陰謀

翌日、帰り支度を終え出発の時間まで付近を散歩していたCさんのもとに某家の次男が現れ、しばらく二人で田園地帯を歩いた。


「あいつを兄貴の花嫁にするって言うたんは僕です」


次男が開口一番発した言葉に、Cさんはぎょっとして次男を見つめた。

次男はCさんの視線を意に介することなく話を続けた。

次男と少年はもともと幼稚園からの幼馴染で、二人で山の御堂まで行き格子戸越しに兄と遊ぶ程の仲だった。中学校に上がると某家の息子である次男は学年のリーダーのような扱いを受けるようになり、少年はリーダーとなった次男の腰巾着としてどこへでもついて回った。そんな少年を次男は弟のように、というよりも恋人のように可愛がったが、その裏でいずれ少年が成長し村を離れることで自分の傍から消えてしまう可能性にこの上ない恐れを感じていた。

そんな矢先、兄の成人を控え両親が嫁探しを始めた。平常嫁として選ばれるのは初潮を迎えた女子だが、現在の村に若い女子はおらず、尚且つ家長である父親が兄の子種を残すことを嫌がった。それと言うのも、父親が次期の家長に次男を推すのに対し母親が「次男が家長など聞こえが悪い。それなら長男の倅を作りその子を名目だけでも家長にした方がマシ。その子が大人になるまで私達で村のことやってけばいいのよ」と反論しているからだと言う。

次男はこの好機を見逃さなかった。父親に「妻が男なら子種の心配も無いでしょう」と吹き込み少年を花嫁にするよう説得し、母親には「お父様もお母様ももう若くないのに、右も左もわからぬ子供を名ばかりの家長にするなんて」と詰め寄った。

両親は煩悶した末に少年を花嫁にすることを決めた。こうして長男の妻という名目ではあるものの、次男は少年を一生この村に留めることに成功したのだ。


「本人はそれでいいの...?」


「この村では某家の方針に反することが一番の罪って一番わかっとる奴なので」


Cさんの問いに次男はさらりと答えた。


「それにあいつ自身も兄貴のことちょっと好いとったみたいです。花嫁に選ばれた奴は婚礼まで御堂に近づいたらいかんって決まりがあるんですが、あいつはこっそり会いに行きよったんですわ。誰にも言いませんでしたけど」


昨夜少年が自分に向けて露にした怒りの意味を悟り、Cさんは申し訳ない気分になった。


「貴女には信じられんでしょうけど、今年の祭りは皆を幸せにしたんです。僕はあいつを引き止められたし、家の跡継ぎ問題も解決したし、あいつも想い人と結ばれた。兄貴も一人ぼっちじゃなくなったんです」


「花嫁のお母さんは...?」


Cさんは祭りの最中に見た留袖の女性を思い出した。口を真一文字に結んで涙を流すあの表情は、とても幸せには見えなかった。

次男は「おば様か...」と気まずそうに目を伏せた。


「代わりにはならんでしょうが、少しばかり結納金をお渡ししてます。あの家の生活費になるか、もしくはあいつに二コ下の弟がおるんでそいつの学費か何かにあてられるでしょう」


補償こそしているとはいえ、皆が幸せなどよく言えたものだ。Cさんが睨むと次男はしゅんとして黙り込んでしまった。二人は無言のままCさんの祖母宅へと道を引き返した。

祖母宅の前まで着くと、車に荷物を積んでいた父親が二人を見るなりニヤニヤと笑い、そばにいた祖母が驚いたように両手で口を押さえて会釈した。

別れ際に次男がこんな話をした。


「あの御堂、Wi-Fi繋いでるんですよ。いくら想い人といられるとはいえ、何もない場所に閉じ込められるなんて堪ったもんじゃないですからね。せめてスマホは好きにいじらせてやろうと思って」


勿論料金は我が家持ちで、と付け加える次男にCさんは苦笑した。




次男と祖母に見送られながら、Cさん親子は村を後にした。


「あれ某さんとこの子やろ?アレ?一夏の恋?」


ニヤニヤしながら父親が問うのを一蹴し、Cさんは遠くなっていく村を眺めた。

良い意味でも悪い意味でも田舎には因習を続ける何らかの事情があり、都会人が無闇やたらと介入していいものではない。

とにかく昨日今日と多くのものに触れすぎて疲れてしまった。少し眠りたい。

カーステレオから流れるバラードを聴きながらCさんは眠りについた。



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