第五十一話 新年




天文二十一年(1552)一月上旬 駿河国安倍郡府中 今川館 六条 美代




「忍ぶれど 色に出でにけり」

"バシッ"

「ひゃっ」

「おぅ」

殿と聡子様が同じ札を取り合って手が触れる。

途端に聡子様が顔を赤くして着物の裾でお顔をお隠しになった。


「痛くなかったか」

「は、はい……」

殿が優し気に言葉を掛けられる。着物でお顔を隠しながら、聡子様がお応えになられた。


「この歌は覚えがあって取れるかと思うたが、わずかに聡子の方が早かったな。流石だ」

殿が冷静に話ながら札を聡子様の山へとお運びになった。


「お嶺もお隆も負けておられぬぞ」

「まだまだここからですわ」

「が、頑張ります」

若殿の発破に、お嶺さまが意気揚々と、お隆さまが静かに頷かれた。このお二方は性格が全く異なって面白い。お二人ともそれぞれ良いお方であるが、武田家に輿入れが決まっていらっしゃるお嶺さまは負けん気がお強い。今も一枚でも多くを取ろうと必死に場所を覚えようとされている。


一方、末の妹君であるお隆さまは基本的に物静かだ。お嶺さまは殿に似てよく外に繰り出すことがお好きであるが、お隆さまは動くよりも書物をお読みになったりされて静かにされていることが多い。武家の姫君というよりも、公家の姫君に近いものがある。


「あらざらむ この世のほかの 思ひ出に」

“バシッ”

今度はお嶺さまがお取りになられた。

さて、札はまだ半分程ある。まだ先は長い。



対局は、間にお菓子を頂くなど楽しく時間をかけて行われて終了した。聡子様とお嶺さまが競ったが、最後は聡子様が僅かに競り勝った。

「流石ですわ。義姉上様。また機会があればお付き合いください」

「ええ、喜んで。楽しかったですよ」

「私もぜひご一緒できればうれしゅうございます。次までに学んで参りまする」

「お隆さま、もちろんです。楽しくやれれば良いのです。あまり追い込まずになされませ」

お嶺さまとお隆さまが下がられていく。静殿と二人で片づけをしていると、茶を飲んで寛がれていた殿がお立ちになられた。日はまだ高い。政務に行かれるのかも知れない。


「政を少し片づけてくる。日が暮れる頃には戻るつもりだ」

「行ってらっしゃいませ」

聡子様と私と静殿で殿をお送りする。頭を下げていると

“聡子、手を出してくれ”

と殿がお声を掛けられた。何事だろうかとつい皆で頭を上げると、殿が手を出すように動きで示されていた。

聡子様が手を差し出すと、殿がおもむろに取り出した一枚の札を聡子様の手に置かれた。先ほどまで遊んでいた札に似ている。何かの一枚だろうか。裏になっているのでここからは分からない。

“では行ってくるぞ”

殿が言葉を残してすたすたと執務の部屋へ向かわれた。


「聡子様、殿は何を」

静殿の言葉を受けて、ぽかんと殿を見送っていた聡子様が手元の札をひっくり返す。

「まぁ」

「これは」


“瀬をはやみ 岩にせかるる 瀧川の われても末に 逢はむとぞ思ふ”

めくった札には崇徳院のお歌が描かれていた。




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