第10話 5日目:親バカ王と対談

 拝啓、父様、母様。

 今日、今生の別れを告げることになるかもしれません。

 私は身をもって知りました。子を想う親の気持ちを。

 そして、思いました。限度を知れ、と。





☆☆☆



 王が怖すぎて寝不足なんだが。

 とりあえず、のそりとベッドから立ち上がり、魔法で眠気を吹き飛ばす。あら、便利。

 解き明かしたら世界が変わると言われているルーン文字が生活の知恵と化してる件について。

 いや、まあ、便利なんで良いんですけど。


 顔を洗って飯を食い、いつものようにルミナスの部屋に出向く。

 今日で5日目。ルミナスとの仲も俺の勘違いでなければ深まり、無表情だったその顔に様々な表情が見え隠れするようになった。

 笑顔は未だにないけども、それでも表情豊かになったのならば良いだろう。


 ……ルミナスは今も笑いたくないと思っているのだろうか。……きっとそうだろう。

 部屋の模様からも拒絶の意思は強かった。それは一朝一夕で変わる心ではないはずだ。

 その理由も少し気になるところではあるが、ずけずけと踏み込んでほしくない心に土足で登るほど愚かじゃない。


 それに、その問題は本人にしかわからないし、本人にしか解けない。

 



「よっす」


「おはようございます」


 手を上げて挨拶をすると、いつも通り優雅に一礼をしたルミナスが駆け寄ってきた。

 そのまま、ふんす、と気合いを入れて俺を見つめる。


「ど、どうした?」


「早く魔法を使いたいです」


 1日使えなかっただけで……。

 徹底した執着ぶりに苦笑する。だがしかし、俺はルミナスに厳しい事実を伝えなくてはいけない。


「今日の魔法の訓練はなしだ」


「なっ…………ぜですか」


 ヘナヘナと力が抜けたように床に座り込み、恨めしげに俺を睨む。そこまで落ち込む?


「まだコントロールが不安だからな」


「昨日のあの場所があるではないですか」


「そうなんだけど……」


 絶対王に怒られるんだよなぁ……。

 十中八九、昨日の怒りはテレポート使って移動したことだろう。

 あの場には護衛がいたから、俺は『ちょっと魔法の練習のために出掛けてくる。定刻までには帰るから心配しないでねん』的なことを書き置きに残した。

 でも、さすがに事後報告はアウトだったようだ。


 そうだよな、事前報告は社会の常識だもんな……。

 全面的に俺が悪いから何も言えないんだな、これが。


 しかも、ルミナスにこのことを告げれば自分のせいか、と悲しむかもしれない。後は……私情だけど『魔剣士』が怒られる姿を見せたくないんだよな……。


 ルミナスの前では格好良いお兄さん的存在でいたいんだよ。え、もう無駄だって? うるせぇ、んなこと知ってるよ。挽回したいんだよ。


 

「あー、何度も暴走したら癖がつくかもしれない。一回時間を置いた方が効果的だ。お前も気持ちよく魔法を使いたいだろ?」


「まあ、そうですが……」


 不満を隠そうともしない。

 

「ッッ!?」


 むくれた頬をぷくっと押すと、ぷぅーと空気の漏れる音がする。

 驚きと羞恥から頬を赤く染めるルミナスが面白くて笑ってしまった。


「な、なに、するんですか!」


「ごめんごめん。ま、たまには自分のやってみたいことを他にやってみると良いさ」


「やりたいことが魔法だけなんです」


「そういえばそうだった」



 その後も、俺を説得してこようとするルミナスを、若干苦労しながら何とか諌めることに成功したのだった。


 


「じゃあ、明日は魔法を使わせるから」


「……約束ですよ」


「おうよ」


 結局、ルミナスは古代ルーン文字の教えた範囲の復習をして過ごしていた。

 結局魔法関連なのが笑える。魔法狂か。


 そして、授業が終われば……


「気が重い……」


 王の説教が待っている。

 逃げてぇー。めっちゃ逃げてぇー。俺に非がないのなら、容赦なく逃げるけど非しかないんだよ。……逃げれないよね。



「こちらです」


 途中で会ったメイドさんに、執務室まで案内してもらう。

 約束の時刻まで五分前。ちょうど良い頃合いだと思って、コンコンコンとノックをした。


「……誰かね?」


「えーと、『魔剣士』です」


「……入りたまえ」


 俺だとわかった瞬間、声に圧が増した気がした。怖い、非常に怖いっす。

 精巧な飾りが施された扉を慎重に開けると、そこは派手な外観からは想像できない質素な部屋だった。

 特に飾り付けはなく、執務のための机と、ソファが二脚、本棚が二つあるだけだ。

 その部屋は何処か『ヤマト』にいた頃を思い出す。実に俺好みの部屋だ。落ち着く。


 その机に向かっていた……ん!? ん!? え!?


「誰!?」


 茶髪のダンディな男。当然、見覚えはない。

 ん? と不思議そうに俺を見た男は、あぁ、と納得したように頷くと、ゴソゴソと机からくすんだ茶色が混じった白髪のカツラと髭を取り出し装着する。

 あら、不思議。カマエル王の出来上がり! ……ってアホか!


「え、えぇ。えぇ。えぇ……?」


 混乱する俺をイタズラが成功したかのように、ニヤッと笑みを浮かべると再びそのカツラと髭を外して俺に向き合った。


「さ、公式ではないから敬語を使った方が良いですか?」


「い、いや、そのままで良いです……」


 すると、手でソファを示し座ることを促す。

 従って座るとハハハと笑う王が種明かしをした。


「実はね。あの格好は威厳を出すための偽なんだよね。喋り方もだけど」


「まじすか……」


 確かに年取りすぎじゃねぇかとは思ってたけど。

 少し若く見えるが、ルミナスの年齢的に考えてもそこまで不自然はない。

 しかし、威厳のためにそこまで徹底するか。


「それはルミナスは勿論知ってるんですよね……?」


「いや、威厳を出すこと自体がルミナスのためだからね。知らないはずだよ」


「何故に」


「だって、格好良くて尊敬できる父親兼王でいたいじゃないか!!」


 ふんふんと鼻息荒く語るのは、王の威厳など次元の彼方に吹っ飛ばしたただの親バカ、いや、娘バカがいた。

 徹底具合。それに関してはルミナスとそっくりだ。……似なくて良いところが似たな、さては。


「まあ、驚きでしかありませんが、とりあえずわかりました。それで、要件とは」


 息を整え、翻って睨むような視線が俺を射抜く。


「君はすでにわかっているはずだよね?」


「えぇ……まあ」


 俺と王は声を揃える。



「無断で連れ出したこと「娘が君に心を許していること」」


「「え?」」


 最後の『こと』以外、一字一句も合わなかった。

 え、いや、どゆことっすか?

 訳がわからない。


「え、無断で連れ出したことじゃないんですか?」


「いや、それは良いんだ。君が何かしようとしてるならすでにしてるだろうし、書き置き残すってことは約束を守ってくれると信じてたから」


 なるほど。いや、確かに危害を加えるつもりなら初日からやってるよな。それでも、些か危機感が足りてないと思うが、一体何を考えているのだろう。


 すると、突然机をバンッ! と叩き、ただひたすら悔しそうに歯噛みして叫ぶ。


「問題はそこじゃないんだ!! 明らかに君と会ってから、ルミナスの表情に色が点ったッッ!! それは親としてとても喜ばしいことだ!! 確かに嬉しかったし、君に感謝した。

 だーけーどぉぉ!! それは父である僕が成し得たかった……ッッ! ただ悔しい。その一言なんだよ……」


「それ、俺悪くなくないですか?」


「知ってるよぉぉ!! 僕の逆恨み!!」


「あっはい」


 こいつ何言ってんだ。の一言に尽きる。

 理解は少しならばできる。親として精一杯手を尽くしてきたのに、ぽっと出の男に自分が出来なかったことを成功したのだ。悔しいのもわかるが、そこまで包み隠さず言います??


 はぁー、はぁー、と叫び続けた王は、ドカッと乱暴に座ると、手を組んでそれと、と切り出した。


「君、魔法教えてるんだって?」


「えぇまあ」


「……僕の知識不足で、ストレスが溜まってたようだね。でも、一言欲しかったかな。仕事でろくに構えない僕が言うのもあれだけど」


 最後の言葉は、自虐と悲しみが含んでいた。王が本当に娘を愛してることが分かる、重みのある一言だ。


「それは……すみません。許可されないと思って」


「君より魔法、呪いの叡智が深い人はいないと思ってる。君の言うことなら信じてたさ」


「そうですか……」


 やはり、俺は今一王を信用していなかったのだろう。知りもしないことを決めつけた自分に怒りの気持ちが沸いてくる。


「でも、本当に感謝してるんだよ。陰りはまだ残っているけど、まるで見違えるようだった! 君が娘に光を与えたんだ。救ったんだよ!」


「そんな大層なことはしてませんよ。ただ、ルミナスの興味が魔法にあっただけです」


「いや、間違いなく、君以外が魔法を教えてもこうはならなかっただろうね。断言するよ」


「……どうしてそう思うんですか?」


「それは君が──


 ──『魔剣士』だからさ」


 意味はわからなかった。

 だけど、この意味は自分で考える必要があるとも理解していた。

 俺は曖昧に頷くと、そろそろ部屋を出ようとする……と、袖をガッツリと掴まれた。


「なに、帰ろうとしてるんだい? 僕は他にも聞きたいことがあるんだよ? ルミナスを姫抱きにした所とか。今日もルミナスの頬を。あの柔らかい頬を触ったこととか!!!!」


 ひぇっ!

 ヤバい。ヤバい。このまま残ったらヤバいと危機感がビンビン音を立てて反応していた。


「……帰ったらダメっすか?」


「話すまで帰す気はないよ」


「ですよねー」







 メンタルが死んだ。

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