第7話 三度目は正直に

 部屋の明かりを消し、布団をかぶる。

 スマホに登録なんてしてない人だけど、知っている名前。

 まるで空想の世界の人物から、直接メッセージか届いたかのような感覚。

 夢の世界の中でも、彼女は僕の事をよく知っていた。

 どこまで繋がっているのかはわからないけれど、とにかく『筒抜け』という感じ。

 とにかく怖くなった。

 僕のアドレス、電話番号。知ろうと思えば簡単に手に入れられる情報なのかもしれない。好井杏里すくいあんりさんの事も当然のように知っていた。僕の名前も。

 夢に近い創造世界という不可思議な場所。

 たった二回、迷い込んだ世界。

 僕の心が、逃げ場所を求めて作り上げた世界。


 今は違う。逃げ道をふさがれた。

 早く来い、と催促してきた。

 いつまでも、先延ばしにするな。

 向き合え、逃げるな。

 あの、冷徹そうな顔で、そう告げている気がする。


                 *


 その日一日、とても充実し、素敵な出会いも楽しい時間もいっぱいだったのに、望まぬ相手からの、飾り気もクソもないメッセージ一つで台無しにされた。

 スマホが鳴った。暗闇に画面が明るく光る。

 深夜の一時を過ぎていた。体は疲れ切っているのに寝付けない。

 『エクスペリエンス』を飲んでいなくても、目を閉じたらまたあの創造世界に引き込まれるんじゃないか、と考えると、これもまた不安を誘い、陽太の眠りを妨げる。


『ありがとう。今日は本当に楽しかった』


 吉奈よしなさんからだった。『また今度、いつでも誘ってね。今度はゲームの腕前も披露しちゃおうかな』。陽太が、ゲームを一緒にやりたがっていた事は、彼女にも見抜かれていたようだ。適度な長さのメッセージ。絵文字もふんだんに使われている。

 重すぎず軽すぎず。さすがは女の子、その辺のバランス感覚は鍛え抜かれている。

 普段は、一時くらいまで起きてるかな。

 そんな事を話した気がする。

 ゲームに夢中になっていれば、夜更かしは日常茶飯事だ。

 きっと、僕からくるまで、ずっと待っていてくれたのだ。

 用意周到だと思われたくないと、そう言っていた。

 だからギリギリまで粘った。僕の就寝時間、一時というデッドラインまで。

 あの空気なら、すぐにメッセージをくれるだろうと、彼女は思ったはずだ。

 陽太もそう思っていたし、そのつもりだった。

 奥下なら即座に送っただろう。短めのメッセージを送り、何回かやりとりをする。

 もしかしたら、奥下とのやりとりが一段落ついたから、こちらにも送ってきたのかもしれない。

 陽太は、奥下の言葉を思い出す。

 タイミングだよ。

 反応の軽さ。一度思い立ったら、即行動。

 パターンを学びたい。復習し、反復して、身に着けたい。

 即死したくないから、色々と考える。下準備はしっかりと整えたい。

 だけど、そんな時間は、ほとんどの場合はないのだ。

 考えている時間は、相手に待たせている時間だ。

 遅い相手を待っている時間は、人生において最も無駄な時間さ。

 待ち合わせには遅れたくない。そういう迷惑のかけ方はしたくないから。

 それなのに、決断だけは一向に早くならない。

 待たせている事には変わらないのに、誰かが待っていてくれる意識がない。どうせ僕の事なんて誰も待ってない。特に、恋愛関係においてその思いが強かった。

「僕も楽しかった。また会いたいな、できれば近いうちに」

 口に出す。それをそのまま打ち込み、送信する。

 スタンプが即座に返ってきた。『私もだよー』と書いてある。

 頭の中じゃなくて、声に出す。

 少し学んだ。文字数じゃなくて、十秒で伝える、と意識するんだ。

 考えてみれば簡単だ。面向かって話している時、相手の話を遮って、一分や二分、話し続ける奴は、大体煙たがられる。

 文字のやりとりでも、それは変わらない。

「タイミングがずれてれば、当たる弾も絶対に当たらない」

 射程範囲内。普段通りに撃てば当然ヒットする位置と距離。

 送ったメッセージは多分、無難だし、初回のやりとりとしては及第点だろう。

 メッセージの内容は……、ね。

 問題は、今が深夜の一時過ぎな事。

 もしかして、そんなに楽しくなかったのかな、と彼女に思わせるには十分な時間を作ってしまった。余計な事を考える空白。僕はその空白に、伝えきれない分量のテキストを頭の中で書きなぐって、売れないスランプの作家のように勝手にのたうち回っていた。

 そのうち、呆れた顔の編集者が『締め切りっす』と、別の案件の期限を告げてきた。創造世界の、非現実な存在への不義理を悔いて、さらに悶えた。

「ほんっとにクソキャラだな、つくづく僕って」

 クリアすべきものが見えてない。シナリオは進まない。魔王だって倒せない。

 奥下には『セエル』という力が欠片もない。

 現実と真正面から向き合って生きているから、その必要がないのだろう。

 陽太は思う。

 僕が、追体験をして失敗をした自分を悔いている間に、奥下のような人間はさっさと次の壁に向かっていく。

 飛び越え、乗り越え、またはぶち当たって壊して進む。 


 疲れているから今日はもう寝る?


 足はつった。不意をついた連絡に身も凍った。

 布団にくるまり、腹の底から這いあがってくる不安を抱えて、震えている。

 吉奈さんへの連絡も、遅きに逸した。

 奥下が用意してくれたものを、台無しにしているのは僕の方だ。

 待ち受け画面にした写真。登山客の人に頼んで、撮ってもらった三人一緒の写真。

 僕は、結構良い顔で笑ってやがる。

 あいつが頼まなかったら、この写真は残っていない。

 今日の出来事は全て、奥下太一と、吉奈由姫さんのおかげだ。

 僕は二人の好意に甘えて、ひとしきり楽しみ、勝手に苦しんでいる。


 眠るな、まだ。

 やり残しているだろ。

 星谷陽太。明日学校で奥下に「お、もう好井さんはいいのか」と聞かれたとき、心の底から「うん、もういいさ」と答えられる人間に、吉奈由姫さんを、今度は僕自身の言葉と正直な気持ちで、誘える人間になるために。

 明日じゃダメだ。今なんだぞ。

 そんな主役になれる体験を。

 陽太は布団を払いのけ、電気もつけず、机の上に残っている最後の『エクスペリエンス』を、うん、と一度頷いてから飲み込んだ。









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 A-ram 〖エイ・ラム〗 八子禅 @hiro-yaco

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