ちゃんと手を洗い、ついでにうがいもしてリビングへ帰ってくる。料理も出揃ってきたようで、昌幸おじさんは席に着いて未来の相手をしていた。




「ほら、心司おじさんが戻ってきたよー」

「それやめて」




 昌幸おじさんに頬を突くかれる未来は何だか佐奈さんに捕まっている時よりも嫌そうな顔をしていた。あまりおじいちゃんっ子ではんないのだろうか。




「何か手伝うことある?」




 台所に向かって声をかける。佳子おばさんは海老フライを皿に盛り付けながら、片方の手で食器棚を指差す。




「じゃあ醤油皿出してくれる? 多分そろそろ寿司が届くから」

「わかった」




 テーブルの隣にある食器棚の扉を開き、醤油皿を見つける。昌幸おじさんのところで五人。俺のところは三人で全部で八枚だ。




 片手に四枚ずつ取り、テーブルへ置こうとすると未来がこちらへ手を伸ばしてくる。




「おっと、危ないよ」




 と、俺はその手を避けながら食器を置いた。




「そうだよー。怪我したら大変だよー」




 昌幸おじさんはまた未来の頬を人差し指で触っており、未来はまた嫌そうな顔をしていた。しかし、そんな顔が玄関扉の開く音と共に明るくなる。




「ただいまー」




 リビングに入って来た真智おばさんがビニール袋に入ったオードブルの寿司を掲げた。




「受け取ってきたよ」

「おばあちゃん!」




 未来は昌幸おじさんを引き剥がし、真智おばさんの脚にしがみつく。やっぱりおじいちゃんっ子ではなかったようだ。しかし当の真智おばさんは未来ではなく俺の方に顔を向ける。




「あら、心ちゃん! いつの間に帰って来たの」

「ついさっきだよ。まだ帰って来て十分も経ってない」

「あらー、あら。身長伸びたんじゃない?」




 と、昌幸おじさんと同じことを聞いてくる。二人が似ているだけだろうが、あまりに言われると本当に伸びているんじゃないかと錯覚してしまいそうだ。




「真智ちゃんありがとう、テーブルに置いておいてくれるかしら」




 盛り付け終わった海老フライを持って佳子おばさんが台所から姿を現す。




「いやあいいのよ、これくらい。私は料理のお手伝いできないから」




 と、たくさんの寿司がテーブルに並び、より一層食卓が豪華になった。




「はい心ちゃんももう座りな」

「どこ座ればいい?」

「どこでもいいわよ」




 俺は一番近くにあった椅子を引き、そこに座る。昌幸おじさんの向かいの席だった。佐奈さんも歩き回っている未来を持ち上げて座らせ、自分も席に着く。佳子おばさん、俊幸おじさん、優輝と順に席が埋まり、手を洗っていた真智おばさんも戻ってきて全員が揃う。




「さて、久しぶりにみんな集まれたことを嬉しく思う。今日は美味しい物をたくさん食べて、たくさん喋ろう。それじゃあ乾杯」

「乾杯」




 俊幸おじさんの音頭に合わせて成人組はビールの入ったグラスを掲げ、未来はオレンジジュースを見様見真似で掲げる。




「かぁんぱー」




 言い慣れていない言葉を不器用に発しながら、両手でオレンジジュースを飲む。そんな姿に和みながら俺もグラスのビールを半分ほど減らした。




「いやあ、それにしても心司は本当に久しぶりだな。三年くらい? だよな」




 斜め向かいに座る優輝がもう頬を赤くして話す。




「だな。未来ちゃん生まれた時にあった以来だからな」

「そうだよな。どうようちの愛娘は」

「やっぱり三歳にもなると女の子らしさが出てくるもんだなと思ったよ」

「だろ〜」

「優輝、お前も何かおっさん臭くなってきたぞ」

「は、やめて! 俺、心司よりも二つ下なんだけど!」




 昌幸おじさんのツッコミに一同は大声で笑う。




 未来はというと、海老フライを見つめていた。




「取ってあげようか」




 もう怖がられていないのか、俺の顔を見て一度だけ頷く。俺は少しだけ身を乗り出し、未来のお皿に二尾の海老フライを載せてあげた。




「ありがぁと」

「いーえ」




 ちゃんとお礼を言える。偉い子だ。




 佐奈さんはテーブルの端に置かれたオレンジジュースを中央へ移動させると、未来の海老フライに気がついた。




「あ、ごめん心司くん、ありがとう。取ってくれたんだね」

「いいのいいの」

「未来、ありがとう言った?」

「いった」




 佐奈さんの顔なんて見ないまま、海老フライを食べ続ける未来。既に二尾目に突入していた。




「心司、俺にも海老フライ取ってくれ。三つ」




 俊幸おじさんから出された皿を受け取り、ご注文の品を載せて返す。




「はいよ」

「おう、ありがとう」

「俺にも寿司取ってくれない? タイとイカ」

「ほいほい」




 と、俺の元に二貫の寿司がやってくる。




 何だかんだ寿司を食べるのも久しぶりかもしれない。自分で持ってきた小皿に醤油を注ぎ、早速タイを口に運ぶ。




 そして、咀嚼した瞬間にやってくる爽快感と嫌悪感。




「んんっ」

「あ、わさびか」




 優輝も大トロを食べながら気が付いたようだった。




 おじさん、おばさん方は急いで残りのビールを飲む俺を見て笑った。




「変わらんねえ、辛いの苦手なの。まあここの寿司屋のわさびは他のところに比べてちょっと多いよね」




 佳子おばさんが自分の皿にある寿司のネタをめくり、わさびの量を確認する。多分、一般的な量の一・五倍くらいはあるんじゃないだろうか。




 真智おばさんが新しいビールを注いでくれながら言う。




「苦手ならわさび取って食べれば良かったのに」

「辛いの慣れたと思ってたんだよ」




 昔から辛いのは苦手だったが、一年くらい前に俺もいい大人だしもう大丈夫だろうと思って坦々麺を食べたら案外行けたのが良くなかったみたいだ。たまたま食べられただけでやはり辛いものは駄目なようだ。まあ、唐辛子とわさびの辛味が違うのもあるだろうけど。




「ほら、甘いもの食べな」




 と、優輝が大学いもを取ってくれる。辛いのが駄目だからって甘いものにするのも逃げている気がすると感じたが、食べてみると口の中の均衡が戻ってきた。




「こんなに辛かったら、取り除いたとしても未来ちゃん食べられないんじゃないの?」

「それなら大丈夫。未来は寿司嫌いだから」

「おすし、いや」




 寿司という言葉に反応した未来が首を勢いよく横に振った。勢い余って倒れそうになった茶碗を佐奈さんは素早く手で支え、さすが母親だなと感じた。




「未来ちゃんは魚嫌いなのかい?」




 佳子おばさんがゆっくりと未来に語り駆ける。




「いや」




 と、また首を降る様子を見て佐奈さんが代わりに答えた、




「魚とか海鮮系はあまり好きじゃないみたいなんですよね。海老フライは食べるんだけど」

「未来―、好き嫌いしてると赤鬼さんが地獄から迎えに来ちゃうぞ。がおーってな!」




 昌幸おじさんが面白がっているのか、頭から指の角を出して変顔をする。しかし、未来は怖がりもせずご飯を口に運び続ける。




「変顔してる鬼は怖くないし、がおーとか言わないし。それに未来は鬼効かないんだよ」

「わたし、おにさんとなかよくなるもん」

「ほらな」




 未来の言動に溜め息をつく優輝。三歳にして強い少女に俺も驚きを隠せない。




「珍しいな、子供って大体鬼は怖いもんだろ」

「現代っ子ねー」




 真智おばさんはそう言いながら未来の頭を撫でる。




「最先端なのはいいけど、こっちは困るなあ」




 優輝は自分の頭を掻いていた。

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