過去の違和 [4]
勿論人間は年を取る。桜と出会って一年、二年への進級で私は桜と別のクラスになった。正直悲しいなと思ったが、別に友達が彼女だけという訳ではないので、変わらない日々を過ごす。学年合同の体育では必ず一緒に行動していた。
唐突だが、私は耳がいい。小さな音を聞くだとかだけじゃなくて、人の声を聴き分けるだとか、皆がうるさい中誰が何を言ったとか、そういう耳がいいだ。他のクラスに入っちゃいけないとか言う謎ルールがあった学校では、廊下がコミュニケーションスペースで何人もの人が話していた。
荷物を取りに行く為に、人の波を縫う。
そんなある日だった。学校の女子が恋バナしている横を邪魔だな、と思いながら通り過ぎた。
『え、てかさ、二組の白井と杉中付き合ってるんだって』
脚は止めなかった。止められなかった。ロッカー前で、頭の中に反芻される言葉を取り出した。桜が、付き合った。杉中と。杉中はたしか桜の一つ後ろの席に座っていた意外と仲の良かった男子だ。
そうなのか。
そうなんだ。
桜がそれで…幸せならいっか。
そこで割り切ったつもりだ。つもりだった。今ほど苦しくなかった。あの頃は知らなかった。元々恋バナが得意でない私は、小学で恋愛経験が2回程あれど、ふったらふったでネタにされるのが本当に嫌だった。だから雑に流したり、好きな人と言われて二次元のキャラクターを言ったり、クラスで一番人気の男子の名前を挙げた。
どう答えるのが正解かわからなかった。好きが何かわからなかった。小さい頃はキス何て消費コンテンツだったし、結婚してなんて凄いのレベルを見誤った言葉でしかなかった。
告白とか、手をつなぐとか、キスとか、え、エッチな事とか、全部、全部、私の中ではわからないまま、それは消費コンテンツとなって、中学で目の前に突き出された。美味しい食べ方もそれが何なのかすらもわからないまま、目を反らしていた。
多分「恋」は異性を見るとどきどきして一緒に居たいって思う物なんだ。
それが最終的な答えだった。
それでも、何かを思っていた私は、夏休み、サンリオへ桜を誘った。
二人だけで行くのは初めてで私は少しおしゃれをしていった。
「何乗る?」
「どれがいいかね」
「いとが選んでよ」
「じゃああのライドでいい?」
「うん」
桜は笑った。私はそれが楽しかった。少し時間が経って、お昼時になる。どこへ行こうか、私はお腹空いてないから少しでいいかな、じゃあフードコートにしようか。二人で向かい合って座って、それぞれの物を頬張る。美味しいな。
「桜、次どこ行く?」
「ん?うんどこでもいいよ」
「なにしてるの?」
「杉中とLINE」
「そっか」
先に食べ終わった桜はスマホを見た。私がどんなに話掛けても、今はこっちで忙しい、とでも言うようにいとが決めな、と言った。
桜の目に私は写っていなかった。
画面越しの杉中の方が、目の前にいる私より大事らしい。
サンリオ、行きたくなかったんだったら、断ってくれてよかったのに。
「ねえ、そう言えば桜この後塾あるから帰らなきゃいけなかったんだよね。もうやる事ないし、帰ろうか」
「え?うんいいけど。乗りたいのあったんじゃなかったの?」
「いい。私も新宿行きたかったんだよね」
「ならいいけど」
足早に荷物を片付けて、席を立った。桜を後ろに取り残して、進んだ。
どんな顔をしてるだろうか。きっと悲しみに濡れているに違いない。杉中何て死んでしまえばいいのに。そう思った。横目に後ろを確認すれば小走りで後を追う桜の姿がある。時折スマホを確認しては返信を返す様子に傷ついた。
私は杉中に勝てないんだ。それもそうだ。ただの友達じゃないか。なんでこんなに桜に自分は執着しているんだ。桜の代わりなんていっぱいいるじゃないか。自分を宥めながらも、足は速くなるばかりだった。
桜は私をどう思っただろうか。大人げないやつだと思っただろうか。嫌われたんじゃんないだろうか。自分は。ダメな人間だ。
その日の夜自分は落ち込んだ。
また一年経った。
桜と話していたとき、桜と同じ部活の女子が言った。
「杉中と別れたんだっけ?」
「あーうん。なんか別れたいって趣旨の内容を長々されて面倒だったから、もうブロックした」
嬉しかった。
その時も違うクラスだったから、一緒に帰っていたのは帆波。私は嬉々として話した。
「桜別れたんだって」
「うれしいのそれ」
「うん。私桜の事好きだからさ」
わからなくて怖い
そういわれ、私は笑ってやった。コロナ禍で合わなくなった日々に寂しさを感じた稀に会うだけで救われる気分がした。見るだけで、心臓は高鳴って、口角は上がる。これは恋だ。貴方を私の腕の中に欲しい。放したくない。貴方だけの私になるから、私だけの貴方になってくれないか。
これが恋だ。愛だ。
その時、私は初めて恋を知った。
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