青い記憶は想い出の中でのみ語られる
「青春」という言葉を口にして語るのもこそばゆい話ではあるが、これから歩むくすんだ人生を思えば、彩り豊かな過去を振り返るのもまた一興と言えるだろう。
想い出として蘇る青春は、謳歌している時はそれが「青春」であるとは認識しない。
過去の自分やそれを取り巻く環境を思い起こしたとき、ほんのりと暖かく、また他愛ない日常こそが「青春」となり得るのだ。
人によって青春の形はそれぞれだろう。
仲間と共に過ごした放課
一心に打ち込んだ部活動
学園祭当日や準備期間
皆違った形を持つ青春は、どれも他者のものとは比較も優劣も付けられない。
否、付けていいはずがない。
私にもそんな青春はあったのだ。
〇
学園祭が近付くと、部活動に所属する人もなかなか部室へ顔を出さなくなる日が増えていく。
それぞれのクラスで準備するものがあるため、ある程度のすっぽかしはご愛嬌だ。
私は高校三年間、学園祭で模擬店の頭を務め続けた。
一年時は不慣れなことも多く、大成功と言う程に務め上げられた記憶はない。
それは年数を重ねて磨きを増し、三年時は大きな売り上げを残すことが出来たので、まあ成功と言っていいのではないだろうか。
模擬店の準備というのは、例えば出店する際の宣伝文句だったり広告だったり、そういったマーケティング戦略を黙々と練ることが最序盤の行動である。
ある程度の基盤が出来たら、今度は模擬店の外側のレイアウトに取り掛かる。
ここは「学生の出し物だし、ある程度の見栄えの悪さはカワイイものよね」と思ってくれるであろう外部の人間の心境を予想し、自分たちで出来る限りの最高を追求しつつ、無理なものは無理!と割り切る。こうして大体の店構えも出来てくる。
店構えの製作と並行して「商品の試食と品定め」も行われる。
これは放課後に担任の車へ乗り込んで業務用の店へ買い出しに行くことになるため、自然と人が集まる。
模擬店筆頭、取締りを選任していた私と数人の模擬店メンバーで業務用の店へ出向き、「これはこっちの方がいい」や「こっちの方が見栄えもする」といった小さな論争を巻き起こし、結局は担任の「これが一番安い」の一言ですべてが決まる。
そうして学校へ戻り、家庭科室で調理実習を行うのだ。
学園祭の準備とは、ある種非常に長い前夜祭のようなものなので、教師の縛りも若干緩くなる。
それを見越した他の学祭準備班も家庭科室へ雁首を揃えてやってくる。
試食と呼ぶには明らかに量の多いそれらを全員でかっ食らい、ものがなくなると全員散り散りになって帰ってゆく。
そうして去って行った連中を尻目にちまちまと片付けを行う模擬店チームと担任とで、最終調整が行われる。
読んで頂いていると大方予想はついていそうではあるが、実は模擬店は店構えさえ出来てしまえばやる事は少ない。
提供する品の試食をしたり、価格設定を考えたりと、他の班と比べても明らかに楽で重労働でも何でもないから、私にとってはとてもいい仕事である。
そして何より楽しいのは、「他の班へちょっかいを出す」ことにある。
〇
模擬店班とは別に、また二つの班がある。
そのいずれも労力を要するものなので、だいたい手空きの人間は二班の手伝いに回る。私もまた、手伝いに回っていた―――なんてことはない。
元来、サボり癖のある性格なので、模擬店の仕事が終わって部活へ行くのは非常に面倒くさかった。
なので他の班であくせく働く友人のところへ顔を出しに行くのが準備期間中の日課となった。
半紙に絵の具を塗りこむ友人の隣で漫画を読んだり、組み立てをしている友人の隣でゲームをやったり、とにかく他人の迷惑になるような事しかしていなかったような気がする。
今にして思えば本当に申し訳ないが、なんだかんだ言って仕事を投げ出していた人間もいたのでそれを考えれば、まぁ、いいか。
〇
全ての班の準備が一通り終わったある日、夕暮れの十七時頃である。
友人たちと不意に「腹減ったな」と意見が一致した。
高校の裏手側を通る大きな道沿いに、とあるお好み焼き屋があった。
家々の立ち並ぶ中、奥まったところで店を構えているものだからなかなか気付きにくいが、私の通っていた高校の生徒の大半はこの店の存在を知っているはずである。
学生の身分であるから、そう頻繁に行けるわけではない。
この時に食べたお好み焼きの味は、多分一生忘れない。
秋口だというのに額から汗を流し、鉄板の上でじゅうじゅうと音を立てるお好み焼きに喉を鳴らす。
全員仲良くソフトドリンクを片手に、各々が育てたお好み焼きをじっと見つめた。
他愛ない会話
明後日の方向へ発射したマヨネーズ
じんわりとソースの匂いを漂わせたワイシャツを着て、それぞれの帰り道へ向かう。
こんな何気ない夕暮れの一日が、こうしてかけがえのない思い出として蘇る。
青春とは、まさしくこういうものだろう。
〇
今夏に帰省した時、この店は無くなっていた。
この情勢下だと学生たちの夕食の場としては提供できなかったのだろう。少し寂しい気持ちが湧いた。
今を送る学生たちには、どんな青春があるのだろう。
私たちが経験してきたような青春はきっと経験できていないのかもしれないが、それでも、彼らには彼らの青春があるのだと信じたい。
一生の中で、ほんの数年間
その僅かな期間で訪れる、ほんのささやかな思い出
どうか、どうか今を生きる学生たちにも、あることを願っている。
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