第23話 王女様は進みたい。そして『魔剣士』は止めさせたい

 どうして、先生を見ると顔が赤くなるのでしょうか。

 どうして、先生のことを想うと胸の鼓動が治まらないのでしょうか。

 どうして、セリアは私のことを信じてくれるのでしょうか。


 どうして────笑いたいと。そう願ってしまうのでしょうか。


 頭の奥に存在する『なぜ』の数々が私の思考を蝕みます。

 自問自答しても答えはいっこうに得られません。



「はぁ……。先生は本当にずるいです」


 先生との実戦訓練を終えて、夕焼けに染まる部屋で私はため息をこぼしました。

 そうでもしないと、分からない感情が飛び出してしまうようで。


 ……本当にずるいんです。

 私のしたいことを誰よりも早く理解してくれて。私の感情を汲んで話しますし。

 そして、自分の気持ちに無頓着。感謝をしても謙遜をするばかりです。


 肝心なところは疎いんです、先生は。


 だからこそ……もどかしい。そう思ってしまうのです。

 理解できない感情を知られたくなくて。でも、知ってほしいような……そんな思考が頭をぐるぐる駆け巡ってしまって、最近私は先生と目が合うと顔を逸らしてしまいます。

 失礼だとわかっていてと、逸らさざるをえないのです。


 それが『なぜ』かはやっぱりわかりません。

 わからない時は人に聞け。

 先生はある時そんなことを言いましたが、この感情だけは自分で何とかしたいと思ってしまうのです。


 それも、『なぜ』かはわかりません。


 わからないことだらけです。  

 何時も悩んでばかりです。

 それでも、私は


「幸せ、なんです」


 暖かい気持ち。

 私は久しぶりに、幸せという感情を感じました。その時に私は笑いたいと思うのだと思います。

 それは、自分の気持ちに報いたいと思っているのか、はたまた幸せをもっと享受したいがゆえの感情なのか。


「悩んでる私を見たら、先生はなんと言うのでしょうか」


 何時もの優しげな笑みで、大丈夫か? と心配してくれるのでしょう。そうです。予測できます。予測できるのに……



「……熱い」


 顔に熱が集まっていくのを感じました。


「『クール』」


 なぜでしょう。先生から教わった魔法を試したのに、冷やした側から熱くなっていきます。

 すわ、病かと少し焦りますが、しばらくすると熱は引いていきました。


「もっと頑張りたい。けれど、やりすぎると先生に怒られてしまいますね……」


 魔法は、私の唯一の趣味であり、先生との繋がりでもあります。

 知らない世界。使えば使うほど強く、美しくなる魔法に私は魅せられています。


「もっと修行したいです」


 呟いても先生はやってこない。というか、聞かれたら怒られることは間違いなしなのでしょうけど。

 先生はたまに『狂ってる……』と微妙な表情で呟きますが、非常に心外です。私だって怒りますからね。


「ただ楽しいだけなのに」


 魔法を知った私は、水を得た魚のようで、凝り固まったストレスがどんどん消えていきます。

『ストレス発散かよ』。と言いそうですね。でも、実際その通りなのかもしれません。

 勿論、自衛の手段のためでもあり、私が変わるためでもあります。むしろこの間までは変わらなければ、という思いが占めて頭の中がぐちゃぐちゃになった過去もあります。


 でも、先生が焦らなくて良いんだと教えてくれました。

 その意味が分かるのは少し後でしたが……理解した時、まるで霧が晴れたようで。

 だから私はあの時『氷獄』が使えたのだと思います。


 楽しい。そう思えば思うほど、魔法は応えてくれます。


 すみません、先生。焦りはしませんが、狂うことは止められないみたいです。



「これも全て先生のせいですよ。知らない世界を教えてくれたのが悪いんです。だから、責任取って最後まで見捨てないでくださいね」


 残り二週間と少し。

 あまりにも少ないです。先生がいなくなる生活を想像しただけで悲しくなります。

 ……だから私は止まりません。どんな出来事があろうと、猪突猛進で進み抜けます。


 その先に、先生の笑顔と──私の笑顔があるのだと願って。




 



☆☆☆



「やりすぎた気がする」


 ルミナスとの実戦訓練を終えた俺は、ベッドの上でぐでー、と寝転びながらそんなことを考えた。


 いや、ね? 途中から俺も楽しくなってきてさ。……何時間もぶっ続けで訓練したんだよ。俺はアホか!


「やりすぎるな、とか、無理するな、焦るなとかどの口が言ってるんだよ……。この口だよな、くそぉ!」


 自分の唇をむにむに引っ張って、自らを罵倒するが気持ちは晴れない。


 仮にルミナスが、自分の限界と耐えられる限度を知っていたのならば、多少の無茶は許したかもしれない。

 しかしながら、ルミナスは限界が来ようと関係なし。その限界すら突破して無茶を重ねるから心配事が止まないのだ。

 

 『狂戦士』だなおい……。

 『狂化』という『異能』を持つ男に付いたあだ名だが、ルミナスの方がよっぽど似合ってると思う。頼むから限度を知ってくれ。胃が死ぬから。


「うん、今日に関しては俺が悪いとしか言いようがない。弁明反論主義主張はしません!」


 一体誰に言ってるかは俺自身も謎だけど、今後の抱負として何となく口に出して言った方が良い気がするのだ。うん、気分気分。


「とりあえずこれからのことだが。やっぱり天才すぎだよな?」


 まさか訓練の意図を秒で掴まれた上に、一瞬で実践されるとは思わなかった。

 ルミナスにも言ったが、あれを初見でやれる奴はマジでいない。俺もそのせいで先生にボコボコにされたし。


「戦略……か」  


 戦いに頭を使う者は存外少ない。  

 逆に言えば、使えるか使えないかの違いが『一流』と『二流』を分けると言っても過言ではない。

 しかし、実際に実践するのは難しい。どうしても、中途半端に力があって才能がある奴は、戦略なんか必要ないとゴリ押しする傾向がある。

 ……ん? なんか心が痛いな。それ、昔の俺じゃね? とか言えねぇ……。


 ごほん! そんなわけで、大多数の人間がゴリ押しする中、力、才能、を持ち、かつそれを戦略によって多様できるルミナスは、やはり天才なのだ。  

 天才という言葉で語れないかもしれないが。


「うかうかしてると、本当に追い抜かれるな」


 想像したら冷や汗が垂れてきた。

 教えた相手の成長を願うのは当然として、いざ追い抜かれそうになった時、冷静でいられる人間は果たしているのだろうか。

 少なくとも、上昇思考の俺は無理だな。だから、ルミナスが修行をしている時も、実はこっそり俺も修行をしているが……芳しくない。    

 すでに実力がある程度あると、そこから成長するには新しい発想が必要だ。ま、コツコツやるしかねぇと。俺には『異能』と剣があるし!!

 とは言っても今日、精神状態によって『異能』が発動しなかったという悲しい出来事があったんだけどね!!! あれはダサすぎた。軽く死にたい。


 いや、俺のことはどうでも良いけど。


「とりあえず、修行しすぎのルミナスを止めなくては」


 最初の考えに戻るけど、やっぱり頑張りすぎだ。多分、今日の実戦訓練も、俺が止めなかったら何時までもやってたに違いない。

 努力も才能の一つだけど、何度も言う通り限度がある。

 だからこそ、先生である俺が止めなくてはならない。


 ルミナスに不幸が襲い掛かる前に。


「降り懸かる火の粉を払うのは、先生としての務めだろ」

 

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