第五十七話 赤塚の戦い




天文二十一年(1552)四月上旬 尾張国愛知郡鳴海町赤塚 河尻 秀隆




"かかれぇ"

"おぉーっ"

戦の戦端が開かれる音が遠くから聞こえたかと思うと、伝令役が息を上げながらが走ってきた。

"申し上げますっ"

"何だっ"

「はっ!この先三町程の所に今川勢がおりまするっ!今しがた内藤勝介様が先手を仕掛けておりまする」

一番槍は勝介殿か。だが勝介殿だけでは百程しか兵がおらぬ。早く駆け付けねば。

「敵の兵力と大将は!?」

「はっ。この先赤塚にいる敵は九百か千かと思われまする!旗印は山口九郎次郎殿!!」

九郎次郎……。顔を思い出した。よく覚えている。それだけ近い存在だった。

「あい分かった。その方は後ろの殿へも報告せよ。儂は勝介殿の援軍に向かう」

"はっ"

俺の言葉を受けると、伝令が本陣の方へ走って行った。疲れているだろうに大したものだ。それにしても九郎次郎が九百か千を率いるだと?随分と偉くなったものよ。こちらは総兵力で八百と言うのにな。だが、烏合の衆に何ぞ負けぬわ。




前へ進んで喧騒が大きくなったかと思うと、勝介殿の部隊が九郎次郎の手勢へ攻めている所へ出くわした。九郎次郎の兵には少し混乱がみえる。奇襲をかける形で勝介殿が打ち掛かったという格好か。よし、すぐに俺も加勢してさらに押してくれる。


「桃厳様の大恩を仇で返す山口親子を誅する機会ぞ!者共かかれぇぃ!」

俺の命を受けた兵達が、日頃の調練のうさを晴らすように九郎次郎の兵へと向かう。

殿もすぐに駆け付けて下さるはずだ。今日中に九郎次郎の首を挙げてくれる。




天文二十一年(1552)四月上旬 尾張国愛知郡鳴海村赤塚 森 隆久




戦場から程よく離れた森の中に潜んでいると、河尻隊を追っていた仲間から報せが届いた。報せを耳打ちされた飛蔵が慣れたように駒を動かす。報告を済ませた仲間が静かに戦場へと戻っていく。


ちょうど頃合いの場所が見つかって良かった。戦場から目に入る程近くなく、それでいて音が聞こえぬ程離れていない場所だ。一見したくらいではただの森のようにしか見えない。だが、鬱蒼と生い茂る森の中には、少し歩いただけで盤を置いて腰を掛けることが出来るほどの開けた場所があった。組み立て式の簡易な机を置いて地図を広げる。その地図の上に駒をおいて戦いを俯瞰する。


「織田方の河尻隊が次郎九郎様の隊に攻め寄せました。御味方は内藤隊の奇襲を受けた時ほど動じてはおりませぬ。数の差で何とかなるでしょう」

「織田殿の本隊は?」

「すぐ後ろに約五百で本隊が、その後ろに後詰めとして蜂屋兵庫助殿が約百の兵を率いておる模様でござりまする」

飛蔵が淀みなく応える。飛蔵は儂が甲賀を抜けて殿に仕えることになった少し後に甲賀を抜けて儂を追ってきた。何度か戻れと申したのだが、ついぞ戻らなかった。古巣には申し訳ないが大変重宝している。


「清洲の大和守様ですが、先程清洲付近に控えている弥助から狼煙の報せがあり申した。清洲城を進発したようでござりまする」

続いて甚助が清洲の動きを知らせる。甚助は頭領の伊豆介様に古くから仕える忍びだ。粗い所はあったが筋は悪くなかった。今では頼りになる存在となっている。

「以前の知らせでは大和守様の兵は六、七百程と報告があったな。この時間に進発したとなると着くのは三刻後くらいか」

儂が話すと甚助が頷いた。地図の隅に書いてある清洲の文字に、重なるように置いていた駒を僅かに動かす。進行方向は東だ。狼煙だけではどちらの方向に向かっているのか分からぬ。だがこの時間に出陣したとなると赤塚に向かっていると考えるべきだ。となれば今川方の兵が詰めている笠寺砦や桜中村城を避けて東へ向かうことになる。


「絶妙ですな。その時間まで戦いが続いているなら流れを決める手となる。織田に取っては面倒でしょう。来るならもっと早く、その刻に来られるくらいならいっそのこと来てくれぬ方がよいものを」

飛蔵が皮肉交じりに話した。思わずつられて儂も口角が上がる。

「まぁそう言うな。大和守様の動きは分かりやすくて良いではないか」

儂が笑みを含んで返すと、二人が静かに笑った。大和守様の動きは利己的だ。今回の動きも漁夫の利を得ようという魂胆が透けて見える。己の動きで戦いを決めるか、それまでに織田の劣勢が見えれば兵を失う前に引く。実に分かりやすい御仁よ。

「組頭、三刻の後には山口様の方が兵力が劣ることになりまする。このままでは不味いのでは?笠寺に報せまするか?」

甚助が問うてくる。笠寺砦に入っている岡部丹波守様に報せるべきでは無いかと申しているのだろう。丹波守様は尾張方面の攻略のために御屋形様が若殿麾下から岡崎城代として直下に鞍替えされた。


「つい最近まで丹波守様が若殿のお近くに見えたとて今は御屋形様の麾下なのだ。それに笠寺には飯尾豊前守様や浅井小四郎様等、御屋形様の重臣も入っている。何が起こるか分からぬ。我等の判断で深入りしては成らぬ」

「はっ」

戦の前に、頭領から文が届いた。文には具(つぶさ)に戦場を確認して詳細を纏めるように指示があった。それに、味方のためと言えど介入はするなとも。大方、御屋形様と若殿の間に軋轢が出来ることを心配しているのだろう。確かに若殿のご活躍は目覚ましい。御屋形様としては三河と尾張にまで手を出されるのは御不快だろう。御屋形様とて暗愚ではない。むしろ優れた方でお年もまだお若い。その手で大を成し遂げたいとお考えでも不思議ではない。次代が愚かなのは不幸だが、優秀過ぎるのも悩みものとはな。全くこの世とは難しいものよ。


一人考えていると、甚助がじっと儂の顔を見ていた。若いな。微かに不満の顔が見て取れる。忍びが腹の中を見せてはならぬ。まだまだだぞ。


「思うところはあろうが、我等の任務は此度の戦いを具に見て書き留めることだ」

儂が二人の顔をじっくりとみて話すと、二人がゆっくりと大きく頷いた。

「それに大和守様が来るまでは山口殿の方が兵力は多い。山口殿は対今川の最前線で長年戦って来られた方だ。遅れは取らぬだろう。問題は大和守様がお見えになった時だが、その頃には申の刻だ。少し耐えれば戦は終わる。山口殿の軍配に期待しよう」

二人が再び頷いた後、音もなく散って行った。さて、儂は戦いの記録をするとしようか。


紙に纏めようと矢立の硯を用意していると、戦場からの音が一際大きくなった。織田の本隊が打ち掛かったのだろう。戦いはこれからだ。




天文二十一年(1552)四月上旬 尾張国愛知郡笠寺村 笠寺砦 岡部 元信




「申し上げます。清洲城より織田大和守殿の手勢、六、七百が出陣し、北東の迂回路を使って赤塚に向かっておりまする」

軍議をしていると、慌ただしく走る音とともに使い番が表れた。大和守がついに動いたか。

「六、七百となると、これが戦場に到着すれば九郎次郎殿が苦しくなる。いくらか兵を出して支えるべきかと思いまする」

「いや、桜中村城の左馬助殿が必要あらば兵を差し向けるはずじゃ。我等は那古野、清洲に近いこの地をしっかりと守る方が先決じゃ」

「左様。禅師からもなるべく山口親子に戦わせるべしとご指示を受けている。無闇に兵を出して我等の兵を失う必要もあるまい」

儂が意見を申すと、葛山播磨守が様子見を主張して、飯尾豊前守が同調する意見を申された。


「桜中村城の兵力は五百程なれば、援軍を出す程の余力は有りませぬ。この砦にいる二千五百の兵から幾らか出す方が得策にござる」

「大和守殿の手勢が赤塚に着く頃にはまもなく日暮れのはずじゃ。であれば無理に援軍も必要なかろう」

儂が食い下がると、浅井小四郎殿が先の二人に続くような様子見の意見を申された。播磨守殿と豊前守殿も小四郎殿の意見に頷いている。……ここまで反対されると覆すのは難しいな。雪斎殿からのご指示が基本的に静観せよというものである故に、皆が消極的な意見を申している。分からぬ訳ではないが、勝てる戦を見す見す捨てるのは勿体ない。


「敵が赤塚方面に兵を動かしているのであれば、こちらから打って出るのは如何で御座ろう。那古野城は手薄なはず。後詰の可能性がある清州勢も今また赤塚に向かっておる故、ここは攻める好機と心得る」

「丹波守殿の意見は一理ござるが、末森城にも織田勢がおり申す。今のところ末森の織田は静観しておるようだが、我等が踏み込み入れば、打って出てくるかもしれぬ。それに雪斎殿のご指示を考えると、ここはじっくりと様子を見るべきでござろう」

「左様。山口親子がしかと我が方に付いたのか否かを見極めるためにも、山口勢に頑張らせる方が得策でござろう」

「そうじゃ。急いては事を仕損じると言う。ここはどっしりと構えて果報を待とうではないか。それに山口殿が敗れたとて我が方の優位は覆らぬ。この笠寺に二千五百の兵力がおれば織田の好きには出来ぬはずだ」

お三方が畳みかけるように反対してきた。

「なれど……」

まだ物を申そうとすると、長老格の飯尾豊前守殿が"丹波守殿、ここは禅師の命に従うとしましょうぞ"と訴えてきた。これ以上粘っては軋轢をつくるな。仕方ない……。ここは大人しく引き下がるとするか。


しかし、禅師の命は絶大だな。気持ちは分かるが、折角戦場のすぐ側におるのだ。今少し臨機応変に事を考えてもよいと思うが……。これも儂が若殿の元にいたから思うのかも知れぬ。若殿と禅師の命の出し方の違いもあるな。若殿はどちらかと言えば、方針を伝えた上で前線の将には裁量を与える傾向があった。それに若殿の陣での軍議は、成るか成らぬかは別にして闊達に議論されていた。


それにお三方の言い方は山口殿を他人事のように申されている。確かに寝返って間もなく信用がおけぬという気持ちは分かる。だが、だからと言って敗れても優位は覆らぬとまで申さずとも良いものを。

いや、これも若殿のお近くにいたからそう思うのかも知れぬ。若殿は"今川には恩顧譜代の頼りになる家臣が沢山いる。名家に仕えていると誇りを持ってくれているものも多い。これは有り難い事だ。だが名家なだけでは家は残せぬ。将軍家を見れば分かるはずだ。外に優れたものあれば俺は迷わず登用する。悔しければ励んでくれ。優れた家臣は何人でも歓迎するぞ"と仰せだった。いつぞやは信賞必罰と言う軸が掛けられていたな。若殿に認められるために皆が励む雰囲気は心地よかった。


フッ……。ふと独りでに笑みが零れる。まだ離れて間もないというのに若殿の元にいたことを懐かしく思っている自分がいる。いかぬ。儂は御屋形様直々に呼ばれてここに来ている。今川のために、今出来ることをするだけだ。



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