第11話 彷徨う感情に答えを

 


 ────私は何時も上手く笑えたのでしょうか。


 魔女の呪いをその身に受けるまで、私は常にそう思っていました。

 ……いえ、その思いすらも何時しか『どうして笑わねばならないのか』という問いに変わっていったのです。


 笑顔が。感情が。自分が嫌いです。

 日々に耐えきれず摩りきれていく感情のまま、偽りの笑顔を浮かべる自分が嫌いです。大……嫌いです。


 そんな時に笑えなくなる呪いをかけられました。当時のことは何も覚えていなく、ただ記憶に残っていたのは、愉しそうに嗤う、崩れた笑顔を持つ女性が私に手をかざした瞬間。

 そこで記憶が途切れて、気づけば私はどんな笑顔も浮かべられなくなりました。


 その事に喜んでした私はきっと罰を受けるべきなのでしょう。

 何故なら自分自身に嫌気が差したからです。

 感情の一切を出さずに過ごし、鏡すらも処分しました。……まるで自己的な考えを持つ私の醜い心が映り込んでしまうようで。


 呪われてから、私は公務の一切を行うことはなくなりました。

 それは笑えない王女は必要ないと言われているようで。いえ、実際その通りなのでしょう。

 お父様だけは、私をひたすら心配し、呪いを解こうとしてくれました。しかし、それもすべて徒労に終わります。


 遂にお父様が他人ひとに任せることをやめ、最後の人物について言われた時も心ここに在らずという様子で。

 例え物語に登場する英雄『魔剣士』が来ようともきっと日々は変わらない。


 ──私自身が呪いを解くことを望んでいないのですから。



 そして現れた異国の服を纏い、私に気軽に挨拶をした『魔剣士』様は、物語に描かれているように、勇敢な人物にはとても見えなくて。

 ただ、どこにでもいる青年だったのです。


 少しだけ普通とは言い難い雰囲気を纏っていましたが、それを加味しても偉業を成し得た人物とは想像できませんでした。


 彼が何をするのか。

 きっと陳腐な旅の笑い話でもするのでしょうと予想していましたが……

 しかし、それは勘違いで彼は私を笑わせる気など端から無いようでした。


 初めての出来事でした。

 堪らず問い掛けると、彼は私がずっと隠していた事をピタリと言い当てたのです。


『笑うことを望んでいない』と。


 その言葉に反論できる余地はありません。一言も言葉を交わさずに、沈黙が広がると────何故か彼は、北方に伝わる……らしい独特な瞑想法をし出しました。


 仮にも王女の私がいる前で。

 驚きの感情を出してしまったことを後悔しながら、興味を抑えられず彼に再度問うと、曰く魔法の修行だと言いました。


 魔法……私が唯一興味があることです。適性を持っているのに、呪いのせいで使うことができないことを伝えると、彼は笑い飛ばしました。

 魔法の造詣に深いようで、少しばかり自分に残った欲求に突き動かされるように、私は彼に……『先生』に教えを請うことになりました。



☆☆☆



 そうして日々を過ごす中、私は漠然と先生のことをこう思いました。


 不思議な人、と。

 私は客観的に自分の容姿が優れていることを、周りの反応から察していました。そのため、今の今まで下心を向けられることも多々ありました。無論、私の呪いを解こうとした男性も同じです。たちの悪いことに呪いにかこつけて触れようとされたこともありました。……勿論、捕まりましたが。


 しかし、私が彼と会った時に感じた視線の正体は、体をまさぐられるような不快な視線ではなく、その代わりに私の心を見透かすような強い視線でした。

 他にも、私がバランスを崩し……どういう理屈か分かりませんが、彼に抱き抱えられた時、不快感ではなく、日だまりの中にいるような温かさでした。

 どうしてなのでしょうか。ただそれが不思議でした。



 知らない気持ちをどんどん引き出されていくようです。

 まさか、誰かに従うことを当たり前だと思っていた私が不満すらも覚えるなんて。



 話は変わりますが、私の憧れは『個人』に向けられるものでなく、『魔法』という事象でした。

 王女としての公務や教育に忙殺され、本来幼少の頃に触れるはずの魔法は夢の中。それは日々が経つにつれ想いと憧れを強める原因となったのです。

 しかし、私はどこまでも自分の中に立ち塞がる壁を知りました。

 呪いのせいで魔法が禁止されたのです。


 しかし、今ではその悲願も成就されています。

 それでも……どうして先生はもっと早く来てくださらなかったのか、なんて問いが喉元まで出かかり、自分本位な考えに自らを嘲笑しました。

 ──きっと私は幸せになる資格などないのです。


 なのに、初めて魔法を使った時に感じた、圧倒的な多幸感。

 その感情に揺り動かされ、ずっと出ることのなかった涙が一滴零れ落ち。

 どうしてか、その姿を先生に見せたくなくて。

 自分の感情に惑わされながらも追い出してしまいました。


 そして一人、部屋の中で私はずっと考えていきました。自分の感情を。その正体を。


 嬉しさ、幸せ。遠い昔に置いてきた感情が私に戻ってきたことを感じ──どうしようもなく涙が溢れました。



 それを伝えてくれた。思い出させてくれた先生。


 信頼しよう。ふと、そう思いました。




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短め。ルミナスの独白でした。

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