第七百九十一話 5月28日/高橋悠里は夏の吹奏楽コンクールの課題曲『四天の翼』の合奏練習をする
5月28日の吹奏楽部の合奏は、半数の部員が欠席した状態で、夏の吹奏楽コンクールの課題曲『四天の翼』の練習をした。
『四天の翼』というのは同名の人気アニメのオープニング曲で、要は「吹奏楽コンクールの課題曲にアニメの曲が採用されるとは思わなかった」と言っていた。
ファンタジーVRMMO『アルカディアオンライン』の開発を担っているゲーム会社『フリーダム』が『四天の翼』のアニメのスポンサーになっていて、今年の夏の吹奏楽コンクールを『アルカディアオンライン』が協賛している関係かもしれないと悠里は思う。
今日の合奏練習には三年生の姿がほとんどない。
三年生にとっては、明日の球技大会が中学校生活最後の球技大会になるから、クラスメイトとの時間を大切にしているのかもしれない。
三年生のほとんどがいない合奏練習はぼろぼろで、指揮をしている顧問の先生に呆れられてしまった。
改めて、悠里たち一年生は、三年生と二年生の先輩に頼り切って演奏していたことが浮き彫りになる。
反省点ばかりの合奏練習を終えても、要と萌花は姿を見せなかった。
「なあ、高橋。今日一緒に帰らないか? 藤ヶ谷先輩、まだ球技大会の練習してるんだろ?」
音楽室の片づけをして、音楽準備室でアルトサックスをサックスケースにしまい終えた悠里に、テナーサックスケースを棚に置きながら颯太が言う。
「たぶんそうだと思うけど、でも私、要先輩と、1年5組の教室で待ち合わせしてるんだよ」
「じゃあ藤ヶ谷先輩が来るまで、俺も一緒に1年5組の教室で待ってるよ。高橋ひとりだと寂しいだろ?」
「えっ? それは悪いよ。スマホで漫画とか読んで待ってるから大丈夫だよ」
悠里は待ち時間に学校支給のノートパソコンを使って勉強しようとは全く思っていない。
中間テスト前はたまに見ていた英単語カードも、中間テストが終わってからは机の引き出しにしまい込んでいる。
「遠慮すんなよ。同じサックスパートの一年生同士じゃん?」
「でも……」
「高橋は俺と喋りながら藤ヶ谷先輩を待つの、嫌か?」
「嫌じゃないよ。相原くんと喋るの楽しいし。だけど」
「じゃあいいじゃん。俺も高橋と喋りたいしさ」
颯太は強引に結論付けた。
悠里は颯太に押し切られ、なんとなくモヤモヤした気持ちでアルトサックスのサックスケースを棚にしまう。
「じゃあ、教室に行こうぜ」
楽器を片付け終えた颯太が自分の通学鞄を手にして悠里を促した直後、音楽準備室に息を切らした要が駆け込んできた。
「あー。やっぱり合奏終わっちゃってたか……」
要はそう言って、肩を落とした。
「要先輩っ」
悠里は自分の通学鞄を持って、要に駆け寄る。
颯太は嬉しそうに要に駆け寄っていく悠里を苦い気持ちで見つめた。
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