第14話 二人にバレた好きな人

 何だかんだと今週は忙しかった。一昨日の水曜日、営業担当者を伴い、さつきさんと三人で小泉観賞魚店を訪問し、卸販売の契約を結んだ。

 従来は仕入れを問屋にまとめて任せているそうなので、今回は例外的な措置だ。

 そして最後に展示用の機材を一式預けると、私達は会社へ戻った。


 翌日からは全社員販売についての資料を作成した。

今回、実施したい内容をまとめた用紙と、その他の施策を比較した用紙、最後にスケジュール案と見込まれる効果など盛り込んだ用紙、これで社内説明を乗り切りたいと準備を進め、完成させた。


 実施効果については、売上増などの数値で示すのが今回は難しい。

定性的な効果としては、他部署業務への理解が深まることによる、意識改革や商品理解度の向上、そこから社内での連携力を強化し、顧客満足度の向上や社内一体感の醸成につなげる。そんなシナリオにした。


 その効果を確実な物にするため、外部リソースを活用した事前事後研修を組み込み、社内講師による実務的な部分と、社外ファシリテーターによるマインド醸成部分の研修も行う。


 実施は今年度に二回、次年度にもう一回行う。


予算については、松竹梅のように実施内容に応じて三案載せた。


「お疲れさまです、知恵さん。完成ですか?」

「うん、そうだね。さっそく保管場所を送っとくね」


「いつものフォルダですよね」

「そう、その中に社内説明ってフォルダを作って入れてある」


「月曜に見ますね」

「助かる、ありがとう」


「これで上がりですか?」

「うん、そう」


「予定あり?」

「うん、課長と」


「へぇ、いいなぁ」

「来たい?」


「はい」

「聞いてみるよ」


私は課長へメッセージを送った。


『さつきさんも参加したいそうです』


すぐに既読マークがついた。

だからすぐに返事がくると思ったのだけれど、返事がこない。

不思議に思って課長を見ると、私の事を見ていた。


 その目はなんと言えば良いのか、少し憂いを帯びているようだったが、課長は視線を前に戻すとパソコンに向かった。


『いいわよ』


 返事はいつもどおり簡潔で、そこからは何も読み取れない。

悲しみも無いが、喜びも感じなかった。


 定時を過ぎたので、さつきさんと二人で一階のロビーまで降りた。

少しして課長もそこへ加わった。

そこから駅まで歩いたところで、今日はどこで飲む予定なのか、課長に確認した。


「宅飲みのつもりだけど、どう?」


「いいんですか? すごく嬉しいんですけど!」


 さつきさんが喜んでいる。それなら嫌がる理由も無いので、お邪魔することにした。


「金曜だし、泊まっていくのよ」

「えっー、それも嬉しいです!」


 泊まりなんて聞くと、前回、課長のお宅に泊まった夜のことを思い出してしまう。

次には、そばで喜んでいるさつきさんの部屋に泊まった夜、さらには、小泉陽子ちゃんと過ごした夜……


最近、おかしい……


 急に私の周りがふわふわと浮き上がるような感じがして、ほのかに色付いている感じがする。

そして私も物凄く、その雰囲気に飲まれてしまっている……


 でも、その時々は嫌じゃなくて、素直な自分の心に従っただけで、今でも後悔はしていない。

ただ、三人に好意を示されて、その好意を受け取ってしまった事には責任を感じている。


 少し勝手なことを言わせてもらえば、そのうちの誰かが、私を染め上げてくれれば、つまり私の心をがっちりと掴んでくれれば良かったのに。


 正直、私の未成熟な心では、まだ一人を選ぶことは出来ない。

それにどの程度、私のことを好きだと思ってくれているのかも、比べることが出来ない。


 もちろん、一番大きいのは、三者が三様に魅力的であることだ。

一人ひとりが十分に魅力的で、私との関わり合いも、性格も、その…… 愛情表現も違って……


そんな事を考えていたら、二人からの視線に気付いて、思わず笑顔を作った。


「何を考えていたいたんですか? 何か顔が緩んでましたよ。仕事のことですか?」


「違うし、ちょっと昔のことだよ」


「あー、陽子さんですねー」

「何でそうなるのよ!」


「小学校が一緒で、久しぶりに再会して、仲良いんですもんね」

「ちょっ、それ以上話したら駄目よっ!」


「何の話? さつきちゃん教えて」

「はい、その幼馴染と一晩を伴にしたんですよ」


「あら、それならさつきちゃんもそうでしょ」

「げっ!? 何で知ってるんですか?」


「まあ、分かるもんよ」

「こわっ」


 怖いも何も私は二人のやり取りを聞いて、冷静にいられなかった。


何も知らなかった課長に、他の二人とも夜を伴にしたことがバレてしまった。


 さっき思い出していた喜びが束の間で、今はどうしようかと、電車の天井の辺りに視線を漂わせていた。


「案外とモテるのね。私以外にも一緒に過ごしたなんて」


「えっ」


課長が自らバラしてしまった。

これで、さつきさんにも全部バレた。


「へー、同時に三人ですかぁ… 確かにやり手ですね。まぁライバルが多少居ても構いませんけどね」


「さつきちゃんはまだ若いから譲りなさいね」

「恋愛に歳とか関係ありませんよ。惚れさせたもん勝ちです」


「あの、ごめんなさい。私の好みとかも考慮して下さいね」


「それは分かっているわよ。同性とも恋出来る人でしょ」

「そうですね、むしろ同性が好きなんですよ、きっと」


 いつの間にか、二対一で私が攻められる側になってしまった。これはもう、ため息をつくしか無かった。


 ホームへ降りると、帰り道のスーパーで食べ物とお酒を買う。


「課長、宅飲みだから、飲む気満々ですね。それにしても多くないですか? 強いお酒も多いし」


「あーっ、それね…… そうね。家はシェアメイトが居るのよね」


「えっ! 良いんですか、お邪魔しても?」


「大丈夫よ、気にしないでいい相手だから」


「へぇ、それにしても意外です。課長にそんな人が…… あれっ! じゃあ、知恵さんは遊び!?」


「何を言い出しているの! そんな訳ないでしょ! 同居人はただの幼馴染よ!」


 今、私が口を挟むと、私が矢面に立ちそうなので、様子見を決めこんだが、気のおけない者同士のおしゃべりをしている二人が、羨ましく、でも何だか気も引けて、眺めていた。


 スーパーでの買い物を済ませると、課長の家に向かうが、相変わらず、さつきさんが同居人はどんな人なのかと情報を引き出そうとしている。

そこへ社長秘書の河出 ひろ美さんが追い付きてきた。


「お疲れさまです」


後ろから掛かった声に、私とさつきさんが反応して挨拶を返した。


「ひろ美さんはこの辺りなんですか?」

「そうなのよね、さつきちゃんは?」


「これから石田課長のところで宅飲みです」

「へぇ、そうなんだー。課長と女子会なんだね」


「そうですね、はい」

「もしかして、石田課長は女の子が好きなのかな」


「えっー!? そうなんですかー?」


 今、ひろ美さんとさつきさんが二人並びながら、後ろを歩いている。

当然、課長の耳にも届いているだろうが、あえて聞き流しているのだろう。

 でも、課長とひろ美さんて、何だろう。お互いに相手の事が良く分かっているから出来るような余裕を感じる。


 課長を先頭にエントランスホールに入り、エレベーターを待った。

いつの間にか荷物を手にひろ美さんも並んでいる。


扉が開き、全員が乗り込むと、さつきさんが聞いた。


「ひろ美さん、何階ですか?」

「同じ階よ」


 そして皆が同じフロアに降りた。

そこから廊下は一方向に伸びているので、ひろ美さんを先頭に歩いた。


そして、ひろ美さんが立ち止まり、鍵を開け扉を開いた。


「どうぞ」


「ありがとう」と課長が入り、「お邪魔します」と私が入った。

最後にさつきさんが「失礼します?」と入り、ひろ美さんが入ると扉を閉めた。


「さつきちゃん、ルームメイトはひろ美なの」

「えっー、会社でそんな素振り見せないから、まったく気が付きませんでした」


「うん、だから、内緒にしてね」

「は、はい」


「じゃあ、適当にハンガーとか使ってリラックスしてね」


鞄を起き、食材をテーブルに並べると、私はジャケットをかけた。


そしてグラスと食器を並べたら、さっそく宅飲みを始めた。


 最初の酒の肴は、課長とひろ美さんの話で、私が前回聞いた話が大半だった。でもそこに私がひざ枕をしたって話が付け加わってからは、のんびりと食べてはいられなくなった。


「酔い潰れた香織をひざ枕して、その後はねー、一緒にお風呂に入って一緒の布団で寝たのよ」


「えっー、それで何したんですか?」

「香織は手が早いから、もう全てを味わったでしょうね」


「ひろ美、でまかせが過ぎるよ。手が早いなんて根拠ないでしょ」


「ねえ、知恵ちゃん、もうキスぐらいされたわよね、後は何されたの?」


「えっと…」と口ごもりながら、一生懸命に考えた。


 すでに私とは関係のある二人がいる前で、嘘は付きたくないけど、ひろ美さんに教える訳にもいかない。


「ひろ美、まだ無理よ。もっと飲ませたら口を割るかも知れないわ」


課長が助け舟を出してくれた。


「そうね、じゃあ、みんな飲むわよ」


 そこからは飲んで食べて喋ってを繰り返し、お互いに少しずつ今までの恋の話とかをしながら盛り上がった。

そして、限界をむかえた者から脱落し始めた。

 始めは課長の介抱を私がし、それを肴にさつきさんとひろ美さんが飲んだ。


 今、課長はソファに横たわり、私の膝を枕に酔いを冷ましている。私も課長の背中をさすりながら、早く楽になるように願った。


不意に課長が話しかけてきた。


「今日はどう寝ましょうか」

「あっ、私、ソファで」


「それならさつきちゃんが香織と一緒かな。それともさつきちゃんが私とベッドで寝るかな」


さつきさんと課長が一緒に寝るんだ…

他に方法ないかな…


 課長はひろ美さんと寝て、私はソファ、そしてさつきさんが課長のベッド。これがいいな…


そこへひろ美さんがやって来た。


「香織、楽になったー? また飲めるー?」

「楽になって来たわよ。でもここがいいわ」


「そっ。もう寝たい?」

「まだ大丈夫よ」


「シャワーは?」

「あとからでいいわ」


「さつきちゃん、順番にシャワー浴びましょうか、着替え用意するわ」


そう言って、まずはひろ美さんが入浴した。


 ひろ美さんが居なくなって話し相手が居なくなってさつきさんがソファのそばに来た。

そして、そばに座ると課長の髪を触り始めた。

 始めは梳かすようにゆっくりと撫でていたが、課長の目が閉じていると、

次第にその手が頬に移り、口元に移った。

さつきさんは唇の端を触りながら、課長に問いかけた。


「課長は女性しか愛せない人なんですか?」

「今はそうね。昔は男性も好きになったわ」


「私はずっと女性が好きです。でも相手を見つけるのは簡単では無くて…… だから知恵さんを渡しません。諦めてください」


「さつきちゃん…… うん、分かったよって言えるほどの軽い想いじゃないの」


「はぁ…… やっぱりそうですか。これで三人で知恵さんを取り合うことになりましたね」


さつきさんが私の顔を見た。


 でも私に誰かを選ぶことなんて出来ない。狼狽えているとさつきさんが聞いてきた。


「どうしたら決められますか?」


「それは難しいんじゃないかしら。あなた達、知り合ってからまだ二週間ほどでしょ」


髪をタオルで拭きながら、ひろ美さんが話に入って来た。


「さつきさん、ごめんなさい。まだ決めるも何も、私がどう選ぶのかも、皆がどういう人なのかも分かっていなくて……」


「そばに居るのが近道になりそうですね、シャワー浴びてきます」


さつきさんはひろ美さんと浴室へ行った。

そして課長と二人きりになった。


「私、職権濫用してたかな…… パワハラ、セクハラ…… ひざまくら…… してもらいながらで何だけど、嫌なら嫌って正直に言ってね」


「課長、少しズルいです。嫌ならきちんと断るって分かってますよね。私、課長に憧れていて、目標だと思っていて…」


でも、頭に思いついている言葉が口から出せない。


「そこまでか…」


「だって、後で、嘘になるかも知れなくて、もちろん嘘じゃないけど、好きに…… 順番をつけなくちゃ……」


「それ、あとでの話でしょ。今は?」


 課長の顔が滲んでくる。

でも私も伝えたい。物凄く我がままな事だと分かってる。でも、まだそばに居たい。


「私…… 好きです…… 三人の中で1番とか分からないけど、そばに居たいです……」


 もう涙があふれて止まらなかった。

そこへひろ美さんが黙ってタオルを渡してくれた。


ひろ美さんはダイニングへ戻ると、残っていたワインを飲み始めた。


 さつきさんが戻って来た。いよいよ寝る場所を決める。ひろ美さんが口火を切った。


「香織とさつきちゃんが、知恵ちゃんと二人きりになると、危ないみたいだから、知恵ちゃんは私と寝るわ」


「私と課長ですか?」


「ちょっと待ってよ。知恵ちゃんは私が連れてきたのよ。だから私と寝るわ」


「どう、さつきちゃん?」


「嫌です。そばで二人きりでいるなんて」


「まぁ、そうなるわよね。じゃあ、三人はリビングで雑魚寝しなさい」




 入浴は課長が入り、私が入った。私は誰かと二人きりにならぬよう、ひろ美さんが絶えずそばに居た。


ソファにさつきさんが寝ると、私と課長は一枚の布団の上に横たわった。


 さつきさんに釘を刺されるまでもなく、何もする気は無かったが、課長には別の考えがあったようだ。


 私と指を絡めると力をこめたり、抜いたりしながら私を眠りにつかせない。そのうちに空いている手が私の髪を撫で、耳を触り、吐息が漏れてしまう口を唇でふさいで来た。


 優しく触られながら唇を重ねていると、身体の中が熱くなってきて、もっと課長に触れてほしくなってしまう。


 恥ずかしいのに身体がよじるように動いてしまって、自然に課長の体にすり寄ってしまう。

そして体が重なると課長の手が私の背中に回った。


 もう甘い香りに包まれて、頭の中はじんじんと痺れるようで何も分からなくなっていった。


(つづく)

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