第8話 夜明け前
家までどうやって帰ったのか覚えていない。誰もいない家の鍵を開け、ベットに倒れ込んだ。思い出が消えればいいと思った。そうすれば自分も消えられる。天井見上げて、もうこれ以上こぼれてこないと思うほど涙を流した。
何時間寝たのか、起きていたのか、よく分からない。すっと泥沼を歩いている夢を見ていた。歩いても歩いても前に進まない。沼から出ようと思っているのに、何故か深い方に行ってしまう。それなのに前に進む。「違うの。行きたいの沼の岸の方。」
目が覚めるとまた泣いた。生まれて初めて死のうと思った。死ぬのは簡単だ。家のベランダから飛び降りればいいだけ。全部忘れられる。そう思っているのは夢の中の自分なのか本当の自分なのかさえよく分からない。
ふと夢から覚めたとき、夢遊病者のような力のない足で立ち上がり部屋を出た。時計を見ると4時30分だった。きっと30時間くらいたっていたと思う。このまま真っ直ぐベランダに行けば死ぬんだろうなと思った。歩き出したらふらふらとして冷蔵庫にぶつかった。その時喉が渇いていることに気がついた。冷蔵庫から飲みかけのウーロン茶を飲んだ。そしてまた力なく冷蔵庫の前にぺたんと座った。
ベランダ越しのカーテンの隙間からは朝の光と鳥のさえずりが小さく聞こえてきた。鳥の声を聞いて不思議に「まだ私は生きてるんだ」と思った。母が父と離婚をしたのを見て、小学校の3年生の時、自分は一人で生きていくと決めた。
父が私にしてくれたことはギターのFのコードを教えてくれたことだけ。でも私が何度やっても上手くできなかったら、もう話しかけてこなくなった。大人なんてとても勝手だ。
一人で生きたいから、だから嫌なこともたくさんしてきた。人よりも何倍も一人で生きたいと思ってた。だれもパパ活なんかしたくない。キャバなんかで働きたくない。でも生きたいんだ。自分の足でしっかりと立って、自分の足で歩いて行きたいんだ。
ウーロン茶を飲んだからか「お腹がグッって鳴った。」
こんなに死んでも構わないと思っているのに自分の体がまだ生きようと思っているのはとても不思議な気がした。自分の体はこれまでずっと一人で生きたいと思ってた私のことを覚えていてくれた。心よりも体は強かった。私の体はきっと平凡に生きたがってるんだと思う。今はそれを受け入れればいんだと思った。朝鳥が鳴くように、朝日が昇るように、今は体が生きたいように生きればいいと思った。 心はまだ痛んでるけど体はまだ大丈夫みたい。きっと心も生きたいと思える日がまた来るかもと思ったら、死ぬのはもう少し後でもいいと思った。
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