金吐き少女(仮題)

ネガメ(池田ホーリー)

金吐き少女と目隠し少女

 ブゥン……町並みこそは見えないが、車は数え切れないほど通り過ぎただろう。そろそろ、都会に着いてくれてもいいのだが、まだトラックは止まらない。緑色の幌の中で私はぼんやりと今までの事を思い出していた。もう、帰れないことを知っていながら。いや、帰る気など更々ない。


「おい、妖怪」


 生臭坊主はよく私をそう馬鹿にしていた。住まわせてくれるのはありがたかった。でも、私の白髪や碧眼をなじるのは大の嫌いだった。いつもそうやって私をいじめていた。信じろないほど外道だ。それでも、私は生臭坊主に縋るしかない。

 私は、生まれつき金を吐く体質があった。金を吐くということは周りの色んな人に賞賛され、金目当てで吐くことを強制されていた。何故金を吐く体質があるのかなんて、自分でも分からなかった。

 でも、そんな日々は終わった。


 私はある日、寺から飛び出した。生臭坊主は長年の酒が祟り、倒れたようだ。今がチャンスだと言わんばかりに、韋駄天の走りを見せた。途中途中吐き気が襲ったが必死に飲み下した。酸っぱさと苦さでむしろ吐き気が増す。

 里へ降りていけばトラックがある。市場へ行くトラックなのだろう。市場に行くなら、都会へ行くはずだ。私は直感的に理解した。トラックの幌に潜り込んだ私は、野菜と一緒に都会へ行くことにした。


 こうして今に至るわけだ。なんと嫌な因縁だ。過去が絡みついて気持ち悪い。二度と村には帰りたくない。というか帰るとしてもバスも鉄道もあまり走らない辺鄙な土地なのだが。


 バンッ──さぁ、車が止まった。車の主人に見つからないうちに降りて都会を味わおうじゃないか。私は急いで車から離れるために走った。これまた韋駄天の走りだったかもしれない。韋駄天でなくともそれなりの時速は出ていただろう。


 たどり着いた。そう、都会だ。見たことのない建物がぐんぐん生えている。確か、あれはビルだったか。ビルにはモニターがついていて、延々とテレビで見るような映像を流している。そして人はそれに見向きもせず歩き続けている。

 私はあまり目立ちたくないので道の端をそっと歩き続けた。この白髪じゃ目立ってしまう。いくら都会とはいえ、この髪色はあまり居ない。私はどこからともなく向けられている視線に吐き気を催しながらも耐えて歩いた。

 私は吐き気に耐えかねて路地裏に入ろうとしたが、誰かに手を掴まれた。艶のある、いわゆる烏の濡れ羽色というやつで、目を隠している少女だ。

 私は少女の肌のキメ細かさに目を引かれた。少女の目こそ見えないが、じっと見つめられているような感じがして、あまり動けなくなる。吐き気も、瞬間的に止まっていた。


「あの、辛そうですが大丈夫ですか……?」


 私は少女の甘酸っぱい、まだ熟れかけの果物のような声が耳に残った。少女の心配そうな声を聞いて私は「大丈夫」としか言えなかった。


「う、嘘はいけないですよ。辛いなら背中さすりましょうか」


 少女はオドオドしている。どうにも落ち着かない様子で、スカートの裾を掴み、口元を抑えている。可愛いと形容すべきか。そんな単純な言葉には収まらないだろう。ミルクティみたいな甘さと苦さが混じったような見た目だ。大人しいと見た目からは取れるが、行動はまだ子供だ。


「ありがと……う。ウァ……ッ」


 私は気が緩んでしまい、吐いてしまった。サラサラとした金や金のつぶてが混じった物だ。少女は引いてしまうだろうか。少女はさも当たり前のように、ハンカチで地面を拭いた。そして口元を緩ませると私に言った。


「ちょっと、周りに見られないところに行きましょうか」


 私は困ってしまったが、頷いて、少女と一緒に人通りの少ない道を通り、コインランドリーへ入った。ベンチに座ると、少女は首を左右に揺らしながらまた、口角を緩ませている。


「私、東入夏って言います。貴女みたいな人を前に見た事があるのでお手伝いしたくて」

「私は久島寧。ありがとう。気持ちだけ頂くよ」


 少女、入夏は寂しげに口角を落とし俯いた。私は何を言うべきか戸惑い、またも硬直してしまった。入夏は私をじっと見つめている。

 ジメジメとした、コンクリートのままのコインランドリーはただ無音で、気まずさだけがこの立方体を満たす。私はついに耐えきれず、言いかけて止まった。何を言うべきか分からなかった。

 入夏は寂しげな口角のまま、私の隣に座った。


「あの、一緒に逃げませんか。私、家出してるんです。恥ずかしながら」


 入夏は私の冷えた手をそっと握った。入夏の手は、滑らかな触り心地も温かさも、全てがミルクティだった。

 私は逃げるという言葉に胸が高鳴った。もしかしたら私も村の人に捕まるかもしれない。なら、一緒に逃げよう。私は頷いた。


「電車賃はあるんです。だから、電車に乗って遠くまで逃げましょう」


 私たちはコインランドリーを出ると駅へ向かった。人通りの少ない街並みはゴミが時折落ちていて、治安の悪さが伺えた。

 駅まで歩いているところに、ある女性が話しかけてきた。サングラスをつけていて怪しい。ブロンドの長髪とスカーフをなびかせ、いかにも外国人みたいな風貌だが、声音は日本人だった。


「やぁ、君たち。これから先の道、異能蒐集家に気をつけたまえよ。私は異能保護院の院長、友田夢咲だ。なんなら、君たちを保護してもいいんだが、時間はあるかね」


 私は思わず、「警察呼ぶぞ」と言ってしまった。すると夢咲は困ったように頭を掻き、一声、声にもならないような呻きを漏らして悩んでしまう。

 入夏は私に小さな声で「好都合ですよ」と囁いた。言われてみればそうだ。これは逃げるに良い機会かもしれない。私は夢咲に向き直り、口を開いた。


「前言撤回。ちょうど逃げるところだったので、ついて行ってもいい」


 すると、夢咲は効果音とエフェクトがつきそうな程に表情を明るくする。サングラスから透ける視線が眩しい。一つ、咳をわざとらしくすると冷静な風貌へと戻った。


「いいのかい。なら話は早い。車で話をしながら、異能保護院に行こうじゃないか」


 夢咲は意気揚々と路肩に止めてあった黒い車へ向かい、扉を勢いよく開けた。私達も車に入っていった。

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