第6話 あれ?あれれ?おかしいなぁ
新しい生活が始まって、一週間が過ぎた。
私は以前より、会社に行くのが楽しくなっていた。
あの日から、私の世界は変わった。
目の前にあるもの、全てがキラキラと輝いている。
会社に行けば、いつもみんなが冷やかしてくる。
私たちの新婚生活を、興味津々に聞いてくる。
うん、そうなんだ。
結婚式の時、私が感じてたこと。
みんなが私を気にしてくれる。
私の言葉に、みんなが反応してくれる。
あっくんだってそう。
ちょっと冴えない人かな、そんな風に思ってたけどとんでもない!
式の時、みんながあっくんを見ていた。
あっくんの一挙手一投足に反応して、笑ってくれた。泣いてくれた。
これって私たちが、それだけみんなから認められてるってことじゃない?
私も知らなかった。
こんなに私たち、みんなから見られてたんだ。
私たちは、この世界の中心に立ってたんだ。
気付かなかったな、ほんと。
ああ、私たちってば、本当に幸せだ。
……そう思っていた時期が、私にもありました。
一週間もすれば、みんなの熱い視線もすっかり冷めてしまったようです。
初日に感じた、みんなが私に注いでいた視線。
それももう、今はなくなってます。
結婚式の話をしてくる人なんて、もう一人もいません。
旅行のことだって、三日も経てば誰も聞いてこなくなりました。
なんだろうな、この感覚。
主役から一気に端役に戻った気分。
おかしいなぁ。
私ってば、主役に抜擢されたんじゃなかったの?
日が経つにつれ、私の立ち位置は元の場所へと戻っていった。
話題の中心になることも少なくなっていった。
それどころか、隣の部署の子が婚約したっていう、私にとってどうでもいい話題に飲み込まれてしまっていた。
あれ?
私、何か勘違いしてました?
結婚したら世界が変わる、そんな風に思ってた私って、ひょっとして痛かった?
それってただの幻想だった?
日に日に溜まっていくストレス。
もう誰も私を見ていない。
こんな時は飲みに行って発散してたんだけど、新婚の邪魔はしないよと、みんなが私を誘ってくれなくなっていた。
確かに私は、早く帰ってご飯を作らなくちゃいけない。
家事は分担にしてるけど、あっくんは料理、苦手だから。
そしてそのストレスに追い打ちをかけるように。
あっくんの帰りが遅くなっていった。
あっくんの部署でトラブル発生。
おかげでみんな、毎日深夜まで残業している。
それでも追っつかなくて、土曜も休日出勤になってしまった。
そこで私のスイッチが入った。
「なんでよ!土曜はショッピングに行くって約束してたじゃない!」
終電で帰ってきたあっくんに、私は無慈悲な言葉を投げてしまった。
こんなこと言いたくなかった。
本当なら「遅くまでお疲れ様。ご飯、温め直しておくから、その間にお風呂でゆっくりして」そう言いたかった。
でも言えなかった。
なぜだろう、涙が溢れてきた。
「ごめん、ごめんね……でも
「そんなことは分かってるよ!でも、それでもなんだってば!私たち、まだ結婚したばっかなんだよ?なんでこんなすれ違った生活になってるのよ!」
「いや、だから……ほんとごめん!今回だけは許して」
「許さない!何よあっくん、プロポーズの時、私のことを一番に考えるって言ってくれたじゃない!私、本当に嬉しかったんだよ?あの言葉を信じたから私、あっくんのプロポーズを受けたんだよ?式の時だって、みんなの前で誓ってくれたじゃない!私のことを誰よりも愛しますって、守っていきますって!でもあっくん、全然守ってくれてないじゃない!一番に考えてくれてないじゃない!」
「考えてる、考えてるって。でもね、美玖。仕事である以上、僕一人が我儘を言う訳にはいかないんだよ。それぐらい分かるだろ?」
「私たち新婚なんだよ?どうしてみんな分かってくれないの?ちょっとぐらい遠慮してもいいじゃない!」
「これでもみんな、僕に気を使ってくれてるんだよ。チームの半分は、今日だって会社に泊まってるんだ。僕も泊まりますって言ったんだけど、みんなが『お前は帰れ、奥さんが待ってるだろ』って言ってくれたんだ」
「何よそれ!みんなが言わなかったら、あっくんも泊まってたってこと?私を一人にするつもりだったの?」
「美玖……ちょっと落ち着いて聞いて欲しい。確かに今、僕は美玖に寂しい思いをさせてる。帰ってもご飯食べたらすぐ寝てるし、会話らしい会話も出来てない。申し訳ないと思ってる。
でもね、美玖。僕が仕事に頑張ってるのは、美玖の為でもあるんだ。もし僕が、今の状態でも早く帰ったら、みんなはきっとこう思う。『津川は結婚して仕事をしなくなった』って。それはね、美玖の評価が下がることでもあるんだ。
でも僕が今、率先してトラブル解決の為に頑張ったら、それが僕じゃなく美玖の評価になるんだ。津川はいい人を妻にした、あいつは結婚してますます頑張るようになったって」
あっくんの言ってること。全部正論だと思った。
分かってるわよ、それぐらい。
結婚してから仕事をしなくなった。そんな人の話、私もよく耳にしてた。
それを聞いていつも、ああ、あの人は駄目な人と結婚しちゃったんだなって思ってた。
私はあんな嫁にはならないぞ、あっくんを男にしてやるんだ、そう思ってた。
そうなんだけど。
いつの間にか隅に追いやられた、私という存在。
正確に言えば、元のポジション。
だからダメージがないはずなんだ。
でも。
私はあの一瞬、間違いなく世界の中心にいたんだ。
あっくんも。
だから辛いんだ。寂しいんだ。
それをあっくんに分かってもらいたくて。
せめて家の中だけでもいい。
私だけを見て、私のことだけ考えて。
私を甘やかしてほしかった。
だから私は止まれなかった。
「もういい!私、家に戻る!」
そう言って私は家を飛び出した。
疲れ切ったあっくんを残して。
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