第12話 7日目:襲撃①

 昨日は再び例の場所に行って修行をしたのだけれど……やっぱりルミナス、天才だわ。『古代ルーン文字』は扱う文字数が多いほど強力になり、複雑化する。つまり、簡潔に言って、難易度が増すのだがルミナスは教えたことに躓くことはあるものの、気が付いたら克服していることが多い。


 なんか先生としてちゃんと出来てるのかなぁ、と不安になる一方である。

 まあ、俺もある程度すぐに物事を解決できるから、人のことを言えるわけではないけど。自慢じゃないよ! ルミナスの方が才能上だし!


 多分、あと十年もすれば魔法面では抜かされるだろう。それくらい、ルミナスの才は凄まじい。

 剣も含めた戦闘だったら絶対勝てるが、魔法のみのバトルなら多分負けるんじゃないかなぁ……。あぁ、先生として立つ瀬がなくなる。


 とは言ってもそれもまだ先。

 とりあえずは先生として頑張ろうと、気合いを入れて扉を開ける。


「おっはよー」


「おはようございます。早く行きましょう」


 気が早い!!

 とててと駆け寄って転移をねだるルミナス。止めなかったらこいつぶっ続けで修行し続けるからな。まじで頭おかしい。

 だがしかし、残念ながら……


「今日は行きません!!」


「えぇ!? 何故ですか!?」


 相変わらず大げさにヘナヘナ崩れ落ちるルミナスに、少し罪悪感があるが、許可するわけにはいかない。

 理由を説明すると、カマエル王に諸々問い詰められた時に、


『魔法ばかり教えてるけど、呪いはちゃんと解いてるのかい?』


 と言われたのだ。

 そして、俺は悟った。この王、ある程度呪いに詳しいと。

 元は呪いを解くためのカモフラージュにするために、魔法を教えていたのだが、恐らく王は魔法と呪いが全くと言っていい程別物であることを知っている。

 となればいつもの言い訳を効かなくなるようで。


「今日は呪いを解く……ふりをします」


「ふり?」


 こてんと首をかしげた。


「だって、お前解かれたくないだろ?」


「はい」


 即答だった。

 やはりか、と俺はルミナスの抱える問題が根深いと再確認した。


「王から呪いを解くように釘が刺されてな。話してる内容は聞かれないだろうから、とりあえずふりだけしようかなと」


「なるほど。では、お父様に魔法の練習をさせてくれるように言っておくので、行きましょう」


「待て待て待て」


 さあ、早く、と急かすルミナスを宥めて座らせると、唇を尖らせて不満げな表情をした。隠す気はないらしい。


「一応、呪いを解く体裁で来てるわけだし、それを破ったら契約の不履行。最悪クビになる。そうなれば、お前はもう強くなれないんだぞ? ……本当にお前は焦りすぎだ……。今日は座学してやるから落ち着け」


「……はい。でも、焦ってるわけではなく、ただ魔法が好きなのです」


「知ってる。だが、限度ってものがある。好きなことを我慢するのも大人への一歩だぞ」


「私、もう成人してますが」


「そういうとこだ!」


 わしゃわしゃとルミナスの頭を撫でると、若干顔を赤らめながら、プクーと頬を膨らませた。


「セットするの、結構大変なのですが」


「お前がやってるわけじゃないだろ」


「……」


 侍女にやってもらってることは、純然たる事実なので何も言えないだろう。

 だがまあ、髪を乱したのも事実。

 俺は空中に青い軌跡を描くと、ルミナスの髪が元に戻った。


「ふふん、生活魔法、ルーン強化版の『クリーン』だ!」


 どや顔で説明すると、何故かルミナスは、はぁ……と呆れた様子でため息を吐いて、


「……そういうところ。先生も子供っぽいと思いますよ」


 と、毒を吐いてきたのだった。


 俺は大人です!!

 これは所謂大人の余裕というやつなのです!




☆☆☆



 チクタクチクタク、時計の針の音が鳴り響く。

 静寂が満ちるこの空間内。だが、俺はこの落ち着いた過ごし方が存外好きである。

 ある日の騎士たちの様子から察することができる人は多いと思うが、実のところ『俺』という存在が『魔剣士』であることを知ってる人間は少ないのである。

 まず、一つとして目立つことが好きではない俺は、派手な凱旋パレードなど行うことなかったお陰で顔が割れていない。なんなら名前も公表していない。

 二つ目の理由として、仲間を伴わずに魔王に挑んだことがこれに値する。

 仲間さえいれば、誰かは有名な何らかの組織に所属し、それに伴って俺のことも明らかになっていくだろうが、俺はある理由から仲間と魔王に挑むことはなかった。


 ……うん、実は仲間が二人いたんだけど、途中ではぐれたんだわ。そして、迷った俺がたどり着いた……いや、たどり着いちゃったのが魔王城。……魔物が絶えず襲いかかってくるし、倒すしかないじゃん……。

 そんな出来事が三年前に起こった。

 というわけで、ネームバリューだけ大きくなっちゃって、俺自身はそうでもない。

 見た目から舐めてかかってくれるし、ありがたいけど。


 だからこそ、安寧が好きな俺は静かに過ごすことも好きであり、老後の夢は田舎で悠々自適と過ごすことだ。


 だがどんな時も、その安寧を壊す奴というのはいて。


 

「……ッッ!? 危ない!!!」


 咄嗟にルーンを介さない魔法で、ルミナスを守る。風魔法の防護壁だ。

 上手く作用してくれたようで、小さな針のようなものが風に逸らされ落ちていった。


「い、いったい何が……」


 瞳に若干の恐怖を映したルミナスに、短く状況を説明する。


「恐らく、お前を狙った敵だ。すでに護衛は……死んではいないが気絶している。……敵は二人。危ないから自分の周りを魔法で覆え」


「で、でも、それでは先生が……」


 へっ、と鼻で笑う。安心させるように。


「俺を誰だと思ってる。

 世界最強の────『魔剣士』だぞ」


 それでもルミナスから不安は消えない。

 これ以上ルミナスと問答を繰り広げる時間もない!


「やれ! ルミナス!」


「……ッッ。はい!」


 氷の壁を展開させるルミナスにとりあえずは安心しながら、近づいてくる殺気に警戒心を高め、集中する。


 ……さっきの針は麻痺針ではなく完全な毒針。誘拐が目的ではない。

 ──暗殺だ。

 大方、王の親バカを聞き付けての、動揺を狙った他国の刺客だろう。


「おや、まさかまだ生きてるとは。……ッッ」


 躱されたッ! 窓を蹴破り入ってきた刺客に防いだ毒針で投擲したが、すんでの所で躱される。

 

「いきなり危ないではありませんか。少しお話しましょうよ」


「生憎だが敵と悠長に話す愚かな行為はしないんでね」


 挑発をするが、反応はなし。

 黒い装束に身を包み、ヘラヘラした笑みを浮かべる金髪の男。

 こいつ……、暗殺者ではない。完璧な『刺客』だ。強さもそこそこといった所。

 問題はもう一人がどこにいるかだが。


「……敵とベラベラ喋るな」


 窓からに入ってきた男に、俺は警戒心を更に高く上げる。

 黒い装束に黒い仮面。全身が黒ずくめの男。

 ……こいつが元締めだな。身に付けてる武器や服から判断しても、地位はかなり高い。パツキンの野郎は、その部下か。反射神経はかなりのものだったが、それまで。

 黒男、経験積ませるために連れてきやがったな……っ!? ここは学校じゃねぇんだよ!


「おいおい、お前ら二人だけか? ……まあ、いいぜ、一辺にかかってこいよ」


 わざとらしい俺の挑発に、金髪の男のみ引っ掛かる。

 ピキッと青筋を浮かべ今にも襲いかかる……


「ちっ」


 黒仮面の男が、それをすんでで止めた。冷静だな。挑発にかかるくらい愚かではないか。

 そのまま金髪に何かを耳打ちした、仮面の男はルミナスの元へと行く。

 それを止めようとした俺に、金髪が立ち塞がる。



「あぁ、なるほど。そういうことね。


 ────甘いわ」



範囲レンジ────解放リリース


 0.1秒だけ、その部屋の内部全てが、俺の範囲になった。

 そして、


「除外指定完了。範囲レンジ────圧縮コンプレション


 瞬間、金髪が、もんどりを打ってひっくり返った。すでに意識はないだろう。


「これを避けるか」


「はぁ、はぁ……貴様、何者だ」


「何者か分からないあんたに教える義理はないな」


 息を荒げる男に俺は静かに驚嘆していた。あれは、俺の範囲を瞬間的に増加し、さらに範囲内にいる指定した人か物のをゼロにする技だ。

 つまり、あの瞬間俺は二人に対して攻撃を当てたのだ。俺の範囲内で間合いを失くした者は必ず攻撃が当たる。そういう技なのだから。

 だが現にこの男のみは躱した。


 『異能』に対抗できるのは『異能』のみ。そんな言葉がある。


 つまり、この男も『異能』を持っていることになるのだ。




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