第12話 ちょうちょ結び

バイトもパパ活も辞めてしまったので、ちょくちょく図書館に来てるけどなかなか佐藤さんに会える機会がなかった。自分で本を探すのもいいけど久しぶりに佐藤さんに紹介してもらう本が読みたかった。佐藤さんに会ったあといつも思う「佐藤さんの心はきっと澄んでいるんだ。」だからすごく小さな風でも心の泉が敏感に反応してるのかなとも思う。私が辛そうな時は声をかけてくれる。そして時々閉館後に食事に誘ってくれる。ただそれだけ。いつも中華料理やで「たくさん食べて」と言ってくれる。少し本の話しもする。それで二人で駅まで行って手を振って電車に乗る。とてもシンプルな関係だ。そして図書館にいると時だけでなく外でも静かな時間を持っている人だ。

久しぶりに佐藤さんがカウンターにいた。

「こんにちは。」声をかけた。

「チェルさん.久しぶりです。ちょっとお話しがあるからロビーのソファで待ってて。」

「わかりました。」佐藤さんの話しってなんだろう。

 ロビーの椅子に座りながら遠くを見つめる。図書館の全部が好きだ。生きている中で

一番好きな場所かもしれない。書架の本に吸い込まれてしまいそうな誰も借りることのない百科事典がある場所。一生懸命勉強している人がいるテーブル、お母さんと子どもがいる絵本のコーナー。どこにいても落ち着く。そこにいる佐藤さんも大好きだ。

「お待たせ。」ロビーの椅子に少し早足で向かってきた。

「お話しってなんですが。」 私の向いにある椅子に腰掛けて

「実は来週で図書館を辞めることにしたんだ。だから会えるのは今日が最後だと思って、お別れの挨拶だよ。」

「なんで急に辞めるんですか。」

「急じゃないんだ。実はここ2年くらい実家の母の調子が悪くて介護をしていたんだ。認知症も進んで今は福祉施設に入っているんだ。そこの福祉施設が手が足りなくて,そこで働くことにしたんだ。」

「佐藤さんって,福祉の免許持ってるんですか。」

「去年免許を取ったんだ。母の介護を始めて勉強をした。まさか福祉の仕事をするつもりなかったんだけど、実習とか母の入所している所で手伝いをしてみると、人の役に立っていることが実感できて嬉しかった。自分でもこんなに人間のことが好きだとは今まで思いもよらなかった。」

「お母さんのことが大好きなんですね。」

「大好きっていうか、最後の恩返しをしたいと思ってる。母はシングルマザーで僕を育ててくれた。母が子どもの時から本を読み聞かせくれたおかげで本が好きになった。だいぶ無理をして大学にも行かせてくれた。人生の最後を母のために時間を使いたいと思ってる。」

 私は始めて、他人の人生について話しを聞いた気がした。自分の知らないところでみんな苦労をしてるんだ。当たり前ことだけど苦労しているの自分だけじゃないと思った。ずっと仲良しでいたつもりなのに,佐藤さんのことを何も知らなかった。というよりも自分のことばかりを話しをしていたことに気がついた。あまりの自己中に情けなくなった。

「佐藤さんは優しいからお母さんも幸せだと思うな。」

「褒めてくれてありがとう。もう会えないけど君にたくさんの本を紹介できたことを嬉しく思ってる。図書館の仕事をしていて良かったと思う。」

「私も佐藤さんに会わなければこんなに本が好きにならなかったと思う。素敵な本をいっぱい紹介してくれありがとうございました。」ちょっと涙が出そうになる。

「一つだけ佐藤さんとの思い出を話していいですか。」

「今話さなくてはいけない思い出なんかあるの?」

「「私が一番最初に図書館に来たときに靴のひもを踏んづけて転んだがことがあったの。その時に最初に助けにきてくれたのが佐藤さん。起こしてくれて、スカートの埃をはたいてくてこの椅子に座らせてくれた。」

「そんなことがあたんだね。もう10年以上前かなぁ」

「小学校の2年生のときだから、もう13年前かもしれない.その時にほどけた左側の靴紐をちょうちょ結びでしっかり結んでくれた。私は右足のひもを自分で結び直そうとしたけど、ちょうちょ結びが上手く出来なかった。佐藤さんは上手く出来るまでやり方を教えてくれた。きっとこれからも靴紐を結ぶ度に佐藤さんを思い出せる。幸せな思い出。」

「人の縁って不思議なものだね。人は一人じゃ生きられない。いつも誰かに影響を与えたり与えられたり。それも良いものか悪いものか自分では分からない。でも誰かと関わっていたいと思うのが人間なのかもしれない。」

「また私にも素敵な出会いがあるといいなと思う。佐藤さんと出会ったみたいにね。」

「ありがとう。きっと図書館で勤めたいたことを思い出したときには必ずチェルさんのことを思い出すと思う。」

「最後に一つだけお願いしていいですか。」

「何?」

「今一番私にお薦めの本を教えてください。」

いつもは何でもすぐに答えてくれるのに少し黙ってしまった。

「本当はもう自分で好きな本を見つけて欲しいな。自分が読みたい本は自分が分かってるような気がする。答えになってなくて申し訳ない。」続けるように

「僕も最後に一つだけ君に・・・。

君はさなぎから蝶(ちょう)になる日が近づいているんだと思う。チェルがチェルでなくなる日が。きっと素敵な人になれる日が来るんだと思う。」

「ありがとう。」こらえていた涙が溢れてきた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る