第2話 手が届きそうだからってさ 

 ゲームは『やさしい』を選択すると負け、見たいな風潮、あれはなんなんだろう。

 ボーリングのガーターレーンが壁になっているみたいな感じ。

 それで壁に2、3回ゴンゴン当たって、たまたまヘッドピンに良い角度で当たってストライク決めても、「え、それで喜んじゃうんだ」って空気になる。

 でも、人生が「やさしい」になるとか、選べるなら選ぶでしょ。 


 選んだ事が、誰にも気が付かれないなら。

 そう、誰にも知られないのなら。


              *


「なんだよ陽太、いつにもまして思春期の闇を抱えてる顔してんな」

 登校して教室に入ると、奥下がやってきた。

「おはよ。君は今日も、能天気そうで羨ましいよ」

 鞄を机にかけて、席に座る。

 今朝に見た夢が、しっかりと尾を引いていた。

 最高の気分で登校したと思ったら、部屋に引き戻された。

 夢の最後に出てきた、一番現実味のない、ビキニ姿のお姉さん。

 昨日、奥下と二人で帰っている時に見かけ、新商品の試供品を配っていた人に瓜二つ。その日に見かけただけの人が、現実より『青少年の妄想』寄りになって出てくる。好井さんと付き合ってたり、自分からは朝の挨拶すらしてくれない妹が、親密な挨拶をしてくれた事より、実にわかりやすい。

 脈絡もクソもない。まあ全部そうだったけど。

「奥下、今日、夢とかみた?」

「何言ってる。俺は日々、夢を追いかけてる男だぜ」

 そうか。毎日、お花畑で蝶々を追いかけてるんだな。

 確かに、ネジやら何やらが色々飛んでる。聞いた僕が悪かったよ。

「昨日もらったやつ、どうした、もう食べてみたの」

「ああ、あれか。だってお前、なんか怒って帰ったじゃん。ゲームの誘いもなかったから、食ってねえ。ゲームうまくなるんなら、やる前に飲まねえとな」

 ゲームで疲れた体にきく、とは説明していたが、あの人たちは、けっしてうまくなる、とは言ってなかったから。そういう早合点でクレームとか言いそうだよな。

「結構、おいしかったよ」

 ええ、お前食ったのかよ。じゃあ誘えよ、と奥下か騒ぎ出した時、好井すくいさんが朝練を終えて教室に入ってきた。

 そう、好井さんは部活の練習があるから、登校時間は絶対に合わない。

 そもそも、彼女は電車通学でもなくて、自転車通学である。

 でも、夏服は似合っている。可愛い。それたけは、変わらない。

 今日の髪留めはピンクか。いっぱい持ってるよなあ。

「まあ、いい『エクスペリエンス』はもらったよ。あのサプリのせいかどうかは、知らないけど」

「……陽太、なにそれちょっとマジで何言ってんの」

 奥下が、汚物を見るような目で僕を見た。

「エクスペリエンスってこれ、昨日もらったやつの商品名だから、他に他意はない」

 気取ってみた自覚はあったので、陽太はちょっと早口で補足した。

 

 夢で味わった諸々の体験は、やけにはっきりと覚えているけど、うっかり現実と重ねて勘違いでもしないかぎり実害はないだろう。

 まあ、「実は僕、好井さんと付き合ってるんだよね」と奥下に言ったところで、一笑に付された後、「どんなもんも、可能性はゼロじゃねえもんな。妄想乙」なんて言われて終わりだろうけど。

「で、今週末、日曜。ミーちゃんの友達と遊びにいくから」

 昼休み、購買部でパンをいくつかと牛乳を買って教室に戻りながら、奥下が言ってきた。こちらは、残念ながら、現在進行形である。こっちが夢であってくれた方が、どれだけ気が楽だったか。

「……僕は一度も、会いたいとも、いいよ、とも言ってないよね」

「知らん。そんなの待ってたら、お前は暗黒青春時代を全うするだけじゃん」

「高校入ってまだ二か月なんですけど。その評価、まだ早くない?」

「お前、俺がいなかったら、男友達すら皆無だろ」

 いやいや、別に他の友達もいるから。

「横田とも時々ゲームするし。木佐とか別所とか、普通に話すし」

「あいつらかー。なんか俺が話しかけても、妙に避けられんだよな」

 わかる。学校生活は、捕食者と獲物の関係にもちかい。

 僕らみたいなタイプは、そういうものに敏感だ。

 油断すれば、高校生活にも暗い影を差しこませる。奥下達のように、陽気な光が強い連中と交わると、伸びる影は長く、大きくなる。

 二つの光が交われば、とても明るい毎日になるんだろう。

 こちらは日陰、夕暮れ側。同い年というどうにもならない条件のもと、どうしても比べられてしまう。差がつく。勉強ができても、真面目にしていても、明るいね、とは言われない。どうにもならない部分だから、始末に負えないのだ。

 でもそれを素直に認めたくない気持ちも当然あるから、対策をする。僕らだって、ホタル程度の光は持っている。ゲーム機の電源ランプぐらいささやかな光でも、誰にも見つけられないかもしれないけど、一番星を持っているんだ。


「僕も時々、なんで君と友達になれたのか、わかんなくなる時がある」

 横田はそうでもないが、木佐と別所は、奥下の事を「ラブコメなら負け組の陽キャだよ」と、嫉妬と負い目を隠さずに断言していた。そう、ラブコメなら、ね。

「そんなの、なんとなく、でいいだろ。俺だってそうだし。他の奴らと遊んでるのも、ミーちゃんとイチャイチャしてんのも楽しいけど、お前といても、そう思うもん。わかんねえとか言うな。寂しいだろうが」 

 奥下が大袈裟に、泣き真似をする。

 わかんない、も、なんとなく、も意味同じじゃない? とは思うが、今までの友達に比べると、奥下は、間違いなく、一番落ち着きがなかった。やかましいし、強引だし、自分勝手だ。木佐と別所のような対応が、陽太にとっても最適解なはずだった。

 タイプも真逆。接点も皆無。今までならそうだったし、クラスメイトになっても、春に顔を合わせたら、それっきりになるような同級生、それが奥下太一だった。

 だが、向こうから声をかけられ、自然と接する機会が増え、「ゲームやろうぜ」と誘われるまでになった時、奥下は陽太の心に、そう悪くない存在感をもって居座っていた。

 ちょっと言い過ぎたかな、と思った。わかんない、はなかったか。

 陽太は、わざとらしく悲しむリアクションをとられて困惑した。

 泣いた女の子に何も話しかけられなくなるようなもので、それはたとえ同性相手の、明らかに嘘っぽい芝居でも同様に、言葉を飲み込んでしまう。

 奥下がふざけたり、ずけずけとした物言いになったり、怒ったりわめいたりしても、平然と言い返せるようになってきたものの、『泣き』だけは苦手。

 それは奥下にも気づかれているようだ。

「高尾山な。天気よかったら、山登りで確定。雨だったら、そこらでメシで妥協するも良し。集合時間は、十時くらいで。集まる場所は……」

 断ろうとする陽太が何か言い出す前に、奥下がまくしたてる。

 その沈黙は、肯定と受け取ったぜ。

 そういう笑みさえ浮かべていた。

「ぐぐっ……」

 寂しいことを言うな。それは、奥下の遊びの誘いを断ることにも、暗に釘を刺している。

 陽太が元々、友達の誘いを断るのが得意ではない、ということも、十分に把握していた。実に憎たらしいほどに、星谷陽太の性格を理解している話の進め方だった。

 初対面の見知らぬ女の子と会うだけでも気が滅入るのに、運動神経に▼マークがつく僕に、登山までやらせる気か。

 高尾山って、八王子とかだろ。

 ここから八王子って、電車で一時間以上は余裕でかかるぞ。

 どれだけ軽いんだよ、そのフットワーク。

 陽太は、それでも何とか、週末の『不得意盛り合わせ』のイベントを回避しようと、あれやこれやと考えた。当日に、お腹がいたくなる、風邪をひく、という事まで視野にいれた。

 奥下は、どこから仕入れてきたのか、ケーブルカー降り場の駅近くに売ってる団子がうまいらしいとか、高尾山口駅の傍に温泉とかあるらしいぜ、とか、ウキウキしながら話してくる。

 そんな笑顔で話すな。陽太は喉元にまでやってきて、出番を待っている「絶対いかない」という言葉に、GOサインが送れずにいる。出撃OK《スタンバイ》は出ているのに。

「あ、俺の方が楽しみにしてんな、お前がちゃんと登れるか、心配だぜ。まあ、俺も鬼じゃない。行きがけ、その子とちゃんと打ち解けたら、登りもケーブルカー使おう。できなきゃ、下から徒歩か、なんなら二人乗りのリフト乗ってもらうかんな」

 陽太は、こういうときに痛感する。

 誘いをスムーズに断るのは、いつだって超難関クエストだ。

 特に、相手が「どうしてもお前と遊びに行きたいんだ」って気持ちがわかると尚更で、どうしても、「そんなに言うなら……」とまず考えてしまう。

 せいぜい、僕も行きたかったんだどね、というものが残るアクシデント、当日に体調を崩すぐらいしか思いつかない。      


「いいか、これだけは言っとくぞ奥下。荒療治だからな。僕にとって、一生残るトラウマが発生しかねない。僕と絶交もあり得るイベントなんだぞ」

 放課後、考えに考え抜いた結果、陽太は奥下にそう宣言した。ちょっとしたヘタレ宣言である。

「かっかっか。俺はお前と絶交する気は全くないけどな」

 でも、ホントに嫌なら、遠慮はすんなよ。無理されても迷惑だからさ。

 珍しく、奥下の方から、最後にそう言われた。

 入部届に『バ』を書いた時のようだった。

「あ、そうだ。ミーちゃんの友達の画像、見せてやるよ」

 顔もわからない相手じゃあ、不安にもなるよな。

 わかっても不安だよ、生憎だけど。

「どうだ、スゲエだろ」

 奥下が、にやりと笑う。

「……うそでしょ」

 陽太は、ずいと向けられた奥下のスマホを見て、思わず口に出していた。

 少女が一人で写っている。空色のブラウスに、桜色のひざ丈のスカート。

 黒髪の短めのポニーテール。向日葵のような笑顔は、非の打ちどころのない可憐さだった。

 世界中の『僕ら』が虜になる。僕だけじゃない。間違いなく、みんなが惹きつけられる。可愛いは時に、暴力である。全方位のマップ兵器みたいなものだ。

 この世に二人といない、女神みたいな好井杏里さんと、重なる。

 よく見れば違うけど。いや、違うはずだ、と陽太は思った。

 だが、あまりにも似ている。空気感のようなのが近い。

「名前は吉奈由姫よしなゆきちゃん。ホントは当日に前情報なしで会わせたかったけど、あと三日か。せいぜい、悶えて眠れや」

 それ、悪役のセリフだろ。面白がりすぎだ、こいつは。

 画像、お前のスマホに送ってやるから。

 もう、何度も言うけど。拒否権ないのか。

 嫌なら遠慮なく言えって、一瞬だけ優しさアピールしてからの、これである。

 嫌なら断ってもいいのよって、絶対断らせない側の常套句な気がする。

 お見合いアタックする親戚のオバちゃんみたいだ。

 現実でも、これぐらい強引に席を設けるんだろうな。

「ま、この子も可愛いけど、俺のミーちゃんには敵わねえからな。そして、この子はミーちゃんが率いる四天王フレンズの中でも、最弱だと言われている」

 友達に四天王とか、最弱とかあるの。数値化してるなら、ちょっとした社会問題レベルじゃん。

「冗談だよ。ミーちゃんの友達は、みんな揃っていい子ばっかりよ」

 奥下は、俺はこれからデートなんだけどな、と聞いてもいない事を告げると、意気揚々と去っていった。


                *


 高尾山。

 標高599メートル。東京都八王子にある有名な観光地。

 薬王院という真言宗のお寺がある。

 他の山に比べれば、気軽には登れる。一号路という登山道がメインで無難。

 ケーブルカーやリフトを使えば、一時間ほどで山頂につける。麓から歩いて上ると、二時間弱。約100分ほどかかるらしい。

 ほとんどが舗装された山道なので、歩きやすいが、あんまり油断していると痛い目に合うだろう。普段から運動している奥下はともかく、こちらは普段の体育の授業ですら息が上がる、運動神経Eである。100分という目安も、信用する事はできない。僕のスタミナは、運動すれば呪いでも食らってるレベルで減る。手軽にゲージ量を増やせるアイテムなんてものも、まあない。気休めにエナジードリンクでも飲もうかとは思うが、本当に気休めだろう。

 まあ、ここは絶対に、往復ケーブルカー乗車を確定させていくしかない。


 陽太は、帰宅して、夕食と風呂を済ませた後、学校で出た課題のいつくかをこなして一旦落ち着いてから、PCで高尾山を調べ、溜息をついた。

 登山をしなければならなくなったことより、吉奈さんの事だ。

 こちらには気楽に調べられる情報なんて、ネット世界にも転がってはいない。むしろ、あったら怖いから、迂闊に本名を検索する事もできない。

 中三ぐらいの好井さん。

 髪が短め、という一点で、そういうイメージを持った。

 雰囲気はあまりにも似ている。何度比べても、そう思う。

 陽太は自分のスマホを取り出す。

 教室で撮った、奥下の変顔が映っている写真があるが、その奥だ。

 そんなつもりはなかったが、偶然にも横顔の好井さんが映っていた。

 そんなに欲しいなら、色々頼んでやるのによ、と自分の写真写りを確認しようと覗き込んできた奥下にはからかわれたが、これで十分だった。撮られている自覚がなくても、この笑顔である。

 実はそっち狙ったんじゃねえのと奥下に言われたぐらい、タイミングよく友達と談笑している好井さん。

 真正面より、こっちのほうが落ち着く。いつも見ているのは、後ろ姿か横顔ばかりだったから。    

「ああ、トレモ。僕にトレモさせて」

 恋愛方面なら、VRとか使って。

 現実に近い女の子が座ってて。まずは、おしゃべりから慣れよう。

 ……普通に話題がなくて無言になるな。

 あまりにリアル過ぎてダメか。

 逆効果になるかもしれない。

 恋愛って、これという覿面てきめんの対処法がない。まずそれが不安だった。

 セオリーや対策がない。

 世の中には、恋愛相談とか、恋愛映画とかドラマとか漫画とか。まあ色々とあるけど、答えが無限にありすぎて、結果「自分の内面や外見を磨いて 出会いを怖がらないで 素直になって彼女にアタック』みたいな、何の具体性もない、でもいかにもそれっぽい綺麗事のメッセージに落ち着く。いやいや、落ち着かないで。取り残された子供もいるんです。


 立ち回りとかチャートください。

 武器とかどうしよう。そうだ、武器ないんすか。いいの揃ってないんすか。

 ……武器ってなんだよ武器って。相手ゴブリンじゃねえんだぞ。

 あ、武器ってあれか。『年収』とか『資産』とか、か。

 長男か次男かも重要。家族関係とか、犯罪歴とかも……。

 まあ僕はまだ高校一年生なんだけど、さ。

 こんな考えしてるから、ダメなんだ僕は、と我ながら情けなくなる。


 そういえば、と思い立つ。


 PCデスク、キーボードの近くに、昨日あけた『エクスペリエンス』が残っていた。

 けっこう入っていたので、昨日は二錠、適当に飲んでみた。

 一日二錠。就寝前に。としっかり書いてあった。

 飲みすぎないで良かった。昨日はイライラしていたから、全部飲んでもおかしくなかった。外見はお菓子みたいだったから。

 三日分とも小さく書いてある。昨日はまったく気が付かなかった。

 見た目がラムネのような形をしていたので、抵抗もなく口にいれてみたが、冷静に考えると、こういうものを気楽に、あっさりと服用した事に驚く。


 昨日の夢は、とても良かった。

 良くなかったのは、そのあとに、色々と思い知らされたから。

 一人で登校。それは当たり前の事だったのに、夢のせいで、現実との落差を感じてしまった。同じ道を歩かされるというのは、まるで罰ゲームだったからだ。

 まあ、同じ夢なんて、見るわけないし。

 このサプリの効果で、見たとも限らない。

 ただ、悪くなかった。

 できるならもう一度、と思いたくなるぐらいには、最高だった。

 手のぬくもりも、まるで実際に味わったような気持ちが残っていた。

 あの、好井さんにまた、会いたい。

 頑張れ、僕の脳みそ。

 ゲームの世界なら、完全にチート行為かもしれない。

 ホンモノの自分に、などどいっても、現実は厳しい。

 だからこそ、せめて夢の中で、癒しの世界を作り上げられるのなら。

 確かにこの『エクスペリエンス』、経験、体験の名にふさわしいサプリだ。

 昨晩は水も使わず飲み込んだが、陽太はトイレに行くついでに、水を注いで戻ってくる。

 切実に、お願いします。

 今日は、できる事ならあの好井さんに『叱ってもらいたい』です。


 陽太君。

 私に似ているからって、別の子の写真見てドキドキしてるって、どういう事?

 そう、思いっきり怒ってほしい。

 

 奥下の思惑通り、陽太は悶えていた。

 ミーちゃんは、僕の画像を持っている。吉奈さん、彼女も当然見ている筈だ。

 話したこともなく、会ったこともない、こんな僕の地味な外見を見て、高尾山なんてかなり遠い場所に遊びに行く事を、OKしてくれた。

 冷静に考えると、ヤバくないか。

 素直に嬉しくなってきたのだ。

 勿論、これから会ってがっかりされる事も、失敗する事もあるだろうけど。

 強引な奥下の彼女だから、強く誘われた可能性もあるけど、断る余地ぐらいは当然、あったはずだ。

 これは、本当にチャンスかもしれない、と思ってしまった。

 好井さんは憧れの女の子には違いないが、横顔か後ろ姿を見るのが精一杯、という現実は、夢の世界ぐらいでしか乗り越えられない、あまりにも分厚い壁だった。

 だからこそ、攻略や対策はしたかった。練習、したかった。

 せめて、彼女の好きなものとか、何でもいいから知りたかった。

 『彼女』という言葉を思い浮かべて、中三ぐらいの好井さんいうイメージがぴったりの吉奈由姫さんが、まず最初に浮かんだ事に、陽太は何かに懺悔したくてたまらなかった。こんなもんなの、と思った。


「そういえば、僕、好井さんの好きなものとかも、バスケぐらいで、他は何も知らないのに」


 好きになったくせに。

 今、好井さんにはそう罵られたい気持ちだった。

 奥下には自分の恋心を「健全じゃねえな」と言われた。言われたけど、気にしなかった。だって、好井さんが傍にいるだけで、胸が熱くなるんだ。自分ではどうしようもないぐらいドキドキするんだ。

 でも、今は吉奈さんに、淡い期待を持ってしまっている。もしかして、誰でもいいのか。好井さんに似ているなら、誰でもいいのか。

 好井さんの幼馴染に、一丁前に嫉妬したりするくせに。なんて奴なんだ、僕は。


 だから、できるなら、もう一度、あの夢の世界で。

 土下座して謝りたい。

 現実でやったら、マジで危ない同級生になるだけなのはわかっている。

 告白もしていない女子に、「ごめんなさい。君に似ている別の女の子を好きになりかけています」と言って、土下座とか。まず告白して断られろって話なんだ。

 思いつめて、本気でやりかねない危険性もある。そんな自分が、怖くなってきた。

 

 陽太は、『エクスペリエンス』を口に放り込み、水を一口含んで、ゆっくりと飲み干すと、ベッドに潜り込んだ。

 キャラ愛があるって豪語してる奴に限って、バランス調整で強化された強キャラにあっさりと浮気する。ゲームは勝つことが最優先。勝てることが一番楽しいし長続きする。そんな連中の謡い文句は「次の調整で戻ってくるまでは」だ。大抵の場合、元鞘には戻らない。切れ味のいい武器を振り回していられるのに、今さらナマクラを手にとる道理はないからだ。

 好井杏里さんは、僕か知る限りの狭い世界ではあるけれど、世界一の強キャラ。

 でも、その『コンパチ』キャラが実装、そのキャラもまた、溢れる魅力を持っている。僕と絡む、トゥルーエンドルートもありそう。

 もともと、リアルな恋愛ゲームで、選択されるべき男主人公ではない僕にとって、それは限りなくありがたい話。

 でもなあ。手が届きそうだからって、そう簡単に心移りとか。

 杏里さんに似ているから。心移りしかけているその理由もまた、だらしない。

 だから叱られたい。

 それが好井さん本人に、って言うんだから、つくづく僕は度し難い。

 

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