第13話「僕でレッスンしてみない?」
「……どう? 少しは良くなった?」
「……少しだけ。多分、大丈夫」
帰りの電車の中で、初めて痴漢に遭った。
脳内はショートし、身体も思うように動かなくて、意識の片隅でこいつがオレのことを護ってくれたことは微かに覚えてる。
……この調子じゃあ、電車もまともに乗れなくなっちゃうな。
「それ、大丈夫って言わないんだよ? そんなに無理しなくていいから、しっかり水分取って。僕はちょっと離れてるから、落ち着いたら呼んで。送ってあげるから」
コツン、と叩くフリをした彼は、そう言うと離れたベンチに移動してしまった。
最寄り駅のホームで自販機に売っていた緑茶を買ってもらい、空席のベンチに座って安静にすること約1時間。一通りの事情聴取も彼がやってくれたらしく、オレのところに駅員が来ることはなかった。……やっぱ悟られてる、よな。オレが、人肌に触れられないってこと。じゃなきゃ、向かい合った真反対の席に移動するはずがない。
個人的な買い被りかもしれないけど、あいつは……優しいから。
「……なぁ、聞いてみてもいいか?」
「ん? 何が?」
「その……お前、オレが人肌に恐怖心抱いてるの、実は知ってたり、するのか……?」
「……っ。っ、新太からそんなこと訊いてくるとは思わなかったけど。うん、若干だけど勘付いてはいたよ。僕の手、全力で拒否した1時間前にね」
「……そっか」
自分で考えて、ある程度の予想はついてたけど……改めてそう聞くと、少し胸が苦しくなった。オレの体質を知る人間が増えてしまった。それも、自分から『仲良くなりたい』と言ってくれたこいつに。
これ以上関わったら、家族みたいに迷惑をかけることになるんだろうか。
少なくとも、こんな面倒な体質を持つ人間だと知っていて付き合いを選択してくる人間は、そう多くない。理由は単純――普通じゃないから。
憧れる。かつて普通だった自分に、過去の普通を送っていた自分に……憧れる。
「……ねぇ、新太。その体質、何とかしたいって思ったことはあるの?」
「えっ……」
「あ、ごめん! さっきの今なのに、こんなデリカシーのないこと訊いて……。その、さっきの質問をしてきたってことは、新太自身、何とかしたいって思ってる余波なんじゃないかって思っただけで……」
「…………何とか、したいとは思ってる。こんな身体だから、いつだって家族には迷惑をかけることになるし、社会的にオレみたいなのを必要とするところなんて、まずない。家族に迷惑をかけない生き方をしたいんだ、オレは……」
胸の内側を曝け出される。隠す意味なんて、もうどこにもない。
知られてしまったなら、最後の最後まで、自分を知ってもらった方がいい。そうすれば、お前はオレから離れていくんじゃないだろうか、と。淡い期待を胸に秘めて。
「……これは、僕の単純な意見だけど。僕は、新太が恐怖症で良かったと思ってるよ」
「……えっ?」
「不謹慎な言い方かもしれないけど。でも、その体質が無かったら僕は新太に出会えてなかったかもしれないし、こうやって話すことも出来なかったと思う。新太の大学生活を見てて思ったけど、新太に話しかけようとする人も、関わろうとする人もいなかったところを見ると、この大学に来た理由も体質が関係してるんじゃない? きっと、知り合いが誰もいないから、とか」
「……リア充っていうのは、そんなに人の
「さすがに僕のは状況証拠でしかないよ。これは勝手な推理でしかない。答えるかどうかは、新太に一任するよ。――けど、これだけは覚えてて? 僕は、新太と仲良くなりたい! 友達100人作るわけじゃないけど、新太の大学生活初めての友達が、僕であってほしい! 新太とこの大学で会えたのも、何かの運命だと思うから!」
「強引だな……本当」
ゲームセンターのときから思ってたけど、だいぶ性格傲慢というかわがままというか。他人の心情も考えないで、強引に殻を打ち破ってくる。
どうしてオレと仲良くなりたいのかなんて知らない。
どうしてオレと友達になりたいのかなんて知らない。
……でも、そうだな。
この体質があったから、お前みたいな落ち着ける場所に出会えたのかもしれない。こいつの優しさも、声音も……オレが落ち着ける場所だ。それに、さっきのことでもう1つだけわかったことがある。
「……なぁ。少しだけ、触ってみていいか?」
「えっ!? そ、そんなことして大丈夫!? 僕は恐怖症とかにはあまり詳しくないけど、さっきのことを考えたら、止めた方がいいんじゃ……」
「いいから。試したいことがある」
「……試したいこと?」
オレの手招きを訝しげに受け、彼はオレの目の前に自身の手を差し出した。
……あぁ。何でだろう。あのことがあって、恐怖症は治ってないし、その場で動けなくなることも思い知ったはずなのに。この温かさに……触ってみたくなる。
「…………」
慎重に人差し指を出し、少しの怖さと程よく感じる温かさを感じ取りながら、ちょん、と一瞬、時間にしてコンマ1秒間だけオレは彼の指に触れた。
「ちょん、って音した!」
「そんな効果音はしてない。……でも、これでわかった。何でか知らないけど、お前には触れられるらしい。理由は定かじゃないが、お前はどこか、落ち着くんだよな」
「落ち着くって、具体的にどういう感じに?」
「そう、だな。……例えば、お前の声。これは、恐怖症とかじゃなくて『トラウマ』に位置づけられるものなんだけど、他人の声に敏感に反応しちゃうんだ。特に、笑い声とか。けど、お前の声はどこか透き通ってて、あまり耳に残らない」
「それ……褒められてるのか、わからないんだけど」
「……褒めてる、つもりんだけど」
こいつように他人と話す技術とか、どうやって会話すればいいのかとかほとんどわからない。オレ的には褒めてるつもりでも、こいつはそうじゃないみたいだし。
……人付き合いって、難しいな。
「……やっぱ、話し相手とかが中々いないと何を話したらいいのかとかわからない、って感じかな?」
「お前は人の心を読む能力でもあるのか……?」
……やっぱ反則だ、ファンタジーの世界の人間は。
「……だったらさ、1つ提案があるんだけど。僕で友達になるレッスンしてみない?」
「……レッスン?」
「そう。人付き合いをしたいって今考えたなら、これは必須だと思うんだ。もちろん段階は踏んでくし、無理だと思ったらリタイアしてもいい。どうする?」
「………………」
この対人恐怖症を治したいと願ったのは、何よりもオレ自身だ。
両親や妹をこれ以上、オレのことで悩ませるわけにはいかない。将来、オレ自身が困らないためにも、家族に胸を張って独り立ちが出来るように――。
「……やる。よ、よろしくお願いします。えぇっと……」
「1回自己紹介したのにぃ、聞いてなかったな? ま、いいや。それじゃあ改めて――文学部1年、
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