第5話 3日目②:涙

「あっぶねぇ…………」


 俺の内心は冷や汗ものであった。

 何故なら一足遅ければ、俺とルミナス以外木っ端微塵に砕け散っていた可能性があるからだ。そうはさせない自信はあるけど物事に絶対はない。

 とどのつまり、俺は今危ない橋を半壊させてから渡ったのだ。めっちゃ焦った。


「こ、これが魔法……」


 俺の苦労も知らず、当本人は魔法を発動させてご満悦な様子。


 うん、まあ、何があったかというとだな。ルミナスの溜まり溜まった魔力と才能を舐めてた。伊達に18年も魔法使ってないだけあるわ。

 その魔力が爆発しかけた。

 言葉で言い表せば何と簡単なことであるか。しかし、実際起こりそうになった出来事は笑い事にも洒落にもならない。


 俺が咄嗟にルミナスの魔力を抑えていなければ、第二のプランを実行せざるをえなかった……。それをすると、もれなく俺が全治3ヶ月の怪我を負う。

 ま、過ぎたことは後の祭り。何とかなっならそれはそれで良いだろうと気持ちを切り替える。


 そして、再び問題が起こったのだ。


「……私の夢」


 指先に灯を灯していたルミナスの目からツゥーと一雫の涙がこぼれ落ちたのだ。


 なんで!?


「お、おい。大丈夫か?」


 原因が分からずにオロオロしながら声をかけると、ハッ! と辺りを見渡して俺を視界に入れるやいなや、怜悧な声で部屋の外を指差した。


「今日はもういいです。帰ってください」


「え、でも、なんで」


「良いから帰ってくださいっ!」


 懇願だった。

 初めて声を張り上げたのを聞いた。原因は予想もつかないが、一先ずは退散するしかなかろうと、手をヒラヒラ振って部屋を出る……間際、涙に濡れたルミナスが何かを呟くのを見た。


 その言葉がわからぬまま、扉はただ役割に従い閉じた。



☆☆☆



「王女として……こんな泣き顔、見られるわけにはいきませんから」



☆☆☆



 飯の時間といっても、まだ二時間ほど余裕がある。

 しかし、することがなく暇である。基本、早寝遅起きがモットーの俺は、ご飯食べて風呂入ったらすぐに寝るのだ。そして時間ギリギリの起床。

 なんて素晴らしい時間配分であるか。俺って天才?


「なんで追い出されたんだろうなぁ……」


 やらかした可能性が非常に高い。

 もしや、やっと発動できた魔法がショボすぎてショックを受けたとか!?

 や、それはさすがに無いとは思うよ。ルミナスだって、魔法の危険性くらい理解してるし。


 こればっかりは個人の感情に起因する可能性が高い故に考えても埒が明かないだろう。

 もう、開き直って王城の探検をするしかない!!!

 案内役も見張りもいないし、城の中は自由に立ち入って良いと許可を受けている。このチャンスをみすみす逃すわけにはいかん!


「さあ、いざ行かん!!!」












 ……………………………………………………………………………………………………………………………迷った。

 

「城、広。無駄に広い」


 あっちふらふら、こっちふらふらと歩き回っていると、最早見覚えのない道しかない状態になっていた。俗に言う詰みの状況である。

 や、別に人に聞けばいいんだけどね?


 だだっ広い廊下を歩く。そこまで使用人が多くないのか、今のところは近くに見あたらない。

 うーむ、と腕を組みつつ思案に耽っていると、キンッ、キンッと剣のかち合う音が耳朶を打った。

 ふと、興味が湧いて音の鳴る方向に吸い寄せられるように向かうと、広い空間に出た。


 装飾も何もない土でできた床に死屍累々と積み重なる鎧姿の騎士たち。

 そこでは、女性の騎士と思われる、金髪赤目の美人が屈強な男たちを一太刀に切り伏せ檄を打っていた。


「貴様ら! 情けないぞ! 『魔剣士』殿が来たからといって、少々気が緩みすぎた!」


「た、団長ぉ。でも、あの方がいるんだから俺たち必要なくないですか……?」


 床に突っ伏す部下の一人が情けない声で苦言を呈した。

 つぶさに女性は怒鳴る。


「莫迦者ッッ! 例え強かろうと客人に戦わせようなど、恥を知れッッ! 貴様には王国騎士団としての誇りがないのか!」


 おー、怖い怖い。

 けど、言ってることは至極当然だし、立派なことだ。

 それにその強さ……よく鍛えられている。

 正直、量産型だった騎士には興味がなかったが……少しだけ気になる。

 もう少し観察してよう。



 恥を知れ! と怒鳴った後、貴様らは気が緩んでいると、木刀を取り出し全員の頭に面打ちをし始めた女性。うっへぇ、スパルタぁ。


「「あ、ありがとうございます!」」


 ドMだった。

 全員笑顔でお礼を言っている。

 うん、これって反乱とか起きないのかなぁ、って思ったけどあり得なかったわ。団結(意味深)良いね!


 すると、部下の一人がニヤケ面のままあることを言い出した。


「この国で一番強い団長なら、例え『魔剣士』と謂えども勝てるんじゃないですか?」


 その言葉に他の騎士たちもそうだ、そうだと囃し立て始めた。

 あー、こりゃまた怒られるんじゃないか? と思ったが、結果は違った。


「そ、そうか? 私なら『魔剣士』殿に勝てるか……?」


 頬を染めて照れていた。

 こいつチョロいな。さっきの勢いドブに捨ててんな。


 さて、この発言は俺のプライドにちょこっとだけ傷がついた。

 うんうん、ちょっとだけちょっかい出そ。


「ほうほう。団長ならやっぱり『魔剣士』にも勝てると」


「そりゃ、そうだぜ! うちの団長だぜ? 強い、強い、美しいの三拍子揃ってる最強のお方なんだからな! そうですよね、団長!」


 二拍子でよくね? それに最後のいる?


「ま、まあ。私も団長の自負があるし?

『魔剣士』殿に勝てる可能性もあるか……も……」


「どうしたんですか?」


 後ろから声をかけると、誰一人として振り返らずに話し、盛り上がる。

 部下の言葉に気をよくしたチョロ騎士。調子に乗り始めた途中で、俺を発見し徐々に顔が青ざめていく。

 面白いな。


「さーて。暇だしちょっとやってみる?」


「おいおい、そういえばお前誰だよ。ここは騎士団以外立入禁止だぜ?」


 騎士の一人が訝しげな目とともに責める。

 すると、顔色が青を超えて白くなった女性騎士が小さな声で言う。


「や、やめろ。その方が『魔剣士』様だ」


「「えぇ!?」」


 瞬間、騎士たちは、パッと俺から距離を取る。酷いな。えんがちょされてるみたい。


「なんかー。俺を倒せるとか聞こえたからさぁー」


「そ、それは言葉の綾というかなんというか……」


 しどろもどろに言い訳するがそれは部下の言葉に憚られた。


「そ、そうだ! 団長ならあんたくらい倒せるに決まってる!」


「「そうだそうだ!」」


「貴様ら……」


 ちなみに女性騎士は、感動してるわけではなくて、怒髪天貫く勢いで激怒してる。せっかく何とかできそうだったのに、と心の声が聞こえてくるまである。


 そんなことも通じない莫迦騎士たちは、ひたすら煽る。


「「団長! 団長! 団長!」」


 プルプルと震える団長(笑)は、一度息を整えると静かに木刀を構えた。


「い、いざ参る!」


 剣を持ってない俺に斬りかかるのはどうなんだ、と言いたいが多分怒りと混乱と恐怖で正常な判断できてねぇな、これ。


 しかし、さすが団長と言うべきか剣速は凄まじい。狙いもバッチリ。速度、攻撃力も申し分ない。


 だけど……ちょっぴり


「『範囲レンジ超過オーバー』」


 刹那、団長は俺の間合いに入った瞬間、見えない壁にぶつかったように、空中でビターン! と張り付けになる。


「な、なんだ! これは!」


「うーむ。あんたの力で破れないってことは……それまでってことだな」


 お互いに真剣は持っていない。相手は正常な判断を失っている。

 だが、隔絶とした実力差があった。越えられないほどの大きな壁が。


 俺は『異能』を解除し、茫然自失で蹲ってる彼女と、騎士たちに厳しい視線を飛ばす。


「実力差も分からない相手に。いや、例え勝てる相手であろうが。

 ────あまり相手を軽んずるな。足元掬われるぞ」


 シンッ……と静まり返る空間。

 言いたいことは言った。最早ここに用はない。

 踵を返し歩き始めると、あの……! と声が響く。


「『魔剣士』様! あなたの名前を教えてください!」


「カタギリ・ヨウメイだ」


「わ、私は第二騎士団団長の、イリア・ハインルージュです! あ、ありがとうございました!」


 腰を折り曲げて礼を口にするのは団長……イリア・ハインルージュ。

 俺の意図を即座に理解したのか。


 ふっと口元が思わず緩む。

 その顔が見られないように後ろ手にヒラヒラ手を振って、



「俺のことは──よっちゃんと呼んでくれ」


 と、言ったのだった。


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