第2話 新天地での仕事開始

 午後になると、ふたたび石田課長から、課長配下の業務とミッションについて説明を聞いた。

 その後、石田課長が岡田係長を招き寄せると、岡田チームの業務と、私の担当業務を聞き、最後に情報セキュリティに関する導入研修と、誓約書を提出し、初日が終了した。


「一日、聞きっぱなしで疲れたでしょ。みんなでご飯食べに行こうか」


 岡田係長が誘ってくれた。見ると、今村さんもそばに立っている。

そして石田課長も「行けるよ」と言って集まってきた。

 そこに更に数人が加わって、お昼食べた定食屋さんに向かった。


「あそこのお店、お昼より、夜のほうがメニューが多いんですよ。それと奥の場所に案内してくれるんです」


 どうやらよく使うようだ。

店内へ入り、椅子に座ると、お水やおしぼりなどを運んできてくれた。

 テーブルごとに好きな物を頼むと、最後に課長が唐揚げを全部のテーブルに頼んでくれた。


「課長とくるとお約束でね。それと焼酎が一升瓶でキープしてある。無くなったら、また課長の名前でキープする。石田チームの特権だな」


「課長、お酒好きなんですが?」

「たぶん、下戸だな」


「岡田さん、たぶんってなんですか。本当に下戸ですよ」

「いやっ、なんか昔の武勇伝を聞いたことがあって……」


「だから、控えているのよ。すぐに正体を失っちゃうから」

「いやー、石田さんの介抱してみたいなぁ」


「係長、その発言、大丈夫ですかっ!」

「大丈夫よ。岡田さん、EDだから心配なし」


「課長、その発言もどうだかと思いますけど」

「私達、腐れ縁でね。残業して遅くなっら、二人してここで、ご飯食べてるの。だから夜は心配しないでね」


 岡田さんもニコニコと笑いながら、ウーロン茶に焼酎を注いでいる。隣に座る今村さんも楽しそう。

隣のテーブルの人達も気にしてなくて、各々が喋ってる。


ああ この雰囲気……


前の会社でまだ若手だった頃を思い出す……


みんなが居心地良さそうにしていて、気持ちいい。


 それが、本社の経営戦略室に異動してから、嫌な空気になったんだっけ……

 自担当以外はすべて敵で、他部のみならず、自部内でも別担当とは騙し合い、手柄を取り合う。そして失点すると……


 青臭いけど、見せかけで働いたフリをするような部署は、もう嫌だった。


 夕飯を食べ終わると、しばらくおしゃべりをして、お開きになった。

岡田さんは妻帯者で、石田課長と今村さんは独身。ひとまず駅に行くと、それぞれの方向の電車に乗る。そこから私は今村さんと二人になった。


「今村さんはどこなの?」

「あおぞら台です」


「あれっ、一緒だよ。どの辺かな?」

「ロータリーがある南口から三分位のアパートです」


「住所は?」

「あおぞら台一丁目ですね」


「うちは二丁目」

「近そうですね」


「今度、遊びに行ってもいい?」

「大丈夫ですよ、どうぞ」


「ありがとう、ちゃんと事前連絡はするからね」

「見られちゃ困ることはありませんよ」


「そっか、歯ブラシ二本とか無いんだ」

「知恵さん、その発言も微妙ですよ」


「あっ、ごめん! 嫌だったね」

「いいえ、私、ちゃんとパートナー募集中って内外に知らせていますから」


「今村さん、可愛いのに…」

「愛せる相手が限られてるみたいで、そこまで好きな人に会えないんですよね」


「そうなんだ。私はお試しでいいから、デートしてみたいな」

「知恵さんこそ、美人なのに相手無しですか!?」


「何だかねー」

「分かりました!」


「分かりましたって何?」

「大丈夫です! 悪いようにはしません。ところで、名前呼びでいいですか?」


「いいわよ。私もさつきさんって呼んでいい?」

「はい、ちゃんでも良いですよ」


「ありがとう、さつきさん」

「何だか、少し、くすぐったいですね。自分がちょっと上品になったみたいです」


「そうだね、さつきちゃん」

「やっぱり、さんが良いです!」


「うん、ごめん、からかっただけ、さんで呼ぶよ」


 駅に着くと、一緒に降りて、改札に向かう。さつきさんは左斜めに向かう道路を行くはずで、私は右に向かう道を歩いて帰る。

改札を出たところで、別れて家へ向かった。


「ただいま!」

「おう、お疲れ」


 お父さんが玄関まで出て来た。たぶん私を心配して待っていたのだと思う。


「良い人達ばかりで、さっそく夕飯一緒に食べて来た」

「そうか、良かった。じゃあ、先に寝るな」


「うん、おやすみなさい、ありがとう」


お父さんは片手をあげて手を振ると、寝室のほうへ入って行った。


「ただいまー」


リビングに顔を出すと、お母さんと、お姉ちゃんがテレビを観ていた。


「三人の担当なんだけど、もう一人は歳下の女の子で、係長は既婚者の男性なの。二人とも気さくな感じでね、課長は女性。たぶん気配り上手だと思う」


「また、嫌にならないように、頑張りなさいよ」

「はーい」


「お姉ちゃんは何してたの? 花嫁修業?」

「ぶつよ! ちゃんと働いてきたんだから、出会いは無いけど」


「婚活の会員になって、選択肢を増やしたら?」

「言われなくたって真剣に検討中よ。知恵こそ、明日は我が身だからね」


「へーい、頑張りまーす」

「お風呂空いてるわよ」


 お母さんに言われたので、お風呂へ入るとベッドに入り、眠りについた。


 翌日は朝から社内ネットワークに接続し、プリンタやスキャナを使えるようにし、メール、共有フォルダ、そして、社内システムの設定を行った。


 さつきさんが、しっかりと事前申請してくれていたおかげで、いくつかあるIDもすべて利用可能で、問題なくログインする事が出来た。


 以前の会社だと、転入して来た本人が、申請やインストールを行うため、長い時には一週間、社内システムの一部が使えずに不便するという事があった。


 お昼休みなると、今日も、一緒にご飯へ行く。課長は別の担当と行ったので、今日は三人だ。


「親子丼の美味しい店、行くか?」

「岡田さん、行きましょう!」


さつきさんが嬉しそうだ。


「知恵さん、アレルギーとか大丈夫ですか?」

「うん、何もない」


「じゃあ、決まりです。」


三人で少し歩くと行列の後ろに並んだ。


「有名店なんです」

「中に入ると、色紙とか、取材時の写真とか、いっぱいあるぞ」


「楽しみですね。そうだ、さつきさん、パソコンの準備とか、ありがとう。全部、簡単に済んだよ」

「良かった、抜け漏れが心配だったんです」


「バッチリ!」


「良かったなあ、さつきさん」


「あっー、岡田さん、今、少し馬鹿にしたでしょ」

「俺もさつきさんって呼ぼうとしただけだよ」


「岡田さんはまだ駄目ですね」

「マジかー、もう三年も一緒なのになぁ」


なんだかんだと、二人のやり取りに、合いの手を入れながら、おしゃべりをしていると、順番が来て、席に案内された。


「親子の並を三つでね」


岡田さんが店員さんにすぐに注文してくれた。


 店内を見回すと、確かに情報番組や旅番組などの記事や写真が飾られていて、サインやイラストなどもあった。


「老舗なんですね」

「そうみたいだよ。俺が入社した時には、すでにあったからね」


「ここの親子丼、割下が美味しいんです。もちろん卵も鶏肉も、地元の美味しいやつを仕入れているみたいです」


「そうなんだ。楽しみだね」

「きっと、東京なんかより、美味しいです!」


「すごい力がこもってるね」

「はい、アンチ東京ですから」


「さつきさんは、どこ出身なの?」

「隣の緑丘市です」


「車なら通えそうだね」

「そうなんですけど、遅くなった時に危ないから止めろって、親に言われてて」


「たまに遅くなるの?」

「そうですよ。徹夜はしませんけど、終電続きってことは、年に数回はあります」


「まあ、駅が一緒だし、仲良く帰ろうね」

「おっ、二人ともあおぞら台?」


「偶然一緒で、たぶん近所です。岡田さんは?」

「川原田」


「少し会社から離れてますね」

「実家だからね。昔から田んぼと畑してる。最近は果物もね」


「岡田さんといると色々もらえますよ」

「まあ、たくさん採れるからね。もうじきブルーベリーかな」


 岡田さんが、おおらかで懐が深そうな感じがするのは、自然相手に仕事してるからかなと、少し思った。

自然相手には、どうにもならない時もあるだろう。


「美味しいっ! 少し甘じょっぱさが絶妙! 鶏肉も歯応えがいいね」


「ねっ! お漬物とみそ汁しか付かないけど、十分でしょ。おまけにこの場は岡田さんのご馳走なんです」


「あっ、こらっ。何でご馳走になる側が先に言うかな」

「ほらね」


「まあ、そのとおりだけどさ」


「すみません、遠慮なくご馳走になります」


「うん、美味しいって言って貰えるだけで嬉しいよ。また来ようね」


「はい、もちろんです!」


岡田さんは本当に嬉しそうだ。


「ここさ、米も上手くてね」

「そうですね、炊き加減がちょうどいいかも」


「そうだよね!」


岡田さんの顔がキラキラと輝いているようだ。


「じゃあ、次はシャリの美味しい寿司屋ですね」

「さつき、すぐに調子に乗るやつだな」


「だって、岡田さんがすぐに木に登るタイプだから」


「お二人はずっと二人きりなんですか?」

「いや、それはなくて、多い時には五人いたんだ」


「五人ですか」

「うん、そこから石田さんが昇進して、二人がほかに回った。それでようやく募集で一人捕まえた」


「最近の話なんですね」

「課長昇進は一年半ほど前で、二人居なくなったのは半年前かな」


「あの時は、寂しかったし、心細かったですよね」

「この二人で、たった二人だからね。何が起こるかと勘繰りもしたよ」


「なので、本当に人が増えてくれて嬉しいんです。大歓迎です」

「そうだな。どのくらいの負荷をかけられるのか、分からないけどな」


「その時には、うちが人を貰いに行きましょう」

「その位、認めさせてやるか!」


 ニコニコと喋る二人といると、私まで何か出来そうな気持ちになってきた。実際にはまだ何一つしていないが、気の持ち用は大切だ。


 オフィスに戻ると、担当内の業務分担が待っていた。岡田さんからの説明によると、今まで二人で担当していた業務の一部を私に回し、新しく生まれる仕事のメインを私にするということだった。


 翌日になるとさっそく新しい仕事、つまり、新年度からスタートする施策の打ち合わせに、私達三人も出席した。


 そして、その打ち合わせが終わると、うちの担当として関わる部分について意識合わせをして、それ以降は私が取り掛かり始めた。


 正直、練習問題といった容易なレベルでは無く、考えて確認して、また考えて確認するということを関係部署の人達と繰り返す作業だった。


 しかし、この会社には、知っている事や気付いている問題点について、知らないふりしたり、都合の悪いことを隠すような人が居なくて、向いてる方向が揃っているような印象を持った。


「岡田さん、少し残業してもいいですか?」

「いいけど、何やるの? 俺らが一旦聞いたほうがいいなら、その時間を明日早めに設けるよ」


「ありがとうございます。ぜひお願いします。それで、残って今日の仕事を少し整理したくて」


「了解。ひとまず二時間かな」

「はい、お願いします」


 何か仕事中の岡田さんは、頼りがいがあって頼もしい感じがする。

このギャップもいいなあ。


「どうしたの? 顔がニヤけてるわよ」

「課長!? お帰りなさい!」


「何かいいことあった?」

「はいっ! そうですね」


「今日から残業?」

「はいっ」


「緊張しないでいいわ。それから社内では私もさん呼びでお願い。ねっ、岡田さん」


「はいっ! 課長さま」


「ほらっ、こんな風に馬鹿にするのよ」


「ふふっ♪」


「うん、良かった。笑顔になって」


(つづく)

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