第7話 4日目:コントロール訓練②&……
「ひぇっ」
底冷えする声が白い空間内に響いた。
心なしか寒く……いや、待て本当に寒い。
ルミナスのやつ、無意識に魔法発動してる!? 口語詠唱じゃなくて無詠唱……いや、どうでも良いけど寒いです!
「あれですか。また、説明が足りずに私が勘違いしてるんですね、きっとそうです」
自分に言い聞かせるように呟き、絶対零度の視線が少し緩和する。
だが、
「あー、うん。理由はあるけど、方法は変わらない」
「理由を聞きましょう」
一応理由を聞いてくれるらしい。
「えーと。魔法の理論は、体内の魔力と空気中の魔素を合成して超常現象を引き起こすのは知ってる?」
ルミナスはコクりと頷いた。
……ここら辺の理論って、クソムズイ論文でしか発表されてなかった気がするけど、読んだのか……。
「それで、その割合が空気1、体内2の1:2なんだけど、ルミナスの場合は、1:4になっちゃってるわけ。だから、空気中の魔素を取り込んで2:4にするのが一番良い。
時間が経てば、その2:4の割合に慣れてきたら、徐々に魔力を落としていって、1:2にコントロールすれば完成する」
「……理論はわかりましたが、そこで裸とは一体何が関係しているのですか?」
こればかりは、俺の先生に教えてもらった方法だからなぁ……。胡散臭いけど効果はあったんだよ。
でも、うら若き乙女の肌を晒してまでやるべきかどうか。
もっと、他に方法はないのか、と考えるもそこまで魔法理論に詳しいわけではない俺。
ルミナスの知らない知識は持っていても、知識と知識を組み合わせて新たに理論を立てられるほど頭の出来が良いわけではない。
人々は俺を天才だと化物だの囃し立てるが、そんな大した人間ではない。俺という存在を一言で言い表すならば……『脳筋』。うん、これだな。
自虐じゃないぜ! 事実だから! 受け入れてるから!! ちっとも落ち込んでなんかいないんだからねっ!
「理由なんだけど。曰く、空気中の魔素を取り込むには、全身……つまり裸が摂取効率が良いらしい」
「曰く……? らしい……?」
曖昧な物言いに、ピクッとルミナスの片眉が訝しげに上がる。
「いや、俺も先生に教えてもらった話だから自分で編み出したわけじゃないんだよ! でも、効果は『俺自身』で折り紙付き!」
「……先生もコントロールできなかったのですか?」
裸を棚上げして、とりあえず俺のことが気になったのか、ルミナスが興味を示した。
……むむっ、若かれし(現在二十歳)俺はちょっとだけ黒歴史というか何というか。いや、ただでさえ疑われてるんだ。嘘は言うまい。
「あー、うん。実はだな……」
俺はコントロールすることができたきっかけとなる出来事を思い出すことにした。あの地獄の修行を……
☆☆☆
「さあ、早く工夫しないと死にますよ?」
「嫌ァァァァァ!!!! 死ぬ死ぬ、まじで、死ぬ。工夫しても死ぬってぇぇ!」
人差し指をピンと上げて、俺を見下ろすクソババァこと先生。
現在俺は煮えたぎるマグマの中へと全力落下中であった。
この女、完全に俺を殺す気である。
見た目は愛くるしい十歳程度の幼女。さらりと伸びる緑色の髪に、赤い目。整った見た目はロリコンホイホイであるが、実年齢は俺より遥かに年上である。
正確な年齢は教えてくれないから、俺は心の中でババァと呼んでいる。時に鬼ババァ。
赤い目は情熱の……とかロリコンに口説かれてたことがあったが、俺は血の色だと思う。
そんなことより、何とか『死』ないと……死ぬぅぅぅぅぅ!!!
「熱ぅぅ!!」
かなりの高所からの落下。
赤い赤いマグマが迫り、ジリジリと肌が熱せられていく。熱い、ただひたすら熱い。
「このままじゃ本当に死ぬ……死……」
死が迫る感覚で、俺は頭の中が一瞬真っ白になる……しかし、すぐさま沸騰したようにマグマにも負けない熱く燃えたぎる想いが無意識に体を動かす。
「死に、たくねぇぇ!!!!!!!!!」
カチリとピースがはまったような感覚。俺は取るべき行動を理解していた。
「『
全身が不可視な物体で覆われたのを感じた。瞬間、熱さを感じなくなる。
そのままマグマにドボンと着水(水?)した。焼かれるような熱さを幻視したが、土壇場で発揮した『異能』は期待通りに働いてくれたらしい。お陰で熱さもマグマの感触も感じない。
「ぷはっ。あのババァ……」
興味深い目付きで高みの見物を決めているババァに怨嗟を込めて睨み付けるが、飄々とどこ吹く風である。腹立つ。
「つか、どうやってここから抜け出すんだよ……」
火口などに出口があるわけない。出られる場所は上空のみ。
だが、空を飛ぶ魔法なんて高度すぎて俺には使えないし、『異能』の移動技は広範囲には及ばない。
「おーい、ババ……先生、窮地は脱したんだから助けてくれよ!」
年増……じゃねぇや、耳年増なババァは今の声が聞こえているはずだ。返答や行動がないということは、
「これも『工夫』の一つってことかよ……」
鬼だ。鬼ババァだ。
普通は持っているものを組み合わせて新たな技を作るのが『工夫』だ。
だが、俺が今までやってきたババァの言う工夫とは、真っ白な状態から新たな色を見つけ出すようなものだ。根本的な意味を間違っている気がする。
「『異能』は使えない。すると、魔法というわけだが……。コントロールがなぁ……」
俺の出生が少々特殊であるせいか、生まれ持った魔力が死ぬほど多い。
もし、先生に会わなければ、自分の持つ魔力で暴走して爆発四散するくらいには魔力が多かった。迷惑すぎる。
そのせいで、俺の技量が卓越していないのもあり、コントロールが全くといっていいほどできなかった。
常に俺の魔法は0か100だ。そして、100で使うと、大概半径1キロは吹っ飛ぶ。つまり、近くに街があるためこの手は使えない。
「となると、魔法で切り抜けるのは不可能か……? いや、でも……」
先生は解決困難な条件は付けるが、解決不可能な条件は与えない。
となると、俺が見逃している道筋が存在しているはず。
目下、手持ちの『異能』は、自身の魔力範囲内に瞬間移動(10mが限界)する『範囲把握』。自身の間合い内に不可視の壁を発生させる『範囲超過』。そして、さっき新たに獲得した、恐らく人が持っているパーソナルスペース……対人距離を限界まで縮めることで身を守る『範囲拒絶』。
この3つだ。なんで対人距離なのかは全くの不明だが。まあ、拒絶言ってるし。
「この3つか……。『把握』は連続使用できないから不可……ん? 待てよ? 別に視覚内に瞬間移動するわけじゃねぇじゃん。高速移動ってわけでもないし……。これ使えば脱出できるんじゃ……」
自分の能力を見誤っていた。
勝手に不可能と思い込んでいた。やはり、これが『工夫』か。
俺は火口の壁際に移動し、手を当てる。予測通り壁は薄そうで、これなら外に通じている!
「『
シュンッと視界が切り替わり、眼下に広がった緑色の景色。
森が見える! 出られたんだ!!
ん? あれ?
喜んだのも束の間。下を見ると、地面が存在していなかった。
「そりゃそうだよね。山だもの。……うぎゃぁぁぁぁぁ!!!!!!」
考えなしとは俺のことか。
山の峰から横方向に移動したら落下するわな。
高所からの落下で助かったのはマグマがあったからだ。一応、一応液体だからな。衝撃は緩和できたし、それくらいは『異能』でカバーできた。
でも、さすがにもう無理。普通の落下はどうにもならん。
「あぁ、川向こうで親父が手を振っている……まだ生きてるけどっ!」
もうダメかと目を閉じる。
……しかし、いつまでたっても衝撃は訪れなかった。
「ふぅ、まったく。君は馬鹿という言葉を体現したような人ですね。脳無しくん?」
「先生……」
俺は地面すれすれでプカプカと浮いていた。十中八九、先生の魔法によるものだ。その先生は俺の近くでその身一つで浮いている。ニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべながら。
言葉は苛ついたが、助けられたのは事実。窮地に陥れた張本人であることを一瞬忘れて、お礼を言おうとした。
「先生、ありが……」
「まったく。君が猿並みの知能であるせいで、私が価千金にあたる魔力を消費することになったんですよ? そもそも、移動術は控えなさいと言ったばかりでしょう? 馬鹿の一つ覚えみたいに同じ『異能』ばかり使って……あ、すみません。あなた、馬鹿でしたね。馬鹿に馬鹿と言っても効果はありませんか。ぷーくすくす」
「クソババァ! 殺す!」
この……この、このババァァァァァァ!!!!
感謝の気持ちなど一瞬で吹き飛んだ。代わりに満たした感情は『怒り』。強烈な怒りに支配され、俺はババァに掴みかかろうとしたが、魔法で浮いてる状況なのでジタバタ体を動かすだけの滑稽な姿を見せることしかできない。
その人を煽って楽しむ姿を見て、俺は巷に流れるババァの評判を思い出した。
『メスガキ』
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