第12話「痴漢騒動」
最寄り駅から一駅先でおり、反対ホームの上り電車へと乗車する。最寄り駅が一緒だと宣うストーカーを引き連れて。いや本当、どんな乙女ゲームだよと思ってしまうが、最寄り駅が一緒だからこそ家の場所が割れたのかと謎に納得してしまう自分がいる。
今のオレが、他人に対してここまで興味を示すことにも驚きだが、それ以上に『確かめたい』と思っている自分に驚きを隠せない。
何故だかこいつの側は、妙に温かい。
何よりもオレ自身がこいつの“何に”反応しているのかを知りたい。そんな欲が湧く。
「それにしてもさ、新太って意外と夢中になっちゃうタイプなのかな?」
「な、何が……」
「だってさ、何度も呼びかけたのに無反応どころか指1本すら動いてなかったんだよ? 多分新太は物事を深く考え込んで周りが見えなくなるタイプなのかもなぁと思って」
「……………」
チラリ、とオレは横目で彼を覗き見る。
確かめてみたい。お前がどうしてオレと一緒にいたいと思っているのか、この不思議な感覚は何なのか。……触れてみたい。そんな傲慢さが初めて湧いた。
「……ぁ、のさ、お前って」
初めて感じた感覚を確かめようと、一旦唾を飲み込み、そっと彼へと右手を伸ばす。
――その瞬間、突如として身体が動かなくなった。
伸ばそうとしていた手が引っ込む。
身体が委縮し、思うように指示が通らない。
……触れたいのに、触れられない。
(……何で。何でいきなり、動かなくなって――)
感覚が麻痺しているのがわかる。伸ばしたくても、伸ばそうと思っても何故だかそこで身体が動かなくなる。声を出したいのに、言葉が詰まって何も言えなくなる。
……知ってる、この感じ。
忘れようと思っても、人間のトラウマは簡単に乗り越えようとさせてくれない。頭ではわかっていても、それを行動に移すことが困難だと思わされるこの感覚。
……嫌だ……何で、いつも出てくる……どうしてこれは、オレの中を這い回る……。
(誰か……助けて……)
脳内を横切るのは、かつての光景。
何度も夢に見た、もう二度と味わいたくないと思った、オレ自身を変えた出来事。
今オレ……触られてる……知らない誰かに……。
脳内信号がプツっと切れた音がした。脳内と神経は繋がっている。活動の指示が滞りなく行われているのは全て、脳内の電気信号が起きている間、常に活動を続けているから。
それは即ち、それが切れれば活動は停止するということ。
オレの脳内では今、膨大な思考量が魍魎跋扈している。溢れ出る物、流れる物。あらゆる思考パターンが暴発を起こしていた。
……立っているのも正直精一杯だった。
上り電車を常に利用しないのは、こういうことも避けるためだって自分でもわかっていたはずなのに。……何でこんな時も、あいつの顔が真っ先に浮かぶんだ。
どうしてオレは、人を頼ったらいけないんだっけ……。
どうしてオレは、こんな思いをしなくちゃいけないんだっけ……。
……あぁ、そうか。これはまだ、あの悪夢の続きなんだ。オレは前世で、何か大罪でもやらかしたのかな。その報いなのかな。どうしてオレばっかり……普通の人生を、ただ平穏に送りたいだけなのに――。
「――――触るなっ!!」
ふと脳内に、そんな言葉が届いた。
ゆっくりと瞼を開けたその先には、見慣れた男の姿があった。でもその顔は……いつも見る、あの屈託のない純粋無垢な笑顔とは真逆、冷徹な表情を浮かべていた。
「な、何の話だ……! ひ、人のことをか、勝手に疑うのはやめてくれ!」
「……この子に触ったよな。その汚い手で、この子に……」
「ひっ……!? だ、誰がそんな男に!」
「そっか。そんなに言い逃れしたいなら、別に逃れてくれたって構わないよ。――けどこの先、あんたの私生活に大きな変化が起こったって、僕は『関係ない』って逃れるけど、それでもいいなら……大人しく地獄に落ちてみる?」
「……っ!? わ、わざとじゃ……わざとじゃ、ないんだぁ……!」
いつもみたいなわざとらしさもあざとさも無い、真剣な目に、真剣な声音。
ここ数日で感じられた気配と、全く違う、まるで別人みたいな……。でも、たとえそう感じれても、こいつから伝わる温かさは何も変わってない。
そしてオレは無意識に、彼の身体にしがみ付いていた。……けど、何でだろう。全然、嫌じゃない。あのときに感じた、あの人の体温みたいに――温かい。
オレは意識が混乱している中、人肌の温かさに触れながら少しの間、意識を手放した。
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