第13話 仕事がえりに さつきに誘われて

 小学校の同級生、陽子ちゃんと一夜を伴にした後、家に戻り、もう一度シャワーを浴びると、気持ちを切り替えて出勤した。


 でも歩いていても、電車に乗っていても、昨夜の事が頭に浮かぶ。

それでも社屋が見えてくると、ようやく頭が切り替わった。


「おはようございます!」

「おはようございます」


一番乗りのさつきさんに挨拶をするも、何だか少し居心地が悪い。


「あの後、お話出来たんですか?」

「うん、お客さんが居なくなるのを待ってからね」


「じゃあ、結構遅くなったんですね」

「うん、そうだね」


「知恵さん、どうしてこっちを向いてくれないんですか」

「えっ…」


 指摘されて気付いた。私、たぶん、さつきさんの顔を見るのが怖い。

 何か嘘をつく時、見破られそうで、無意識にパソコンの画面を見ていたのかも知れない。

 後ろめたい事は何もないのに、と思いながらも、さつきさんからの明らかな好意を浴びるのが辛かった。


「何かありましたね」

「な、何もないよ」


「じゃあ、今日はまた家でご飯食べましょう」

「えっ…」


明らかに戸惑いの声が漏れてしまった。


「不都合ありますか?」

「無いよ…」

「じゃあ、定時退社を頑張りましょうね」

「うん」


 そう、不都合は無いんだけど、なぜか罪悪感を抱く。

 決して人に言えないような事を、昨晩した訳ではないんだけれど、じゃあ、誰とでも出来るかと言われればそうでは無く、やはり秘密にしておきたい。

 だけど、さつきさんは何かあったのか、知りたいんだろうな… そう考えると気が重い。


 結果として今日は仕事に集中出来ない一日だった。隣にいるさつきさんの声が集中の邪魔になり、何度となく席を外した。

 これでは残業などしても時間の無駄だったので、定時に上がらせてもらった。


「岡田さん、お先に失礼します」

「おう、ゆっくり休めよ」


 さつきさんと一緒に会社を出ると最寄り駅で降りて、駅前で夕食を済ませ朝食を買い、さつきさんの部屋へ行った。


「おじゃまします」


 さっそく猫達がお出迎えに来た。

勧められるままにソファへ座るとテレビを眺めた。何だか次第に緊張が解けて脱力してきた。

眠気が襲ってきたかも知れない……


そこへさつきさんがお茶を持って来てくれた。


「何だか眠そうですね。疲れてますか?」

「分からないけど、眠気がね…」


「着替え貸しますので、着替えて横になって下さい」


 ニットとブラウスをスウェットに着替え、スカートも履き替えるとベッドに寝かせて貰った。


楽だ…… やはり初めてのことをしたから、夕べはそれなりに疲れたようだ。


「少し眠ったら起こしますよ、メイクも落とさなきゃ」


 そんな言葉が耳に届いたが、もう口を開くのも億劫で、そのまま眠りに落ちた。


誰かが頭を撫でている……

気持ちいい……

このままがいい……


「知恵さん、起きないなら…… 私も隣に……」


うぅーん…… 掛け布団が動いてる…… 誰か隣に入って来た……


「知恵さん… ハグしていいですか」

「うんん…」

「まだ寝ぼけてますね」


んー…… 何か柔らかい……

あったかい……


「知恵さん、そんなところで動かないでくださいっ、くすぐったいです。でも、可愛いです」


さつきの胸に抱かれた知恵の頭が時々動く。

でもこうやって抱けば、サラサラな髪も触れるし、甘い香りも楽しめる。

このまま、私のものになってくれればいいのに……


昨夜、陽子さんとの間に何があったのかは分からない。でもこうして触れ合っていると、不思議と何も気にならなくなる。

このまま、寝かせてもらおう。


 翌朝、腕が痛くて目が覚めた。目を開けると私の腕の中には知恵さんがまだいた。

そうか、一晩中抱いていたのか、嬉しくて口元が緩んだ。

知恵さんはまだ眠っている。それじゃあ……


眠り続ける知恵さんのおでこにそっと口付けした。


それでも起きない彼女。


どこまで起きないか、試してみたくなった。


知恵さんの頭から静かに腕を抜き、仰向けに横たえると、私は覆いかぶさった。


そして、額、眉毛、目蓋、頬、と口付けると、知恵さんを見た。


目蓋が微かに動いているような気がする。


「知恵さん、起きましたか」


返事は無い。


「寝たフリしてるなら、キスしちゃいますよ」


覚悟を決めて唇へ近付く


その唇が動いた


「さつきさんは私が好きなの?」


もうあと僅かだったのに、ささやき声が吐き出す息さえ届くぐらいに近付いていた。

止まらずに唇を寄せれば、触れ合っていた。


でも、止まってしまった。

だって、たぶん知恵さんの心は私に向いて…


「キスしたいのよね……


いいわよ」


「えっ……」


もう堪える理由は無かった。知恵さんが認めてくれている。だったらもう……


荒々しく唇を重ねると、知恵さんが迎え入れてくれて……

嬉しくて心地良くて、そして無心で知恵さんを感じる。


「好きになってくれてありがとう」


涙を流す私の頭を抱えながら、知恵さんが話す。


「夕べは寝ちゃってごめんね。本当は聞きたかったんでしょ」


知恵さん、何を言い始めたんだろう……

少し気になって、涙が落ち着いてきた。


「あの後、さつきちゃんが帰った後、陽子ちゃんと過ごした。そして昔話をたくさんした。あなたが思うように、陽子ちゃんも私に憧れを持ってる。キスした。ハグした。でもそこまで」


「私も陽子ちゃんを好きだけど、今はそこまで。まだその先まで進んでいいって思えないんだ」


「安心した? だから一緒だよ」


「そんなんで安心なんてしません! だって向こうのほうが先じゃないですか」


だから、知恵さんから離れると、今、一番聞きたいことを聞いた。


「私のこと、好きですか?」


答えを聞くのが、少し怖くて、思うように息が出来ないけど、今のままではいたくない。


「好きだよ」


力が抜けた。ただ、返事が軽くて、笑顔が私を茶化しているようだ。


「でも陽子ちゃんも好き」


「ひどい! 悪人っ! 軽薄ですよ! 簡単に好きを使い過ぎです」


「正直な気持ちなんだけどな。急に色々有り過ぎて、簡単に決められないよ」


「つまり今は一人を選べないって事ですね」


可愛いんだけど、憎たらしい、それなのにその唇が欲しくて、もう一度むしゃぶりついた。


 お昼休みになる前、パソコンでの作業中。

課長からチャットでメッセージが届いたので、開けてみた。


『同じ髪の香り

次はわたしとね』


思わず身震いをしてしまった。


たぶん今、振り返ると、課長は柔らかな笑みをたたえているのだろう。


『金曜日、飲み行くわよ』


これが冗談なのか、本気なのか分かりかねたが、一応、返事をした。


『したがいます』


『よし!』


(つづく)

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