「ふっざけんな──ッ!」と、誰も居ない教室でイケ好かないギャルの机を蹴飛ばしたら──。ぼっちで陰キャな俺の日常は目まぐるしく変化した。もう戻れない、あの頃には──。
群れからハグれたライオンと遭遇したのなら(後編)
群れからハグれたライオンと遭遇したのなら(後編)
「あ……! 押しちゃった……! ど、どうしよう……」
音霧さんは自動販売機からメロンソーダを取り出すと、困ったように苦笑いを見せてきた。
なるほど。押すつもりはなかったけど勢い余って押してしまったのか。
てっきり確かな意思をもって“コレを飲め!”と、押されたものだと思っていた。
ってことは、苦笑いを返してやり過ごせばブラックコーヒーにありつけそうだが……それはちょっと、違うよな。だって音霧さん、柄にもなく困り顔を見せているし。
……うん。この際、メロンソーダでもいいじゃないか。
大切なのはライオン様からジュースを奢ってもらえるっていう、事実なのだから!
「俺、ちょうどメロンソーダが飲みたい気分だったから、押そうと思ってたところだよ! 押してくれてありがとう……!」
これでいい。これでいいんだ。
「ほんとに? よかったぁ! じゃあひと口もらうね!」
待て。それはだめだろ? どうしてそうなるんだ? 話の前後がまったく繋がってなくない?!
☆ ☆
「ぷはぁっ! やっぱりメロンソーダはサイッコーに美味しいよねっ!」
うん。とっても不思議なことが起こってしまった。
(ゴクゴクゴクゴクゴクゴク)
「ぷっはぁ! くぅぅ! この一杯のために生きているっ!」
それにしてもこの子、めっちゃ飲みよる。
とっても喉が乾いていたんだろうなぁ……。
って、おい! あんたなにしてんだよ! それは俺に奢ってくれた缶ジュースじゃなかったのかよ! しかもひと口って言ってたのに……!
とは、もちのろんで言えるわけもなく──。
「ぷはぁっ! カラオケのドリンクバーまで我慢するつもりだったから助かったよぉ! はい、どーぞ!」
そういうことか。……いや、どういうことだよ⁈
ま、まぁいいさ。大切なのは残量じゃない。奢ってもらえた事実なのだから。いいんだ。これでいい……。
「ぁ、ぁりがとぅ……!」
言いながら差し出された缶ジュースを受け取ると、その軽さに愕然とした。
もう、半分も残っていないじゃないか……。
これを奢ってもらったと言っていいのだろうか。奢りの定義から外れていたりはしないだろうか……。
「さぁさぁ、どーぞどーぞ! グビッといっちゃって! お掃除がんばったんだから遠慮はいらないよぉ! これはわたしからの奢りだからぁ!」
うん。本人もこう言っていることだし。これは紛れもなく奢ってもらった缶ジュースだ!
飲もう。俺の人生に刻まれるであろう、記念すべき一本を!
と、飲み口を近づけると見慣れない跡がついていた。それはとてつもなく如何わしく、俺はすぐにその答えを見つけてしまう。
──ドクンッ。
リップの跡がついている……!
考えてもみれば当たり前のことだった。
人生に刻まれる一本だとか、思い出の缶ジュースだとか、残量だとか……。そんなことばかりに気を取られ、健全な男子高校生が一番に気にするであろう事に意識が向いていなかった。
〝間接キッス〟
しかもリップ跡のオマケ付き……!
「どしたの……? もしかして本当はメロンソーダ好きじゃなかった……とか?」
落ち着くんだ、俺。
ライオン様が子ネズミに与え賜うてくれたものだ。たとえハレンチ極まりない飲み物に変貌を遂げてしまっていたとしても、迷っている暇なんてないだろ!
「そ、そんなことなぃょ! だ、大好きだょ、メロンソーダ……!」
「よかったぁ! じゃあ遠慮しなくていいよぉ。お掃除ご苦労様ぁ!」
わかってはいるけど……。今、これに口をつけてしまったらハレンチが体内に侵入するようなもの。さすれば俺はハレンチの虜にされてしまうかもしれない。
臆するな。大丈夫。……大丈夫。
今の俺には明確な目標がある。NOと言える男になるって決意しただろ!
それに俺は! 軽井沢さんの机を三度も蹴飛ばした男!!
こんなところでハレンチに屈したりは、しない!
だから!!!!
──グビッと、飲む!!
「ぶっは、ごっほげっほ!」
飲み口に唇をつけた瞬間に鼓動は跳ね上がり、ハレンチジュースが喉を通る際に再度、ドクンと脈を打つ──。
だ、だめだ……。とてもじゃないけど、まともに飲む事なんてできない……。
「あははっ! よっぽど喉が渇いてたんだね!」
違うから……! ハレンチの侵入に身体が驚いちゃっただけだから!
くっ……。間接キッス。これも克服せねばならない壁ということか。
カエデライオンとのトレーニングメニューに追加しておかないとな……。
とはいえとにかく、早急にこの場を離脱するのが懸命だ。
彼女はあまりにもハレンチ過ぎる。もう既に、俺の視線は無意識に彼女の唇を追いかけてしまっている……。いやはやまずい。長居をすれば、俺の頭の中はハレンチ間接キッスで埋め尽くされてしまう。
このままでは冗談抜きで間が持たない──。
「なーんかアイス食べたくなって来ちゃったなぁー。ねぇねぇ、そう思わない?」
君って子は本当に! なにを突然言い出しているんだ!
俺は一秒でも早く家に帰りたいの! もうハレンチが怖いの! なにより楓が玄関で伏せをして俺の帰りを今か今かと待っているんだから!
断れ! やれる! 俺ならできる!
だって俺は、お兄ちゃんだから!
ハレンチに屈するような男では、ない!
「そ、そぅだね……!」
ははっ。即答だよ……。
俺はまだ、NOと言えない全肯定のイエスマン。ここで断れるのなら、掃除当番を押し付けられてないっつーの。
……早くトレーニングがしたい。こんな自分、もういやだ…………。
しかしハレンチは止まることを知らず──。
「ねっ! 今日は暑いもんね! こんな日はアイス日和に限るよぉ!」
言いながらハンカチを取り出すと……。待て、待ってくれ! え…………?!
頭の中が一瞬でハレンチに埋め尽くされる。
先ほど俺の顔を拭いてくれたハンカチーフが開放されたワイシャツの第二ボタンの中へ中へ奥深くへと侵入を果たしていた。
え……。そんなところを当たり前に拭いてしまうハレンチハンカチーフだったのか…………。
ってことはさっき、顔を拭かれたとき──。
──ドクンッ。
なんてことだ。ハンカチーフを通して間接的に……。あられもない部分に頬擦りをしていたってことじゃないか!
ど、どうりでハレンチな匂いがすると思った!
思えばあまりにもハレンチ過ぎる匂いだった!
……だ、だめだ。本当にだめだ。
このままではもう、俺はハレンチに飲み込まれてしまう……。
「じゃあ反対口の駅前にあるアイスクリーム屋さん行こっかぁ!」
今ならまだ、間に合う。
断るんだ。これ以上、君と居たら、俺は──。
「ぅん……! そぅだね……!」
あぁどうして俺って奴は……。
楓……ごめん…………。
お兄ちゃんは、もしかしたら今日──。
ハレンチに屈してしまうかもしれない。
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