第七百九十二話 5月28日/高橋悠里は要と合流して音楽準備室を出て、颯太は萌花と一緒に帰る途中に警察官ふたりとすれ違う
悠里は音楽準備室に現れた要と合流して、颯太に手を振り、彼と二人で去ってしまった。
颯太は自分も今すぐに音楽準備室を出た場合、視界に悠里と要が仲良く並んで歩く姿がちらつくと思い、ため息を吐いた。
しばらく、校内で時間を潰した方がいいだろうか。自分のクラスで、スマホで動画でも見ようか。
だけど、教室に残っていたら、明日の球技大会のために仕上げの練習をしたいと言っていたクラスメイトと会ってしまうだろうかもしれない。
……今日は、合奏練習だからサボりたくないと言って、颯太は球技大会の練習より吹奏楽部の部活を優先させていた。
悠里のカレシの要が音楽準備室に現れるのがもう少し遅ければ、今頃、悠里と二人でいられたかもしれないのに……。
「……帰るか」
口の中で小さく呟き、颯太が音楽準備室を出ようとしたその時、萌花が現れた。
「あー。やっぱり合奏終わっちゃってたか……」
全力で走って息を切らしながら、要と同じセリフを口にした萌花を見て、颯太は思わず笑ってしまった。
萌花は自分を見て笑う颯太に、ぎゅっと眉根を寄せる。
「相原くん、人の顔見て、笑うなんて、失礼……っ。あたし、先輩だよ……」
「篠崎先輩。後輩の俺に先輩って強調するの、パワハラです」
「えー。パワハラってなに。これがジェネレーションギャップってやつなの……?」
息を整えながら、萌花が言う。
「俺、今から帰りますけど校門まで一緒に帰ります?」
「なんで校門までなの? 別にいいけど……」
颯太は萌花と連れ立って歩き出す。
さっきまで重かった颯太の心が少しだけ、軽くなった気がした。
颯太と萌花が階段を下りていると、階下から警察官の制服を着た男性が二人、階段を上ってくる。
「ねえねえ、お巡りさんいるよ」
「見ればわかります」
「こんにちは。まだ外は明るいけど、気をつけて帰ってね」
茶髪の若い警察官が足を止め、颯太と萌花に視線を向けて言う。
「はいっ。気をつけます」
萌花が元気よく言うと、茶髪の若い警察官は肯いた。
そして彼は、黒髪のいかめしい顔をした中年の警察官と共に階段を上がっていく。
萌花は階段を上がっていく警察官ふたりの後ろ姿を見送った。
萌花が立ち止まったので、仕方なく颯太も足を止める。
「警察官ってかっこいいよねー。あたし、警察官の制服って好き。警察官って公務員なんだよね? あたし、目指してみようかなあ」
「篠崎先輩。警察官は勉強しないとなれないですよ。たぶん」
「あー。勉強はやだー。警察官って持久走だけできればよくない? 体力があればなんでも解決できそう」
「体力だけじゃ無理でしょ……」
「やっぱりアレかな? 失踪した二人の事件の捜査かな?」
「そうかもしれないですね」
「一人で帰るのちょっと怖いな。ねえ、相原くんはあたしを家まで送ってくれたりしないの?」
「それだと、俺が篠崎先輩の家から自分の家まで一人で帰ることになりますけど。本当、そういうとこですよ。先輩がモテない理由」
呆れたように颯太が言って歩き出した。
「あっ。相原くん、待ってよ」
萌花は小走りで颯太を追いかける。
……颯太も萌花も、考えもしなかった。
今すれ違った警察官ふたりが、失踪者に名を連ねることを……。
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