「ふっざけんな──ッ!」と、誰も居ない教室でイケ好かないギャルの机を蹴飛ばしたら──。ぼっちで陰キャな俺の日常は目まぐるしく変化した。もう戻れない、あの頃には──。
第6話 ハイ! お掃除大好き人間デス!(前編)
第6話 ハイ! お掃除大好き人間デス!(前編)
「へぇ。カラオケに行ければ誰でもいいってわけだ?」
俺への問いかけだったはずが、ゆる巻ライオンが牙剥き出しでカットインしてきた。
それに対して音霧さんは鼻で笑うような素振りを見せると、あろうことか軽井沢さんをスルーして再度、俺に問いかけてきた──。
「お掃除大好き人間くんは嘘つきじゃないもんねーっ! で、どうかな?」
言わんこっちゃない……。ライオン同士の小競り合いに巻き込まれてしまった……。
だが大丈夫だ。焦る必要はない。
こんなものは軽井沢さんに対する当てつけだと考えて、まず間違いはないだろう。
ここでYESと答えようが、カラオケに行く未来は絶対に訪れない。
ならば、答えはひとつだ!
と、思ったのに……。
「あずが変なこと言い出しちゃってごめんねー。気にせず断っちゃっていいよ~」
あ、あれ……。軽井沢さん、それは俺に言っているのかな。
恐る恐る、隣の席へと視線を移すと──。
……うん。とてつもなく恐ろしい圧を感じる。確実に俺に言っているね。
「えーと。わたしは本気だよ?」
「いや、行きたくないっしょ?」
あれ。なんだろう。ひょっとして俺はいま、選びようのない二択を迫られているのではないだろうか。
──カラオケ行く? 行かない?──
行くと答えれば、軽井沢さんが俺にオコ。
行かないと答えれば、音霧さんが俺にオコ。
なにこれ……。
どうしてこんなことになってるの……。
「ねぇ〜え! 行こっ?」
「いや、行かないっしょ?」
ちょ、ちょっと……。え、えぇ……。
今もなお、机の上で寝転がる音霧さん。俺の胸元をツンツン。
対して軽井沢さんは席を立ち、俺が座る椅子の背もたれに両手をついてしまった。なんか頭に小ぶりサイズの柔らかなものが……。
上下にライオン。逃げ場なんて、どこにも……ない……。
「ねぇねぇ〜行こうよぉ!」
「行かないってはっきり言ってやんなよ~」
ひぃっ……。
む、無理だ。答えられるわけがない。
だってこれは『YES』と答えるのと同時に『NO』と答えてしまうから。
どちらか片方しか選べないって、そういうこと……。
しかも目的と手段が入れ替わっている。俺がカラオケに行くのか行かないのかで、小競り合いの優劣に多大な影響を与えるような、なんかそんな感じになってしまっている……。
圧倒的トレーニング不足を痛感せずにはいられなかった。
トレーニング一日目の新米ライオン使いには、手に余る。
あれ、ひょっとしてこれって……。詰んでる?
……否だ。この場所にはもう一人居る。さっきから笑いを堪えるようにニヤニヤしながらずっとこっちを見ているんだよ!
普段なら音霧さんが俺をカラオケに誘った時点で鋭い横槍が入るはずなんだ。でも今日は軽井沢さんがまさかのカットインをしてきたからおかしなことになってしまった……。
「ドリンクバー当番なら任せて! 行こうよぉ!」
「当番とか言ってるけど、自分が飲み終わるまで絶対に取りに行かないからね〜!」
耐えるんだ。大丈夫。彼女はこの状況を良しとは思っていないはずだ。必ず救いの手は差し伸べられる!
そうして──。
「はいはいストップ。それくらいにしておきなさいよ? 面白いからもう少し眺めていたいところだけれど、さすがに可哀想よ。よく見て? 彼、とても困った顔をしているわ」
来た! ようやくのお出ましだ!
ライオン界のボス! 清楚系巨乳ライオン!
「なるほどぉ! 本当はカラオケ行きたいのにケイちゃんが行くなって言うから、行きづらくて困っちゃったんだね!」
「いやいや、逆っしょ。行きたくないけど断りづらくて、困ってるって感じの顔じゃん?」
「本当はカラオケ行きたいんだよね?」
「行きたくないってはっきり言ってあげな?」
……ひぃ。
「だからもうやめてあげなさいって。何度聞いたところで、この男は明日になっても答えられないわよ? だから聞くだけ時間の無駄。わからないのかしら?」
さすがボス! なんでもお見通し!
軽井沢さんは察したように「あぁね」と納得するも、音霧さんは不思議そうな顔をしていた。
「んにゃ? つまり、どゆこと?」
瀬須川さんは少し考えるような素振りを見せた。すると一瞬、悪そうに笑みをこぼすと──。
「そうね。あずにもわかるように言うのなら『恋』かしら? 彼に構うのはやめなさいと何度も言っているわよね? カラオケボックスのような狭い個室に二人きりともなれば、恋心を抑えるのは難しいわ。切ない泣きソングが流れでもしたら暴走してしまうことだってある。彼もできることなら告白なんてしたくないのよ。気づいてあげてちょうだい。振られるとわかっている男が抱く、悲しい恋心に……」
ボス……。なんてことを言ってくれちゃってるんだよ……。
「あっ……。そうだった! 告白されちゃうから構っちゃだめなんだった! ってことでお掃除大好き人間くん! カラオケに行くって話はやっぱりなしで! ごめんね?」
「……うん。大丈夫だよ……」
また、告白もしていないのに遠回しに振られてしまった……。
いやいい。先ほどの絶望的な二択と比べれば、心にチクっと来る小傷で済んだのなら御の字だ!
よし。話は済んだから今のうちに便所飯へ……。と思うも、軽井沢さんの両手は今もなお、俺が座る椅子の背もたれにある。
……動けない。
「でも困った話よね。私やケイを差し置いて、ぼん君はあずに首ったけなのだから。あずにはがんばってもらいたいけれど、無理をさせるのもどうかと思うのよね」
ぼん君……。きっとお金の持ちのぼんぼんだから、そう呼ばれているのだろう。
だったら俺もお掃除大好き人間くんじゃなくて、そうじ君って呼んでもらいたいな……。
いや、そんなことはどうでもいいんだよ。一秒でも早くここから立ち去らないと、またどんな飛び火を受けるかわからない……。
「無理ってことはないっしょ。適当に気のある素振りをするだけでいいんだから楽勝じゃん。あんなのチョロいって」
「無理! 同じ空気吸いたくないもん! プライベートビーチかなにかしらないけど、うちにはハンモックがあるもんねー! それでじゅーぶん!」
「いや、あずの部屋の話は聞いてないから。あんまりふざけたことばっか言ってると、金輪際あずとはカラオケ行かないかんね?」
「うっ……。じゃ、じゃあ……今日カラオケ行ってくれるなら、多少はがんばる!」
「ダメ。あずはいつもそれじゃん。カラオケ行き終わったら知らんぷりするっしょ? だから先にがんばってくんない?」
「じゃあもういいもん。ひとカラ行くもん! 福引で当てた30%OFF券は今日までなんだもん!」
「それ、参加賞のティッシュの裏に入ってたやつっしょ? よーく見てみ? 一人じゃ使えないよ?」
「えっ?」
音霧さんはパッと俺の机から立ち上がると、大急ぎでカバンをガサゴソして、割引券らしきものを取り出しじっと見つめた。
そして愕然とした様子になると──。
「だったらやっぱりお掃除大好き人間くんと行くからいいもん! 告白されたっていい! ねっ、行こ?」
あれ。またこの話に戻っちゃうの……?
黙りしていると──。またしても軽井沢さんが……。
「だから行きたくないなら行きたくないってはっきり言えし! なんなの? 早く言ってくんない?」
あれれ……。
「告白してもいーよ? だから行こっ?」
「どうせ振られるんだから行く必要ないっしょ」
あ……。完全に戻ってしまった。
しかも今回は二人とも当たりがキツイ……。
ボス、早く止めて……。
「はいはいストップ。あまりこれは言いたくなかったのだけれど、あずは今日掃除当番でしょ? 彼と一緒に行くのなら、掃除も一緒にしてからじゃないと行けないわよ? それでいいの?」
「あっ! じゃあ無理だ!」
すごい。即答しちゃったよ、この子……。
まぁ、今日のところはいいさ。今までずっと耐えて来たんだ。これくらいなんてことないさ。
俺はトレーニングを積んで必ずNOと言える男になる!
まずは新米ライオン使いからの脱却だ!
楓には悪いがスパルタで行かせてもらう!
……でもあれ。もしかして俺は今日も、掃除当番を押し付けられるのだろうか。
真っ直ぐ帰るって、楓と約束しているんだけど……。
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