ハイ! お掃除大好き人間デス!(後編)
その後は瀬須川さんが口八丁に軽井沢さんを宥め、今日のところはカラオケに行くことで決着したものの──。
音霧さんが次の合コンで仕事をしないことには、不穏な空気は続きそうだった。
そして俺は隙を見計らって平穏無事に便所飯を食べている。
できることなら此処に平穏を求めたくはなかったけど、図書室は飲食禁止だから仕方あるまい。
……ふぅ。
確実に今日、帰りのホームルームが終わったら掃除当番を押し付けられるよな。
(もぐもぐもぐもぐ)
困ったな。今までは予定がなかったから良かったけど。……今日は楓と約束をしている。
“真っ直ぐ帰って来てくれるよね?”
朝の玄関で、あの楓が甘えた声でおねだりをするように言ってきたんだ。
(もぐもぐもぐもぐ)
俺はお兄ちゃんだ。NOと言えない男である前に、お兄ちゃんなんだよ!
大丈夫。今や俺はライオン使いだ!
さらには軽井沢さんの机を三度も蹴飛ばした男!
やれる。やれるぞ! やってやる!
(もぐもぐもぐもぐ)
☆ ☆ ☆
そうして──。
帰りのホームルームが終わるとすぐに──。
「おっ掃除〜だぁい好ーき人間くーん!」
ライオンが、来た! type小柄系巨乳と断定! 直ちに殲滅行動に移る!
「ど、どぅしたの……?」
「ふふんっ。うーんとねっ! 今日は特別に大好きなお掃除をさせてあげようかなぁと思いまして!」
これだ。これなんだよ。
音霧さんだけ、俺に掃除を押し付けてくるときの様子が少しおかしいんだ。
本気で俺がお掃除大好き人間だと思っている節がある。
……ふざけんな。
掃除なんて、大嫌いなんだよ!
「……あ、ありがとう!」
「いーのいーの! だってわたし、お掃除大嫌いだもんねーっ!」
あはは。現実はこんなものだ。あんなに断ると息巻いていたのに、即答だよ。
今の俺はまだ、腕立て伏せを30回も満足にこなせない男。ライオンに逆らえる道理がどこにある。
やはりどうしたって、圧倒的トレーニング不足なんだよ……。
ごめん、楓……。お兄ちゃん、少し帰りが遅くなる……。
──しかし今日は、これだけでは終わらなかった。
「つーかあずさ、頼むにしてもその態度はないんじゃないの? 言おうかどうか迷ってたけど、ちょっともう見てられないよね~」
隣の席から本日二度目のカットイン──。
まさかの軽井沢さんが物申してしまった?!
軽井沢さんは掃除当番を押し付けるときに建前を用意してくれる。奢る気のないジュースを奢ると言ってくれる人だ。……それを踏まえれば、あながちなくはない物言い。
なによりまだ、二人は小競り合いの最中──。
「えー、なんで? お掃除大好き人間くんだよ?」
「じゃあ聞いてみなよ? 掃除が好きなのかどうかさ。それではっきりするっしょ?」
おいおい待てよ。またか? またなのか? 答えられない二択が来ちゃうっていうのかよ……?
「お掃除大好きだよね?」
「嫌いって言っちゃっていいよ?」
来ちゃった……。な、なんでこうなるの……。
「はいはいストップ。さっきと同じで彼は明日になっても答えられないわよ? いい加減、学びなさい」
イエスマム! そのとおりです!
しかし先ほどのように、すんなりとは成らず──。
「このままでいいの? べつにいいならいいけどさ。なんか違うじゃん。こんなの」
確かに軽井沢さんの頼み方はパーフェクトだけどさ……。締めに敬礼までしてくれるし。
でもあんた、ただの一度もジュースを奢ってくれたことないじゃん。
とは、もちろん言えず。
「え……。どうして? お掃除大好き人間くんじゃないの……?」
対して音霧さんは話の意図を掴めない様子で、驚いた顔をしていた。
やっぱりこの子は本気で誤解をしているんだ。
いったいどこで誤解をされてしまったのか……。NOと言えない日々を鑑みれば、思い当たる節があまりにも多過ぎるから困ったものだ。
「はいはい、もうおしまいよ。これからカラオケに行くのでしょう? こうしている間にもあずの大好きなフリータイムの時間は刻一刻と削られてしまうのよ?」
「……うん」
あれ。ちょっと音霧さん? どうしてそんなにしょんぼりしているの?
なんだろう。これ……。
もしかして俺がお掃除大好き人間でないのであれば、掃除当番を押し付けないとか、そんな感じ?
いやいや。まさかな。
相手は他でもないライオンだ。淡い期待は身を滅ぼしかねない。
しっかりとトレーニングを積む。俺の進むべき道はひとつだ!
「それからケイ。あなたは少し頭を冷やしなさい。彼に掃除当番を変わってもらっている身で言えたことではないでしょう? 罰として今日のカラオケはマラカス&タンバリン当番に徹しなさい!」
「うっ……」
さすがボス。モードオコの王道系ゆる巻ライオンすらも黙らせてしまった。
そうして三人は仲良くカラオケに向かうため教室を後にした。……かに見えた。
音霧さんが「忘れ物〜忘れ物〜」とわざとらしく言いながら、教室に戻ってきてしまったんだ。しかも俺のもとへと駆け寄ってきた?!
そして──。
「ねえ、お掃除大好きだよね? ケイちゃんには言わないからさ、安心していいよ! ほらほら正直に言ってみ? 隠す必要はないからぁ!」
なるほど。音霧さんは能天気なだけで馬鹿ではない。ここでそんな言葉が出てくるくらいには、状況だって把握している。
なにより俺よりもテストの成績が良いのが確たる証拠。
だからここは──。
「う、うん。……大好きだよ」
すると音霧さんはにぱぁと可愛らしく笑うと「良かった!」と教室を後にした。
今はこれでいい。お掃除大好き人間のままでいいんだ。
淡い期待は己の身を滅ぼす──。
しっかりとトレーニングに励み、鍛錬を積むことが先決だ。
……さてはて。嵐は去ったことだし、とりあえず楓に連絡をしておくか。
こんなことになるのなら、昼休みの段階で連絡をしておくべきだったな。
『すまん。放課後の掃除当番代わっちゃったから、少しだけ遅れる。早く帰るって約束したのに悪いな』
メッセージを送った瞬間に既読がつくと、秒で返信がきた──。
『……くぅん』
な、なんだこの返信は? ていうか返信早っ!
あ。そうか、これは犬の鳴き声か。やる気満々で待機しているってことだな。
本当に感化されるなぁ。まさかあの凶暴なカエデライオンが、俺にこれほどまでのやる気をもたらしてくれる存在になるとは思わなかった。
だから気持ちに応えてやらないとな!
『玄関で伏せをして待ってろ』
『ワンッ!』
『出迎えるときはちんちんのポーズを忘れんじゃねえぞ!』
『ワンワンワン、ワンッ!』
よし。一秒でも早く掃除を終わらせて帰るぞ!
家に帰れば俺は『ライオン使い』だ!
帰りに骨っことジャーキーでも買って行こうかな! あとそれから、軽井沢さんが使っていたのと同じ汗拭きシートも必要だな!
俺の頭の中はすっかり、三限目の休み時間を繰り返すことでいっぱいだった。
☆ ☆ ☆
しかしこのあと予想だにしない事態に直面する。
悲劇の始まりか、はたまた春の到来か──。
俺、
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