第2話普通の生活

やめたいと思う。こんな生活、こんな家族、こんな人間。それでも帰る家があるだけありがたいといつも思う。


 ドアを開けるとどうするとこなに黒いシミがつくんだろうと思うほどのキッチンの壁、昨日の残り物の食べ物の匂い。いつものことだ。白い壁、お帰りの声、暖かい夕食、もっと素敵な家の子どもに産まれたかった。これもいつも思うことだ。

玄関を過ぎればすぐにダイニングキッチン、簡単に言うと台所にテーブルがあって奥に小さなソファ、そこに妹の小さなベッドがある。テーブルの上には妹が食べ残したカップラーメンのスープ。匂いをかいだだけできもちが悪くなる。

「ねぇ、香!ちゃんと食べたものは片付けてよね。」

「お姉ちゃんお願い。」

 仕方なしに片付けるのはいつもの日課だ。食べたものを片付けないでダラダラできるのが不思議だ。

 今日はコンビニで買った野菜ジュースと卵のサンドイッチが今日の夕飯。結構豪勢な方だ。今日は2万円をもらったけど,今度いつ入ってくるのかもわからないから無駄使いはできない。

「お姉ちゃんお帰り。今日は早いじゃん。」

「コロナでメイドカフェに来る、オタクさんたちも少なくなって今日も10時で閉店だったんだ。」さすがにパパ活は言わないで嘘をついた。

「お姉ちゃんのメイドカフェ紹介してよ。居酒屋もバイトは入れないし、パパ活もお客いなくちゃっちゃたし。」

「メイドカフェもおんなじ。シフトも半分。コロナでメチャクチャ。」

「お姉ちゃんのメイドカフェの関係のお店でランジェリーパブがあるっていってたじゃん。そこ紹介してよ、ダメ?」

「高校生は無理!それに体持たないよ。知らない男におっぱい揉まれてシャブられて、うちは無理」

「うちはそれくらいなら大丈夫。お金のためだもん。お金貯めて早く一人暮らししたい。」

「それよりちゃんと勉強しなよ。学校結構休んでいるみたいだし高校卒業して将来のこと考えとかないと,高校なんてあっという間だよ。」

「お姉ちゃんはいいよね。お父さんに似て顔はかわいいし、お母さんに似て頭もいいし、公立の看護大学行って将来も安心だね。」確かに私たちを捨てていったお父さんは顔はかっこよかった。ちょっと色白の長髪のバンドマン。私はお父さんに似たのか色が白くて、二重の奥の瞳も茶色。ハーフってよく言われる。でもそれだけ、かっこ悪いお父さんでもちゃんと働いて、私たちに優しく接して欲しかった。

 でも妹は私にはあまり似ていないなと思いながら、

「私宿題やるんだから、お風呂入ったらちゃんと片付けておきなさいよ。」

「はーい」気のない返事をして奥のベッドでスマホをいじりだした。

 私は高校1年までは妹と同じ部屋だったが、私が勉強を始めてから妹は共同の部屋から出て行った。きっかけは,妹の態度だ。勉強しているのに、ゲームの音はうるさいわ、音楽は聴くわ。挙げ句の果てに友達連れてくるわで、さすがに切れた。その後妹は、わざとスマホで友人と話しをするようになった。

「お姉ちゃんが友達連れてきてきれたから。こっちの身にもなってよ。最低・」

「どっちの身だよ。こっちは受験で大変なんだ。こっちの身になれよ。」

妹のスマホを取り上げて窓に向かって投げた。カーテンに当たって割れなかったけど。妹は私のスマホも取り上げて壁に向かって投げた.私のスマホは見事に割れた。それ以来妹は部屋を出ていった。私のスマホの画面は割れたままだ。

 妹は部屋のものを持ち出してリビングの一番窓際に一番の窓際に基地のように自分の部屋を作り出した。

自分の部屋は玄関を入ってすぐ右。日の当たらない北向きの部屋で4畳半。スチールのベッドに小さな机。隣から外国語と外国の音楽が大きな音で流れてくる。いつものことだ。大きな音でもうるさくても,イヤホンを付けずに勉強もできる。

こんな狭くて汚い家でも、そんなに嫌いじゃない。こうして居場所があるだけで十分だ。大して働かないでギターばっかり弾いていた父、気が強くて自分は頭がいいと思っているのか怒ってばかりの母。父は出て行くに当たり前だ。どちらも最低な親だと思う。母は自分のことには興味はあるが子どもにはまったく興味がない。ちょっと英語ができるからって、雑貨輸入の会社を誰かと一緒に経営しているらしいけど、経営が上手くいってるのか分からないし、ほとんど会社に寝泊まりしていて家にも帰ってこない。

 鞄の中のスマホが光り出した。ベッドに転がりながら鞄の中から画面の割れたスマホには彼氏からだ。どうせ明日合うし,返事が面倒くさいからまた後でいい。

それより課題が出てるから勉強もしなきゃいけない。でもパパ活のあとは心はかなり痛んでることが自分でもわかる。当たり前でないことをやってるんだから、心が痛むのも当たり前だ。

鞄の中から本を出してそっとめくる。小川洋子の文庫本を胸に置き記憶がなくなることの夢を見てみたいと思った。

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