LINEでおじさんから立体駐車場の二階にいると伝えられていたのでそこに向かう。駅の大きさに似合わない立体駐車場の中は想像通りがら空きだった。この土地を離れるまで、駐車場が満車になっている光景を見たことがない。




 二階も案の定で、おじさんの車がすぐに見つかる。おじさんも俺の姿に気づいたようで運転席から降りてくる。




「おかえり」

「ただいま」

「一丁前にオッサンだな、心司」

「やめてくれよ。さっきそれを痛感したところなんだから」




 ポロシャツをインしたズボン。薄くなった頭。先輩オッサンの俊幸おじさん。声はしわがれてしまっているのに、声の温かみは変わらない。昔と同じように迎えられている気分だ。




 しばらく味わっていなかった、ただいまを言える感覚に懐かしみを覚える。これだけは変わらないものだと、思いながら俺はスーツケースを後部座席に置いた。




 俊幸おじさんが運転席に戻り、俺も助手席に乗り込む。もう何年も乗っている車なので、椅子のクッションは固くなってしまっていた。




「シートベルトしたか?」

「したよ、子供じゃないんだって」

「そうだったそうだった」




 くっきりとした皺を作って俊幸おじさんは笑う。




 立体駐車場を出た車はロータリーを一度回り、大通りへ出た。絶対に都会とは言えないが、一概に田舎とも言えないと思わせる通り。適度にコンビニがあり、それなりに大きなスーパーマーケットもあるしホームセンターもある。




 見慣れた景色が俺に帰ってきたことを実感させる。




 唐辛子のストラップが垂れるバックミラー越しに俊幸おじさんが俺の顔を見たことに気づいた。




「どうかした?」

「彼女とか出来たのかなってな」

「思春期の高校生に聞くんじゃないんだから、そんな様子伺わなくていいよ……」




 俊幸おじさんは見た目の割に気を使う。




 俺を引き取ってくれた日もそうだった。




「今日から君は僕たちの子供、温田心司だよ。でも慣れないうちは前の名字を使っていいからね。ゆっくりでいいんだよ」

「わからないことや困ったことがあったら何でも言ってね」

「前のお父さんやお母さんが忘れられなかったり、施設の友達が恋しかったりするなら、僕たちにそっけない態度をとってもいいんだよ」

「我慢する必要はないんだ」




 実際のところ前の苗字なんて覚えていないし、前の両親の記憶さえもない。親しくしていた施設の友達といえば陽平だが、陽平の里親の家も近い場所にあったので頻繁に会えていた。




 それは俊幸おじさんだって知っていたはずなのに、無駄に思える気遣いをしてくれた。いや、決して無駄ではなかった。その必要以上に干渉しない小さな優しさが新たな家を心地いい場所にしてくれたのだ。




 陽平も陽菜姉さんも家族みたいなものだったが、どちらかというと仲間という意識に近かった。しかし温田家は本当に家族になれていた。ここが自分を迎えてくれる場所だと、心の底から思うことができていた。




「いつかちゃんと紹介するから」




 付き合っている人などいないけど、そう言って誤魔化した。




「孫の顔が見たいなあ」




 そう言えば、と俊幸おじさんは続ける。




「昌幸一家も帰って来てるぞ。未来ももう三歳だ」

「あれ、まだ三歳だっけか」




 昌幸一家、つまり俊幸おじさんの弟である昌幸おじさんの家族ということだ。未来は昌幸おじさんの長男・優輝の娘だ。




 最後に会ったのは未来が生まれた時なので、それからは年賀状でしか彼らの姿を見ていない。よくよく考えれば三歳であるはずなのだが、子供の成長は早いもので今年の年賀状の写真ではもう五歳くらいに見えていたのだ。




 そう話しているうちに家にも着いた。玄関の前にはいつもより二台多く車が止まっている。一つは昌幸おじさんの車。今俺が乗っていた車同様、小さな車だ。一方優輝の車は大型の車だ。将来のことを考えてなのだろう。




 この家は一軒家と言えど、さすがに駐車場は二台分しかない。別の近くの駐車場に停めるのかと思いきや、俊幸おじさんはその二台の前に横付けした。




「え、大丈夫? 歩道に少しはみ出してるけど」

「大丈夫だ。塞いだわけじゃないんだから」




 俊幸おじさんは悪気がないようだった。ないようと言うか、全くないのだろう。気にしないまま運転席を降りる。確かに人が通る幅は確保されているが警察に見られたら注意されるだろうな。




 俺も助手席を降り、後ろに置いておいたスーツケースを引っ張り出す。地面に置いてタイヤを転がしながら玄関へ向かった。傘立てが新しいものに変わっていた。以前は茶色く塗装された切り株のような鉄製のものだったが、黒い四角柱のシンプルなものになっていた。




 俊幸おじさんがポケットから鍵を取り出し、扉を開けるや否や優輝の大きな声に出迎えられた。




「待ちなって!」




 扉を全て開けて中を覗いてみると、ちょうどTシャツ姿の優輝がちょうど走っている未来を捕まえたところであるようだった。




「お! 心司おかえり!」

「ただいま。未来ちゃんも大きくなったなあ」




 俺に気がついた未来は笑顔から一気に知らない人を見る目に変わる。目だけは俺から逸らさないまま彼女は優輝の後ろに隠れてしまった。




「おい未来ー知らない人じゃないぞー」




 と、俊幸おじさんが未来を前に出るように促す。この二人は既に何度も会っているため、未来が俊幸おじさんに向ける目は俺に対するものと全く異なった。しかし、嫌という意思表示で短いツインテールが優輝の腰のあたりで揺れる。




「覚えてないよね。産まれたとき以来だもんね」




 優しい言葉を使うことを意識して、小さな体に目の高さを合わせる。警戒心をなくしてもらおうと思ったが、それでも未来は隠れたままだった。




「でも一応会ったことあるんだから。全く初めましてじゃないんだよ」




 優輝のダメ押しも効かず、俺はそのうち慣れてくれるだろうと諦めた。




 優輝と未来はリビングへと戻って行き、俺もスーツケースのタイヤをウェットティッシュで拭いてから持って上がる。




「先に他のみんなに顔を見せるか? それとも部屋に荷物を持ってくか」




 俊幸おじさんからの問いに特に悩むことなく答える。




「荷物が先かな。着替えもしたいし」

「じゃあ、二階だ。お前の部屋はそのままにしてあるから」

「わかった」




 重たいスーツケースを抱え、階段を上る。俊幸おじさんは一足先にリビングへ向かっていた。




 二階へ着き、『SHINJI』という札がかかったままの扉を開く。




 勉強机も本棚もカーペットも位置は変わっておらず、掃除もしてくれているのか埃臭さもなく綺麗な状態だった。




 スーツケースをベッド脇に置き、ベッドに倒れ込む。




 毛布から日干しをした時の匂いがした。俺が帰ってくるから、干してくれいたのだろうか。一人暮らしではなかなか感じない匂いに懐かしさを覚えつつ起き上がる。




 着替えをしようとスーツを脱ぎ、クローゼットのハンガーにかける。身につけている服が下着一枚になったところで、スーツケースから英字がプリントされたシャツとジャージを取り出した。




 ふと姿見に自分の姿が映っているのが見え、着替えを終えた自分を見つめてみる。




「うーん、やっぱりお前はおっさんだな」




 あまり見ていると虚しくなるので来た道を戻る。リビングへの扉を開けると、料理が並び始めている食卓が目に入ってきた。




 その料理にもう手を出そうとする未来を止めている佐奈さんが俺に気づき、




「心司くん、久しぶり」

「久しぶり佐奈さん」




 と、顔だけこちらへ向ける。未来は自分を思い通りにさせてくれない母親が嫌なのか、短い佐奈さんの髪を引っ張っていた。




「こら未来やめなって」

「未来ちゃん、お腹空いてんのかな」

「さっき煎餅食べたばっかりなんだけどね」




 佐奈さんは苦笑いをしながら、未来の手を自分の髪から離す。




「心司っー!」




 突然名前を呼ばれ、体がビクッと驚いてしまう。誰かと思うと昌幸おじさんだった。眼鏡を外し、テーブルに近づいてくる。




「元気だったか。見ないうちに身長伸びたんじゃないか」

「元気だったけど、子供じゃないんだから背は伸びるわけないじゃん。もうオッサンだよ」

「はっはっはっ。自分でオッサンって言っちゃったな」




 台所で佳子おばさんの手伝いをしている俊幸おじさんが声高らかに笑うのを聞いて、ようやく気づく。確かに自分の口で自分がオッサンだと言ってしまった。




「いや別に、元からオッサン否定してたわけじゃないし」




 と無理な言い訳をしてみるが、我が家の先輩おじさんたちは「お前もこっちの仲間入りだ」とか言って喜んでいる。自分がオッサン化していることを否定していないのは本当のことなのだが。




「あんた帰って来てから手洗ったの?」




 揚げ物をしている佳子おばさんが台所の奥から顔を覗かせる。




「あ、洗ってない。すぐ洗ってきますー」




 昔もよく言われてたなーとも思いながら、俺はまた来た道を戻り洗面所へ向かった。

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