の将来を憂いた。
しかしそんなことは、脱出できなければ無駄な心配である。
そもそもの話、釘で打ち付けられているだろう棺桶の蓋と、その上に乗った大量の土を押しのけて脱出する。などということが、はたして可能なのか。
疑問ではあるが、やってみなければ始まらない。光は勢いよく蓋を押し上げた。
ぐっと力を入れると、思っていたよりもずっと抵抗なく、蓋が棺桶本体からばきりと音を立てて外れる。
それと同時に中に大量の土が流れ込んできて、光は土に埋もれながらどうにか上半身を起こし、土をかき分けるように棺桶の蓋を支えながら、腕を上へと重量挙げのような勢いで伸ばした。
土がどさどさと外へ押し出され、重みに耐えかねた蓋がばきりとへし折れる音をファンファーレに、光は墓穴から見事脱出した。
外は満月が煌々と輝く、真夜中の墓場。
突然の脱出劇に驚いた野良猫が走って逃げるのを、ずいぶん夜目が効くようになった気がする眼で眺めながら、光は頭をぽりぽりと掻く。
やっぱり自分は死んで埋葬されていたようだが、そのわりには盛大にぶつけたはずの頭には何の違和感もない。触ってみてもへこんでいる様子の無い、いつも通りの後頭部に、光は首を傾げた。
困惑しつつも棺桶の蓋と墓土を適当に墓穴に押し入れ、横にある両親の墓についでの墓参りをすませて、光はとぼとぼと歩き始めた。
新月家の墓のある霊園は、光が引っ越してきた家からも、通っていた学校からも徒歩圏内だ。と言っても1時間は掛かるので、墓参りには普段ならバスを使っている。
月は随分低い位置にあり、住宅街はひっそりとしている。酔っ払いすら出歩いておらず、道に面した住宅の窓も大抵が暗い。
見咎められずに家まで徒歩で戻ることは恐らく可能だろうと、光は埋葬時に着せられていた制服のパンツのポケットに親指を突っ込んで、ぷらぷらと街を歩き始めた。
全くもって非常識で非日常な状況ではあったが、それが逆に面白くて、光はフンフンと鼻歌を歌う。
道路で転んで死んだと思ったら生き返っただなんて、スベらない話として今後一生持ちネタにできることだろう。
いや、そういえば自分はゾンビにでもなったらしいから、もしかして一生バレないように、こそこそと生きなければならないのだろうか。
どう見てもゾンビパニックが起こっているような様子はない深夜の通学路を、呑気に考え事をしながらしばらく歩き、光はふと足をとめた。
前方で眩しい自販機の横、切れかけた街灯の下に、着物を着こんだ男が花束を供えていた。
光はその人物を知っている。というか保護者をしてくれている叔父の
小説家をやっている叔父は度々生活リズムが崩壊するため、こんな真夜中に起きていることも珍しくない。
光は彼に引き取られてから、散々弄られたり遊ばれたりからかわれた記憶ばかりがあるが、若干人格に問題のある叔父も自分の死をきちんと悼んでくれているのだと実感して、少しばかり涙が込み上げた。
まあ自分がこうしてのこのこと墓場から蘇っても、あの人物なら怖がるどころか、さぞ面白がるだろう。
そう思って、光は小走りに冬至に駆け寄った。
普段は驚かされることの多い叔父を今日は自分が驚かせてやろうと、しゃがみ込んで目を閉じ祈りを捧げている叔父の肩を、光は心底無邪気に叩く。
真夜中に甥の事故現場に花を手向けていた冬至は、突然無遠慮に肩を叩かれ、当然それなりに驚いてきょとんと振り向いた。
唖然として自分を見上げる叔父に、光は満足して胸を張る。
「いやー、とーじ叔父さん驚いた? なんか知らないけど俺復活したみたいで」
「いや光くんそれどころじゃないよ。後ろを御覧」
死んだはずの甥との感動の再開をそれどころじゃないの一言で済ませた冬至は、光の背後を指さした。
想像の5分の1程度のリアクションに不満を覚えつつ、光は素直に後ろを振り向く。
住宅街のそれほど広くもない道に、それはひっそりと佇んでいた。
光はそれを見て、一瞬電信柱か何かかと思った。しかし少し視線を上げただけで、その認識が間違いだったと気付く。
それは身長3mはあろうかという、奇妙な細長い人影だった。
とろりとしたタールのように濃い黒の、それでいて光を反射しない肌。明らかに人間よりも関節の多い手足。顔と言うには滅茶苦茶な位置に適当な数の目玉が配置された顔。
この世のどんな生物とも違う姿をしたなにかは、顔の真ん中の縦に割けた口を開き、黄ばんだ歯をがちがちと鳴らした。
はじめて見るフィクションの中から出てきたような化物を、光は冬至に手を引かれて後ろへ下がりながら、ぽかんと見上げる。
しばらくの間黙ってそれを眺めていたような気がしたが、実際には、化物が光と冬至の顔を覗き込むようにして顔を近づけてくるまでに、2秒もかかってはいなかっただろう。
光の脳内に、恐怖は無かった。
ただ、これは一体何なのかと、化物の大きく開いた口の中の、そこだけはやけに人間にそっくりな歯と舌を呆然と見て。
そして次の瞬間、目の前の化物が飛び蹴りで派手に吹っ飛ばされていくのを見た。
「はじめまして~~~~~~~~!!!!!!!!!!」
深夜の住宅街に、明らかに迷惑な音量の挨拶が高音と低音のユニゾンで響き渡る。
突然現れた白い長髪の少女と黒い長髪の男に蹴り飛ばされた化物は、路面を勢い良くすりおろされながら滑って行き、いつのまにかつきあたりの塀の前まで移動していた男にもう一度蹴られて、まるで煙のように消滅した。
その煙が晴れる頃には再び男は少女の横に移動し、二人そろってぱかっと口を開けた呑気な笑顔を、光と冬至へ向けてくる。そして手にしていたクラッカーの紐を引いた。
パーンと景気のいい音と共に紙吹雪ときらきらした細いリボンを浴びせかけられ、光と冬至の顔は逆にスンと無表情になる。人間は混乱が一周すると無になるのだ。
「ハイじゃあそういうことでね! お二人にはちょっとこっちへ来ていただきましょうね! いやあ突然のことでびっくりなさっているかとは思いますが、何事にも初めてというものはありますから! どうぞご安心ください、合法ですよ!」
男は何かしらの司会じみたキレの良い喋りと共に、二人の腕を掴んでぐいぐいと引っ張っていった。
突如現れた化物をテンポよく片付けた謎の人物達は、控えめに言っても化物よりさらに厄介に見えたが、抵抗しては今度は自分達が地面ですりおろされかねない。
光と冬至はなすすべもなく、動物病院へ連れていかれる犬の顔で、近くに止めてあった黒塗りの高級車の中に詰め込まれた。
こうして光の非日常的生活は幕を開けたのである。
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