第22話 14日目:実戦訓練

 今日でもう二週間だ。

 時が経つのは早いなぁ、とお爺さんみたいなことを考えながらベッドから起き上がる。

 ふかふかのベッドからさよならするまであと二週間ちょっとか……。名残惜しいぜ。


 

「うぅんー! ハァ……」


 寝起きは何と言うか……気分が悪い。機嫌は悪くないが、気分が悪い。これも、自堕落な生活を送っていた代償かな。


 さ、ルミナスの熱は下がったと昨日聞いたし、今日はきっと修行が再開できるだろう。


 教える楽しみを知った俺は、日々を楽しく過ごせている。これも全てルミナスたちのおかげだ。




☆☆☆



「おはよー」


「お、おはようございます」


 ルミナスと顔を合わせると、少しだけ赤い顔とともにふいっと逸らされた。

 ん? まだ熱あるのか?


「どれ」


「ひゃっ」


 額に手を当てると、可愛らしい声があたりに響く。一瞬、俺はルミナスの声だとはわからなくて辺りを見渡すと、最初の頃を思い出す凍えるような冷たい目で睨まれた。

 ちなみに触ったおでこはちょっと熱かった。


「やっぱ熱あるんじゃないか? 休んだ方が」


「これは……先生のせいですよ」


「俺!? なんかした!?」


 その疑問には答えずに、代わりに再び冷たい視線が返ってきた。覚えはないが俺が何かしたらしい。

 む、無実! といっても今まで色んなことしてるから何も言えないですね、はい。


「まあ、見てる限り体調は問題なさそうだから良いけど、具合悪くなったらすぐ言えよ?」


「多分言います」


「絶対」


「……はい」


 修行中は言わないつもりだろう。もう、そんなことは理解している。だが、体調悪い時に魔法使っても大した威力は出ない。それはつまり、修行にもならないということだ。


 ま、見てれば体調の良し悪しは分かるし、万が一があったら止めるから大丈夫だろう。……多分。



 拗ねているルミナスに準備の確認を取りテレポートで例の場所に向かった。




☆☆☆




 ちゃんと毎日行っている座禅を終えると、生き生きとした顔で魔法をぶっぱなそうとしているルミナスを呼び寄せる。

 本当に魔法撃つときだけはキラキラした瞳で楽しそうにしやがって……。これで限度さえ覚えてくれれば苦労はないけど、今のところは覚える気がないようで……俺が苦労する毎日が続いている。これが先生でいるということか。普通の学校だったら、ルミナスは間違いなく問題児だよな。絶対。



「どうしました?」


「今日はちょこっと趣向を変える。実戦だ」


「実戦?」


 そう、今日俺がやろうとしていることは、実戦である。実際に戦うと書いて実戦。


「理由としては、自衛のためにはいざ事が起こった時に俊敏に対応しなくてはいけないが、ルミナスには実戦経験がない。だから、せっかく習った魔法が無意味になる可能性がある。あとは……人に撃つときに躊躇う可能性もある」


 ふむふむ、と頷いていたルミナスは、躊躇う、という単語にキョトンとした。


「でも、私容赦しませんよ」


「知ってる」


 知ってる。おっと、思わず心の声と対応してしまった。

 そんなことは知ってる。知ってるからこそ危険性もある。


「お前の場合は逆だな。躊躇うことも覚えろ」


 そう言うとルミナスは、少々不満げに、


「向かってくる敵に対して躊躇う要素があるんですか?」


 と、実に戦闘狂発言をしたのだった。

 またこいつは……。頭を抱えたくなるが、ぐっと我慢して言う。


「あのな、魔法は人を殺す手段じゃねぇんだよ。言った通り自衛だ。もし、お前が撃った魔法で人が死んだらどうする? そして、その流れ弾が民間人に当たったら、建造物に当たったら、とか想像したことあるか?」


「……ないです。すみませんでした」


「うん。わかったならよし」


 納得と自罰的な表情を浮かべて謝罪したルミナスを笑って許す。

 こういう素直なところは美点だ。自分の否を素直に認められるのは育つと相場が決まっている。……くだらないところは意地張るのに……とは口に出さないけど。


「で、話を戻すが、その『いざ』に備えて使う魔法の種類や威力を適宜調節しないといけない。それも、その場での一瞬の判断だ。そのための実戦訓練だ。わかるか?」


「はい。ですが、私と先生でしたら訓練にすらならないと思いますが……」


「そこは手加減……と言いたいが、俺からは一切攻撃しない。お前を傷つけるわけにはいかないし、傷つけたくないからな」


 綺麗な肌に傷残ったら嫌だろ? と茶目っ気に笑うと、またふいっと顔を逸らされた。さっきから一体なんなんだよ……。どこか耳が赤い気がするが、また熱が上がってしまったのだろうか。でも体調的には問題なさそうなんだよなぁ……。

 つかそもそもな。傷つけでもしたらカマエル王が黙ってないだろ。あの人怒らせるとか怖すぎる。


「とりあえず、俺はひたすら逃げ回って色んなシチュエーションで襲うフリをするから、俺に魔法を当てろ」


「でも、当たったら痛いんじゃ……」


「大丈夫だ。当たらん」


「……ッッ! 当てます!」


 上手く負けず嫌いのルミナスを煽れたようで、瞳にはすでに闘志が宿っていた。



 そこから10分ほどルミナスには考える時間を与えた。前提として想像することが重要なのだ。もし、こう襲われたらこう対処する、とか。




 そして、10分後。

 互いに離れた位置に着いた俺たちは向かい合う。



「それじゃ始めるぞ! 開始!!」

「『アイシクル・ランス』」


 合図をした途端に氷でできた槍が飛んできた。

 開幕ぶっぱとはやるな。


「はい、ルミナス減点。まだ俺襲ってねーし」


「あっ……」


 槍全てを叩き壊して言うと、ルミナスはしまった……と焦る。どうやら初手からルールを忘れていたらしい。しっかりしてくれよ。



「んじゃ、改めて開始────『周りには民間人が少数。襲ってきた人数は一人で異能は使えないが魔法を使える、街の通りと想定する。道は直線』」


 はっ、とルミナスが理解の色を見せる。そうだ、そういうことだよ。これが危険予測と状況判断の試練だ。

 よく、俺もやらされたもんだ、と過去を思い出しながら、直線的な動きを意識して攻撃のフリをする。


 試練、という状況に意味を持たせるために、軽く殺気を飛ばすと真剣な目付きになる。

 さて、もう2歩で攻撃が完了する。ルミナスはどうする……?



「『アイス・ウォール』」


 瞬間、俺の目の前とように氷の壁が出現した。



「正解だ。周りに人がいる場合は、動きやすいようにバトルフィールドを作れ」


「『アイス・ピロー』!」


 間髪入れずに次点が来た。

 地面から突き抜けるように生えてきた鋭い氷を見て、俺は再び笑みを深めた。

 それも正解だ。


「『ウィンド・ステップ』」


 足元から風が吹き抜け、俺の体を上空へと運び、ステップを踏んで安全圏へと移動する。

 難なく氷の壁から抜け出した俺を睨むルミナスに向かって不適に笑う。

 ま、あんな啖呵切った手前負けるのは嫌だよな。生憎と負けず嫌いなんでね。



「はい、ストップ。うむ、上出来だけど、相手が魔法を使う想定をもっとしないとな。本気で戦いに行かずに、最初は様子を見てどういう魔法を使うのか観察しないと」


「そう、ですね。状況に流されて少し混乱気味でした」


 初めてだし仕方ない、というか普通の奴は何もできずにダメ出し食らうんだけどな。俺も含めて最初はそうだった。

 やはり圧倒的な才能。魔法だけではなく、戦術にも適性があるのかもしれない。


「混乱に関しては経験を積むしかない。誰彼もが最初からできたわけじゃねぇし」


 自虐を込めて言うと、ルミナスはふいにパンっと自分の頬を張った。


「──もう一度お願いします」


「ふふっ、了解。じゃ、続きね」


 熱血なのは嫌いじゃない。

 俺は立ち向かうルミナスの瞳にメラメラ燃えたぎる炎を見た。




☆☆☆



 頃合いかな。

 肩で息をするルミナスに、今日の最終試練だ。

 俺は全て『異能』を封じて試練に臨んだ。それは、『異能』の能力が被ることがないからだ。俺の『異能』を想定して訓練なんて必要ない……が、どういう対応をするのかも少し気になる。



「ルミナス、ラストだ! 相手は俺!」


「くっ、『氷爆』!!」


 目をハッと見開いたルミナスは、俺が教えた上級魔法の中で最も威力が高く射程の長い魔法を使用してきた。

 それは氷の絨毯爆撃。無差別に広範囲に氷の弾丸を放つ技だ。一つ一つが鉄以上の硬度があり当たればひとたまりもない。



「当たれ!」


 ルミナスが叫ぶ……が、そんなに甘くないのだよ!


「『範囲レンジ超過オーバー』……あれ? 発動しなっ……んぎゃ!」


 何故か『異能』が発動しなかった。

 それを考える間も無く襲い掛かってきた氷の弾丸が顔面に直撃し、俺は敢えなく地面に倒れ伏すことになるのだった。

 痛い……傷はないけどさ。痛いのは痛い。



「え、先生?」


 当たった俺に不思議そうな顔をする。

 いや、そんな顔するなよ!! 当たらんとか言ったくせに当たったことがそんなに不思議かよちくしょう!!!


 ……まあ、『異能』の発動には精神状態が安定していないと失敗することもあると言われてるし……



 とどのつまり、調子乗りすぎたってことすか……?



 ぐはっ。

 あまりの衝撃に俺は物言わぬ骸と化したのだ……心の痛みは時には肉体も痛めるのだよ……by俺。



「せ、先生ー!」

 

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