祭礼

祖母宅に戻ったCさんは夕食時、父親に御堂の中の男について尋ねた。

父親は「某さんとこの長男やろ」と事も無げに答えた。

いわく、彼は20年前に生まれた某家の第一子で、本来なら家督を継ぐ宿命にあったが頭が弱い為に"神の生まれ変わり"の名の下に隔離されてしまったという。


「その後すぐに弟が生まれて、今はそいつが家督を継ぐことになっとる。でも家族は複雑らしいね。"次男が家長になる"って言うと聞こえが悪ぃなんぞと言ってな」


長男に倅が生まれたらそいつが名目だけ家長になったりしてな、と父親は再び嘲笑した。




祭りが始まったのは夕食を終えて一時間程経った後だった。その間に父親は最後の準備があるからと家を出ていき、Cさんは祖母と二人でテレビを見ていた。

そこへ独特の音色を持つ笛の音が響き、辺りに祭りの開始を知らせた。

Cさんと祖母が家を出ると、集落の大通りで法被姿の男達が列を成し、それぞれ笙、鼓、松明等をゆったりと歩いていた。列の中で松明を掲げていた父親がCさん達に気づくと小さく手を振ったので、Cさんも小さく手を振り返した。

やがて楽器を持った列は遠ざかり、今度は牛車のような車を押した列が現れた。車には牛車に見られるような四方の幕は無く、中の様子がよく見えるようになっている。


「あの中に花婿と花嫁が入っとるんよ」


祖母の言葉を聞いてCさんは車の中を注視した。

花婿は簡素な仮面と紋付き袴で覆われ顔が見えなかったが、フラフラとした生気の無さそうな姿から御堂で見たあの男であることが察せられた。続いて隣に座る花嫁を観察し、Cさんは目を剥いた。白無垢と角隠しを纏い、化粧っ気の無い顔で僅かに俯く人物。それは山の御堂で出会った少年だった。

驚くと同時に少年の言葉の意味を理解し口をパクパクとさせるCさんに気づくこともなく、少年は俯いたまま自身の両手を揉んだり擦ったりしている。

ふとCさんは自分の真正面、向かいの家の側で花嫁を真剣に見つめる女性がいるのに気づいた。

黒い留袖を着た女性は何やら感情を押し殺すように口を真一文字に結び、目に涙を溜めて少年を見つめている。おそらく少年の母親だろうとCさんは察した。大事な息子が神の花嫁などという得体の知れない名目で世間から隔絶されるのを黙って見ることしかできない女性の姿にCさんは心が痛くなった。

それからCさんは花嫁の家族がいるならもしかして、と辺りを見回した。するとやはりCさんの向かい、花嫁の母親の数m先に花婿の家族と思しき一団が陣取り、静かに行列を見守っていた。Cさんは一団の中の一人、学生服らしき白シャツを着た少年に目を奪われた。くっきりとした二重瞼に大きな瞳、高く整った鼻を持つ美少年。彼が件の次男であろう。憮然とした顔で花婿を見つめる姿は、彼が因習に対し否定的であることを想像させた。

この後"神の生まれ変わり"と花嫁は山の御堂で初夜を迎え、そこで契りを交わすことで初めて夫婦として成立する。食事や風呂の世話は某家の使用人が毎日行い、夫婦は某家からの呼び出し以外で御堂の外に出ることは許されない。

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