第11話 決意

あの日から何度もパパからの連絡があった。

「チェル、この間は辛い思いをさせて悪かった。もうあんな目に遭わせないからもう一度会おう。」

「君の嫌がることはもうしない。今度からは5万円を払うことにするよ。」

「連絡だけでもして欲しい。」

「もし怒ってるなら君に会って謝るつもりだ。」


 別にどうでも構わなかった。会って話すこともないし、お金はもういい。

あと半年すれば看護師として働き寮に入るんだから。それに妹も退学をしてめったに家には帰ってこないから心配もしなくていい。

スマホを変えようか、断りのメッセージを入れようかずっと考えていたけど、やっぱり会うことにした。けじめをつけたかった。自分が決めたことを自分の言葉で伝えようと思う。

 

 何度も来たことがある高級焼き肉店。始めてお酒を飲んだのもこの店、その後初めてホテルに行った。ずっと昔のこととのように思える。パパは色々話しかけてくるが,別に答えることもなく

「医者になるのは難しいですすか?」と私はパパに聞いた。パパは医者で金持ちだ。でも患者の気持ちはきっと分からない人なのだと思う。

「今は昔と違って医学部に入るのが難しいからよっぽど勉強をしないと入れないかもしれないな。チェルは医学部に入りたいの?」

「近頃はずっとそのことを考えています。まずは看護師になって時間の余裕ができたら、もっと勉強して子どもに寄り添える小児科医になりたいと思ってます。自分で初めてやりたいことが見つかりました。絶対に無理かもしれないけど、なんか前に進めるかも。自分の気持ちを大切に、できるところまでやってみようと思っています。」

「チェルにしては珍しい。自分のことを言うのは。」

「だから勉強したいから、これからはもう会えないと思います。」

「それくらいの覚悟がないとダメかもな。」

「それと今日はホテルには行きません。」

「契約違反だよ。お金も渡せない。夕食代も出してもらうよ。」明らかにこれまでの言い方とは違い語気が強くなった。


チェルは男の目をしっかり見つめ、それと同じくらいしっかりと

「今までありがとうございました。」と言った。

そしてしわくちゃになった3万円を出してテーブルに置いた。あの日泣きながらベッドの上で握りしめたお金だ。最後にチェルは男に向かって

「それと肉ばっかり食べない方がいいですよ。だらしない中年のお腹になってます。」

ただニュースキャスターのように事実を淡々と伝えたように聞こえた。そこに感情は表れていなかった。

「さようなら。」

席を立ち店を出るチェルは、呼び止めてもきっと戻ってこないと思えるくらい凜とした力強さがあった。

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