第3話  読み込みに成功しました

 三択問題に、答えがわからなくて、適当にマークシートを埋めて正解だった時。

 それは実力なのかって話なんだけど。

 その一点で、ギリギリ何かに落ちた人もいるし、合格した人もいる。


 サイコロやルーレット、カードの引き。

 マッチングされる相方。ポイントやランクでは信用できない、プレイヤーの腕前。

 運に左右される。自分ではどうする事もできない部分で、勝ち負けがつくのは、試験でも、遊びでも、ゲームでも、変わらない。

 

 次やれば、絶対負けないのに。

 納得できない。

 神頼みじゃん。ズルじゃんね。


 負けた時に、ああ、今日の乙女座、最下位だったからか、なんて考える。

 あの時、サイコロをもう少し強く放ってれば。

 ゲームですら、ステータスに、ラックがついている理由。

 やっぱり、運も実力のうちって事か。

 

 そうやって、諦めきれない気持ちが溜まる。

 運がなかったね。そう励まされたときって、言った人、絶対そうは思ってないから。でも、できる事はあったよね、って、暗に思ってるから。


                 *


 怖い映画は、呪いがとけたり事件が解決しても、最後のシーンで「まだ終わらないぞクリフハンガー」的な演出をする。もしかしたら自分の近くにも、猟奇的な人物が暮らしていたり、物陰に人間とは違う、何か恐ろしいものが隠れ潜んでいるかもしれない。

 後ろ暗い気持ちでベッドに戻りこんだ星谷陽太ほしたに ようたは、眠りに落ちるまで、目を閉じたまま、昔見た怖い作品のイメージを思い描く。

 昨晩の夢に登場した、女神同然の好井杏里すくいあんりさんに、好井杏里さん暴走モード、堕天使version杏里さん、好井ダークネス、シン・杏里、好井ブラック、と闇落ち属性を付与すべく、脳内から決して出してはいけない恥ずかしいネーミングを次々に着けていく。

 ボンテージSM譲、審査官、金髪ミニスカ、漆黒ボディスーツ。

 いかにも、誰かを痛めつける嗜虐的な容姿と服装。

 ……こんなの御褒美じゃん。何してんだよ、僕の脳みそは。


 そんなんじゃなくてさ、首でもぶった切られればいいんだ。全身を切り刻まれて、命乞いをして、惨たらしく死ねばいいのさ、僕なんて。

 そう、苦痛だ。

 僕は、シンプルな罰のイメージを、怖い映画なんかの力を借りて、考えただけだ。「終わりがない」という恐怖。一生クリアにならない、どこまでいっても解決が見えない。情けない堂々巡り。呪い、と言っても過言ではない、僕の脆弱な心。

 拷問、とか、拘束とか。

 絶望的なシーンであるはずなのに、現代には色々と、その、付け加えてしまいたくなる魅惑的なシチュエーションが、あるものだから、黙っていても考えてしまう。


 僕には罰が与えられるべきなのだ。決して、凄い興奮しそう、とか、この人に殺されるなら、なんかの病気にかかって死んだり、不慮の事故で突然死したりするより、よっぽど良いとか、そういうんじゃない。今はそんなの、求めていない。

 好井さんの暗黒面キャラは、どれをとっても絶品だった。普段の純白なイメージ、清楚の化身、可愛いの最終形態。そんな光属性が強い分、逆をとっても、凄まじい色気を醸し出してくる。

 悶々とした。そういう意図はないんだ、と寝返りを打つ。

 枕に顔を埋める。顔がちょっと熱くなっている気がする。

 股間もモゾモゾしてる。

 問答無用。サディスティックな世界には、避けがたいエロティシズムがある。

 開けてはいけない世界への扉を、開けてしまいかねない。

 

 ダメだ星谷陽太。闇落ちしてるの僕じゃん。僕の方が、暗い夜の世界に飲み込まれてんじゃん。


 おかげで、眠れるものも眠れない。

 一旦落ち着け。僕の妄想。

 深呼吸して、仰向けになる。

 いかにも、誰かを監禁していそうな、呪いでもかかって強いそうな古民家、洋館。

 ○○村とかに。ラ〇ーンシティとかに。

 僕は、その犠牲者の一人。哀れな、ではなく、自業自得系の犠牲者。そりゃ殺されるよお前は、って、誰にも同情されない系の被害者だ。


 でも、一人目の犠牲者って、ラスボス扱いされたりする……事も。

 だからさあ、なんですぐ、こじらせ設定つけるんだ僕は。 

 おい、狂気には目覚めるなって。こら、力に魅了されるな……!


 昨日の快眠は、『エクスペリエンス』の効果だけではなく、単純にゲームのし過ぎで疲れていたからだ。今日は、それほど疲れていない。ゲームをしていないから。

 疲れる要素は勉強ぐらいだが、習慣づけてほぼ毎日自宅でも復習していれば、それほど極端に、学力は落ちないし疲れない。トレモ好きが、こういうところに生きている。事前準備は、生かされる場所があれば、そこそこ有用だ。

 学生であれば、試験は強制イベントである。

 受験、という超大型アップデートもある。システムもゲーム性も変わる。中学から高校なんて、新作の世界に飛び込むようなものさ。大学なんて、もっと凄いだろう。

 

 ずっと僕は、こんな感じなのかな。

 恋愛は、イベントを自分で作らなければ、いつまでも発生しない。

 ヒロインは恋愛ゲーム内なら、攻略可能というお墨付きがある。パッケージに乗っているからだ。イベントも、条件を満たせは、勝手に起こる。隠し要素もあるけど、薄々いけそうだぞ、というものは隠さず出してくれるから、その予想も楽しい。


 だけど現実で、この子は攻略可能そう、とか。

 人格を疑われるレベルで、終わっている思考である。

 普通なら『仲良くなれそう』とか『一緒にいると楽しそう』とか、そういう気持ちであるべきだ。

 だから恥ずかしかった。そういう思考になっている事が。


 もうここは、僕自身の事に限定しよう。

 ここまで生きてきて、辛かった事を思い出そう。

 結構、あったはずだ。

 好井さんの事を考えるようになる前。

 彼女がいると、夢が広がりすぎてやばい。良い夢に限らずこれだから、始末に負えない。


 ああ、女の子って、怖いな。そう思うようになったの、いつだっけ。いつからだっけ……。思い出せない。思い出したくもないって事かな。

 色々と飛んでいる。傷ついた思い出って、振り返ると、セーブデータが破損していて読み込めなくなっているか、メモリーカードも現在使っているものには対応不可になっている場合がほとんどだ。

 でも捨てきれない。このクソゲー、対応ハードごと、消したいゴミとして出したいのに、自治体のゴミ分別表には、載ってない。

 『思い出』は、出し方も、捨て方も、表記がないから。

 捨てられないが、動かない。そのくせ、昔のゲーム機って、そこそこ大きい。

 性能は悪いのに、場所はとる。

 無理やり引っ張り出す。今なら笑い話。きっと大人になって、満ち足りる何かを手に入れる事ができたなら、そういう心持ちで振り返る事もできるんだろうけど。

 読み取りエラーです。

 それでも、古いゲーム機は、カリカリと音を立てて、健気に読み込みを続ける。

 レトロゲーム機は、父の部屋に色々と揃っていた。

 陽太の父親、星谷光一ほしたに こういちは、大学の仲間と、ゲーム制作のサークルをやっていた。

 大好きだったね。一から全部、自分たちで作るって事が、楽しかったなあ。

 仲間の一人は、結構有名なゲームクリエイターになったんだよ、とも言っていた。

 だから、処分する機会はいくらでもあったけど、どうしても捨てられないんだよね。アルバム、みたいなものだから、少なくとも僕にとっては、ね。 

 父の持っているゲーム機の中には、とっくに壊れてしまっているものもあったけど、「それもいいんだよ」と捨てずに大事にしまっていて、時々母に「いい加減、整理したら」と小言を言われている。

 そんな人の息子だから、新しいゲームもたくさんやったけど、まだまだ現役で動く古いハードで遊ぶゲームも、楽しかった。でも、さすがにもう壊したくないから、今やるとすれば、現行のハードでも遊べる、ダウンロード版。今は出ていなくても、いつかきっと出るだろうな、と思わせるラインナップが、父自慢のド定番コレクション、息子イメージで『え、君あれやってないって正気?』なのだ。

 だから、出ると嬉しいし、DL版も高確率で手を出すのだが、同じもの、なんならグラフィックや操作性は向上しているのに、毎回ちょっと味気なく感じるのは、いつも不思議だった。

 あの一手間。動くか動かないか、ドキドキする事も、楽しいの一部だった。

 うまくゲームを読み込んでくれただけで、嬉しかった。

 最近のゲームなら、ゲームが起動しないだけで苛立つし、対戦相手との相性で生じる、画面内の遅延や回線トラブルには、仏の顔も三秒まで、ぐらいが我慢の限界ラインなのに。


 カリカリ、キュンキュン、ゲーム機は、思い出を読み込む為に頑張っている。

 朝までかかりそうだな、と思う。

 ゲームタイトルは『星谷陽太の追憶』。

 いかにも、楽しくなさそうなタイトルだな。

 読み込みに成功したときの喜びはそのままに、子供の頃に目を輝かせた、星谷家愛蔵の名作のスタート画面ではなく、このタイトルがどーん、と出る。多分、真っ赤な文字で。スプラッタに血塗られた感じで。

 スタートボタン押さなくても、勝手に始まりそう。それぐらいの『呪い要素』はありそうだ。

 ああ、ゆっくり息を吐く。微睡むまどろむ感覚に、飲み込まれていく。

 どこかに沈んでいく感じ。瞼が重くなり、ゆっくりと落ちていく。


                 *


 星谷陽太は、船の上にいた。

 潮の香りがした。自宅の部屋の窓は少し開けて眠っていたが、家の隣が太平洋というわけじゃないので、海風は届かない。

 甲板の、デッキチェア。どこかのセレブな有閑世代が好きそうな、世界一周する大型のクルーズ船のようだった。甲板には、いかにもなプールが設置されている。

 僕は釣り堀とかの方が良いなあ、と陽太は思う。川遊びに家族で行ったとき、父親と二人で、釣りをした。その時、まぐれ当たりでヤマメを釣り上げた事は、よく覚えている。

 一度は頭の中から追い出したものの、ベッドの中でしばらく思い描いていた『舞台設定』は拷問部屋や牢獄、密室だったので、陽太は、空一杯に広がる夏の日差しという、真逆の展開に狼狽えた。

「まあ、一旦落ち着けよって事か」

 陽太の他に、人の気配がしなかった。見渡しても、誰もいない。

 多くの人が集まるべきところに、一人でいるというのも、怖い。

 大きなスタジアムにぽつんといるようなもの。

 遊園地の乗り物に一人で乗らされるようなものだ。

 だからある意味、ここも監獄に近い、ともいえる。ぼっちを痛感、という罰だ。

「これ、中学の時に一度履いてそれっきりの水着じゃないか」

 しっかり状況を説明するテキスト口調で、陽太はひとり呟く。

 陽太は水着を身に着けていた。上半身は裸である。

 お前陽太だから、オレンジにしとけ、と誰かに言われた。別にオレンジ色は好きじゃない、と抵抗したら、別のヤツがフルーツ柄の水着をゲラゲラ笑いながら持ってきた。

 その柄の中に、オレンジがあったからだ。

 お、結構いいかも、と思ったが、今ここでこいつらのアイデアを受け入れるのは負けだ、と陽太は思った。陽太なんだから、少しはそれっぽい感じでいけ、とはよくいじられるパターン。いい加減辟易していた。

 子供の頃から、そのイメージに歯向かっているような性格と、嗜好。

 そう言われ続けてきたから、反発したというのも少しは影響があるのかもしれない。

 結局、向日葵柄のサーフパンツになった。フルーツと大差ない、結構派手な柄。

 随分、カッコいい水着買ってきたじゃない、と母に笑われ、妹には「私これ、結構好きかも」と、言われた。これはまだ、小学六年生の時の、反抗期パワー全開になる前の妹だ。残念ながらこの後、妹には『キャラ調整』が入り、『悪口』『横暴』『兄軽視』など、悪い方向の新能力が、大幅に追加される暗黒面アップデートが待ち受けている。

「今見ても派手だな。あの時以来、プールとか行ってないなあ」

 中学二年の時だっけ。次の年は受験だったし、息抜きに地元の小さな祭りぐらいしかいかなかった。この水着、まだあんのかな。捨てられているかもしれない。

「そういえぱ、あの時も白ビキニのロングヘアのお姉さんがいたっけ」

 中学生グルーブとは縁遠い、女子大生か高校生のグルーブが、彼らの隣にシートを置いて、姦しく騒いでいた。中学生達は、バカ話をしながら、誰ともなくチラチラと彼女たちを見ている。胸や腰を、自分なりに、さりげなく。

 当然、相手には気が付かれていたものの、まあ好きにすれば、という感じで無視されていたが、誰かがナンパしようぜと言い出し、悪ノリの結果、ジャンケン勝負で負けた陽太が選ばれた。普段なら絶対に、ナンパなんてやらないタイプのくせに、夏に浮かれやがってさ、と陽太は言い出しっぺのクラスメイトを言葉にせずに罵る。

 眼鏡外せ。そしたら目の前の女はジャガイモになる。そうだ、相手はジャガイモだ、と言われた。女の子たちがいるシートの、ほど近くにサクランボ印のガキが集まり、作戦会議をしている図式。あいつらなんかやる気だね、と女の子の一人が、話しているのが耳にしっかりと届く距離だ。お前、「ジャガイモ」とかやめろ。相手に聞かれてんだぞ、と陽太は震えあがった。夏も真っ盛りなのに、鳥肌がたちそうだった。

 プールに入るときは眼鏡を外す。ぼんやりと視界がぼやけるが仕方がない。

 だから水遊びは苦手だ。落とすかもしれなから、川でもゆっくり釣り、の方が良い。

「君、意外に可愛い顔してんじゃん、か」

 なんと、その白ビキニの女の子は、陽太が必死に、ミジンコのような勇気を総動員して絞り出した「あの、僕らと遊びませんか」という一言に、その言葉を返してくれたのだ。

 周りの女の子たちは全員、「え、ちょっとマジで」という顔をしていた、とのちに聞かされたが、顔なんてぼやけてよくわからない。

 眼鏡をかけてない、だから今は別の自分だ、と言い聞かせていた。

 眼鏡は変装グッズでも変身アイテムでもなく、生活に欠かせない相棒であり、一心同体の存在だ。それを外しているから、僕は僕じゃない。だから平気だ。

 半ばやけくそ、当たって砕けて、爆発四散しろ。の精神である。

「なんか番号もらって、これ私の、って。はは、かけても繋がらなかったけど」

 彼女から、何か書けるものある、と言われて、バッグの中を漁ったら、ボールペンが一本、まるでこの時を待っていた、と言わんばかりに入っていた。

 陽太は、ちょいちよい、と白ビキニの女の子においでおいでをされる。

 女の子は、陽太の手の甲に、電話番号のような数字をサラサラと書いた。

「暇があったら連絡して。私の名前は……って。誰だったっけ」

 彼女のセリフを口にする。

 声はよく覚えている。でも、その人の名前はもう、思い出せない。

 そこからは、舞い上がりすぎてよく覚えていない。

 ただ、お前はもうプールに入るな、と言われた。番号消えちまうだろ、と。

 それからしばらく、その女の子グループとは一緒だった。

 他の奴が調子にのって「ボール遊びとか、しますか」なんて声をかけたら、別のギャルっぽい女の子に「あんま調子のんな、殺すぞ」と一蹴されている。そいつはそれから、そのギャルの女の子にビビッて、彼女たちが帰るまで一度も戻ってこなかった。他の連中も、プールサイドの遠くの方から、彼女たちが帰ってくれるかどうかを、ちらちらかがっていて、やっぱり戻ってこようとはしなかった。

 陽太は一人で取り残された。

 プールに入らず、ずっと荷物番をしていたからだ。でも、白ビキニの女の子は、夕方に帰るまで、一度も話しかけてもくれなかったし、陽太も話しかけられなかった。 

「あれから散々冷やかされたな。電話もかけさせられて。誰も出なくて。モブ眼鏡のくせに、とんだナンパ野郎なんだって、同級生に噂流されて。女子達の、あの目。すげえ怖かったなあ」

 クラスメイトの女の子達から、笑われる。あいつ、ブールで年上の女ナンパしたんだって。えー、キャラ違いすぎ。星谷って真面目そうなのに、結構、不純なんだね。

「そっか」

 陽太は思い出す。ちょっと眩暈がした。目の前が暗くなる。

 多分、ゲームなら凄い音楽が挿入される瞬間。

「あの時からか」

 それから、女子とは距離を置くようになったっけ。妹も含めて。

 陰で何か言われているっぽい。直接言われず、ヒソヒソと。

 僕はしたくてしたんじゃない。ジャンケンで負けたせいだ。

 それが、したくてもできないように。どんどん悪化してったっけ。


「あの時、グーを出してれば、ね」

 ナンパに向かう生贄を一人作る、強制イベント。

 最後の二人に残り、土壇場のラスト勝負。

 陽太はいつもチョキ多め。それは知られていた。裏をかけ、ここは絶対に負けられない、と、グー読みのパー。相手は、一度のあいこ、も考えていたのかもしれない、チョキだった。相手の方が余裕があった。

 三択に負けた。どれか一つは、違う未来が待っていたのに。

 他にもいろいろ面倒な事が続き、その時に一緒にプールに行ったメンバーとは疎遠になった。

「まあ、あいつらと違う高校行きたいモチベ、凄かったしなあ。おかげで今の学校に入れたわけだけど」

 できるだけ遠く、だけど朝がきつくない程度に。

 できるだけレベル高め。あいつらが選ばなそうな頭良いとこ。

 別に感謝などはしていないが、それから星谷陽太の成績は、みるみると上がっていった。

 それからは何事も慎重に、が陽太のモットーのようになった。

「奥下って、ほんと謎。あいつなんでウチの高校合格できたんだろ」 

 中学で知り合ったお調子者キャラも、奥下と比べると、格が落ちる。

 プールには一緒に行ったが、すぐに疎遠になったし、友人といえた時期は短かった気がする。

 立ち上がって、デッキチェアの足元に置いてあるサンダルを履く。

 家でよく履いているやつだ。身近なところ、身に着けているモノは、現実準拠なのね、と苦笑いする。

「はは、凄いな、これ」

 プールサイドに行くと、プールの底に『A-ramエイ・ラム』のロゴが入っている事に気が付いた。水面に揺れているが、はっきりと見える。

 あ、こっちも。

 デッキチェアに隣接しておかれている、白いテーブルに、ジュースが置かれていた。注文した覚えはない。やたらとトロピカルな色彩のジュースで、カットフルーツがオシャレに盛り付けられている。それがオレンジなのも、偶然なのか、何なのか。

 そのグラスにも、ちゃんと『A-ramエイ・ラム』のロゴがついている。

 ここまでくると、君には全部探せるかな。船内に隠れたロゴは全部で○○種類! とかのミニゲームみたいだ、と思ったら、楽しくなってきた。


 デッキの床。柱の陰。天井部分。まずは一面、外側の歩いて行ける部分をじっくりといこう。船内は次のステージって感じだから、後回し。

 見つける度に、グーでガッツポーズを作る。

 今出したって、誰にも勝てないし、なんなら誰も見ていないのに。

 そういう時に限って、大胆な勝利ポーズみたいなものを欲しがってしまう。

 

「それ、楽しいんですか。我が社のロゴ探し」

 両手のガッツポーズで『イエーイ』とやっていた矢先に、声をかけられた。

 え、いや。振り向くと、陽太はあっ、と指を差してしまった。

「貴女は、……不適切お姉さん」

 初めてみた時は、胸に『A-ram』のロゴがついたセクシーな服を着て、その夜にみた夢では、大胆な白ビキニだった、お姉さん。

 いろいろと不適切。その印象を、つい口にしてしまった。

 ただ、目の前に立っている今の彼女は、まるで別人だった。

 紺色のショートボブに、ホテルマンのような上品な格好をしている。

 いかにも、クルーズ船の乗務員というイメージだった。

「とても、不愉快な覚え方をされているみたいですね。ありがとうございます」

 お姉さんが、ニコリと笑ってそう言った。

 『殺意の微笑』って感じ。

 朝、目が覚めたら無残な死体で発見されてそうだな、と陽太は思った。

 





 

 

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