第21話 13日目:看病②

 扉を開けると、そこは何時もの部屋。変わっていたのは、ベッドに眠るルミナスの姿だけ。

 うぅ、と苦しそうに唸るルミナスに近づき、額にあるタオルを触ると温くなっていた。


「看病なんか何時ぶりだろうな……」


 とりあえずタオルを冷水で濡らして、再びルミナスの額に当てると、苦しそうな表情が少しだけ安らいだ。


「……うーん、無茶させすぎたか?」


 確かに修行のペースは早い。それに、最近では俺もルミナスも気合いが入ってるせいか、内容もかなりハードだ。

 ……焦るなと言ったくせに俺が焦らせてどうすんだよ……。


 小さく自分に毒を吐くと、熱に魘されるルミナスに罪悪感が湧いてきた。

 すると、んんっ、と小さく声をあげたルミナスが目を開けた。



「先生……?」


「あぁ、すまん。起こしちゃったか?」


「いえ……あの修行は……」


「こんな時に何言ってんだよ。今はゆっくり体を休めろ、な?」

 

 諭すように言うと、何時もの不満げな顔……ではなく、どこか悲しげな表情だった。

 どうしてそんな顔するんだよ。最近時々、悲しげな顔をすることがある。理由はわからないけど、それはきっとルミナスにとって本当に悲しいことで。

 それがルミナスの修行ペースを早めている原因だろう。……でも、俺にはその悲しみを取り除くことができない。分かってあげられないから。


 少しの沈黙の後、ルミナスがけほっ、と咳き込んだ。

 もしかして、熱が上がってきたか?


「失礼」


 タオルを外し、額に手を置く。会話のせいかさっきよりも暑く感じた。

 すると、とろんとした目でルミナスが呟く。


「先生の手……冷たくて気持ちいいです……」


 タオルを濡らす時に俺の手も冷えたのだろう。

 しかし、ルミナスの体温に手の熱が吸い取られる。


「ふむ、じゃあ、もっと冷たくしてあげよう」


 空中にルーン文字を描く、かなり精密な操作が必要故に文字数は多い。


「『クール』」


「あ……本当に冷たく……」


 ルミナスが驚きの声をあげる。

 如何せん魔法は攻撃力が高すぎる。生活魔法は別だが大して種類も多くないしな。

 そう、これぞ、


「これが魔法の応用! なんてな!」


「……やっぱり生活の知恵として使ってませんか?」


「な、なーんのことかなぁ」


「……実際かなり楽なのでありがたいです」


 ジト目で俺を見つめていたルミナスは、ほぅ……と気持ち良さそうに息を吐くと礼を言った。

 俺は誤魔化すようにごほん、と咳払いをして言った。


「ま、ゆっくり休んでろよ。一応看病はちゃんとすっから」


 ちゃんと、というのは看病経験が少ない自分への言い訳だ。お前はガサツだ、とよく言われる俺が繊細な行動を取るのはかなり難しい。料理だけは別だとよ。裁縫は絶対指に穴空く。

 ……あれ、俺ルミナスたちの料理に関して何も言えないのでは。

 ジャンル違いで同族かよ。


「私、先生に迷惑かけてばかりですね……。私は何も返せていないのに」


 自嘲げに呟いたルミナスの表情は、悲しみ、怒り。苦痛に満ちていた。熱のせいか何時もより表情が色濃く出ている。

 ……そんなこと考えていたのか。俺は密かに心の中で舌打ちをした。

 俺はどこかルミナスのことを子供扱いしていたのかもしれない。

 もう、ルミナスの中では無償の善意は恥ずべきこと、もしくは自分に怒りが湧くのか。


 だが、俺に関してのことなら杞憂だ。


「あのな、俺だってルミナスに感謝してるぞ? ……誰かに教える喜びを知った。ある時から一人だった俺に、騒がしくも……楽しい生活を送らせてくれた。それだけで充分なんだよ。貰ったもんは全部ここにある。形に見えなくてもな」


 ニヒルに笑ってドンと胸を突く。心にゆとりをくれたのはルミナスだ。いや、ルミナスだけじゃない。イリア、セリア、カマエル王やファミリアさん。後者二人はストレスを運んできたような気がしないこともないけど。

 苦笑気味にそんなことを考えてルミナスを見る……と、


「寝てるし」


 目を閉じすでに夢の中に旅立ってしまっているようだった。

 うん、まあ、ちょっと恥ずかしいことを口走った気もするし、聞かれなくてよかったのかもな。


 なんてことを考えるとふと尿意が俺を襲った。あかん、水がぶ飲みしたせいだ。


 やべー、やべー、と急いで俺は厠に駆け込んでいった。












 誰もいなくなった部屋で、少女は熱とは別に赤くなった顔を隠すように顔まで布団を被り──



「先生は……ずるいです」


 どこか嬉しげにそう呟いた。



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