第6話 4日目:コントロール訓練①

 翌日、ルミナスの部屋の扉の前で俺は少し緊張していた。

 昨日の涙。俺が何かをやらかしたのかは、ついぞわからなかったが、ルミナスが怒っている可能性も少なからずある。

 その場合、俺は何に謝れば良いのか。……ぬぅ、悩んでも仕方ない。

 死ねば諸共!!

 覚悟を決めて扉を開ける。


「や、やっほー……」


「はい。おはようございます」


 ケロッとしてた。

 変わらぬ表情のままルミナスは俺を見て不思議そうに首を傾げる。

 いや、俺の悩みは……


「あー、昨日は」


「授業を始めましょう」


「いや、でも」


「授業を始めましょう」


「…………」


「授業を始めましょう」


「何も言ってないわ!」


 有無を言わさぬ圧力があった。

 どうやら、昨日の件については触れないで欲しいらしい。

 ……まあ、引きずったりしてないならいいか。

 

「じゃあ……今日も修行をするが……」


「はい」


「さて。驚かないでね」


「はい?」


 ルミナスの疑問を無視して、俺は空中に青い文字……古代ルーン文字を高速で描いた。

 その数、46文字。俺が持ってる魔法の中で最も文字数が長い古代魔法。


「『転移テレポート』」


 唱えた瞬間、俺とルミナスは部屋からパッと掻き消えた。



「……ッッ!?」


 約一名の驚きを残して。





☆☆☆


「ここは……?」


 そこには何もなかった。

 空も海も山も風もない、あるのは空気と魔素だけ。

 ただ白い景色だけが広がっている場所だった。

 キョロキョロと辺りを見渡すルミナス。


「ここは魔王との戦いの余波で出来た無の世界と呼ばれる場所だ。なんか知らんけど俺か、俺の許可した人以外入れない空間なんだよ」


「そんな場所へどうして私を……まさか」


 ルミナスは自らの身を抱き抱えて、警戒心を瞳に滲ませながら後退りを始めた。


「いや、違うから! どうしてそういう被害妄想しかできないんだお前は!?」  


 ルミナスの中で俺が変態認定されてる件について。

 そんな怪しまれることしたつもりないんだが??

 待て、落ち着け。客観的分析だ。


 この無の世界。まあ、人気ひとけがなくて誰にも手出しできなくて、おまけにその出入りの許可は他人が握っていて、そんな場所に男女のペアが一つ。


 うん、俺が悪いわ。

 どこからどう見ても誘拐の場所にうってつけの場所だわ。そんな考え持ったことないからわからんけど!!

 俺の名誉のために言っておく。


 そんな意図はありませんッッ!!!!


 ススッ……。はっ! 心の中で言い訳してる間に、ルミナスとの物理的距離と心の距離が遠ざかっている……っ!?


「落ち着けぃぃ! あのな、言ってなかった、ていうか言う暇がなかったんだけど、昨日、お前が魔法使った時暴走しかけてたの! だから、また暴走しても良いように誰もいない場所を選んだってわけ! 理解!?」


 昨日の暴走で収まってれば良いのだけど、最悪また暴走する可能性がある。そうなれば、止める自信がないしルミナスが俺に隠れて魔法を使った時は対処できない。

 

「だから、まずは魔力のコントロールを教えなければいけないの。その過程で王城木っ端微塵になったら嫌だろ? 俺と二人きりは嫌だろうけど我慢してくれ」


 また嫌われっかなー、とか思いながらルミナスの反応を見ると、顔を伏せっていた。


「す、すみませんでした。冗談のつもりだったんですけど、まさかそこまで考えていらしたなんて思わなくて……」


 バツの悪そうな顔をしていた。

 それにいつも落ち着き払った彼女にしては、あたふた慌てているのは珍しい。

 昨日と今日で全然反応が違う……。


 何かあったのか? でも、冗談ってことは歩み寄ろうとしてくれた、ってことだよな?

 それなら……嬉しいな。


「いや、最初に説明なしに連れてきたのは確かに悪かった。それに気にしなくて良いぞ。わかりづらい冗談だったけどそういうのもどんと来いだ。魔剣士だからな!」


 HAHAHAと笑ってルミナスを許す。

 本当は魔剣士としてじゃなくて、年上としてと言いたかったが、俺なりの『冗談』というやつだ。

 そして、案の定ルミナスは期待通りに応えてくれた。


「それ、魔剣士関係ありますか?」




☆☆☆



「まず、問題を洗いだそう」


 一悶着を終えて、俺たちは魔法の修行……と行く前に問題点を理解しようとした。


「暴走の原因だが……九分九厘、魔法を使っていなかったことが原因だと思う」


「それでは……どんどん魔法を使うと?」


「いや、それは意味ない。本来、人は幼少期から魔法を使うことによって、無意識にコントロールを覚えるんだ。だけど、ルミナスはその期間を逃した。

 でも……小さい頃に魔法は使わなかったのか?」


 自我が確立し始め、物心ついたときには魔法を習う。便利だし、生活の一部分を魔法が担っていると言っても過言ではない。

 ルミナスが呪いにかかったのは、十年前の八歳だと言う。ならば、その頃に魔法を使ったことがないというのは些か疑問が残る。

 

 その問いに、少しばかり影を落としたルミナスが言った。


「王女としての教養を習ったり、各行事での立ち居振舞いを習うことが最優先だったのです。特に私は第一王女ですから魔法など二の次。ようやく、適性が判明し魔法を習うタイミングで、呪いにかけられたのです」


「は~。そりゃまた運がないというか、タイミングが悪いというか」


「……」


 やべ、デリカシー無かったか。

 睨むルミナスに冷や汗を垂らしながら話題を変える。


「まあ、理由はわかった。じゃあ他の問題点を出すぞ……。

 そうだな。魔法のコントロールは完全に感覚だから、こればかりは練習あるのみとしか言えないが、感覚の掴み方を教えることはできる」


「では、それで……」


「いや、ちょっと問題があるんだ」


 苦々しげに顔を歪めた俺をパチクリとまばたきし、少し驚くルミナス。


「その問題とは……?」


 い、言いたくねぇ……。

 ただ、ルミナスに関してはその方法は取らないと、一気にコントロール訓練の成功が遠のく。

 だけど……言いたくねぇ……っ!


 だが、必死に魔法を習おうとするルミナスに報わねばならない。先生として教えられることは教えねばならない。

 ……よし、言おう。









「あー、そのその方法はだな。


 ────裸で瞑想するんだよ」


















「は?」

 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る