第七百八十九話 5月28日/高橋悠里は音楽準備室に向かう途中に颯太と会い、球技大会の投票の話をする


午後の授業がすべて終わり、帰りのホームルームを終えた悠里は吹奏楽部の部活に行く支度をして、後ろの席の晴菜に視線を向けた。


「はるちゃんは今日、生徒会の手伝い?」


「うん。明日の球技大会本番に向けて作業があるから。ずっと部活に行けてなくて、フルートを吹いてないと口の形とか忘れそうだから、本当は吹奏楽部の部活、行きたいんだけどね」


「球技大会が終わったら、一緒に部活に行こうね」


「うん」


悠里は晴菜に手を振って、一人で教室を出た。


一年生の教室は三階にあり、吹奏楽部の活動場所である音楽室は四階にある。

悠里が音楽室に向かうために階段を上っていると、背後から軽やかな足音が近づいて来た。


「お疲れ、高橋」


声を掛けてきたのはサックスパートの一年生、相原颯太だ。


「お疲れさま、相原くん」


「球技大会の投票制度のこと、聞いた?」


颯太は悠里と並んで階段を上りながら尋ねた。


「うん。はるちゃんに教えてもらった」


悠里は背の高い颯太を見上げながら言う。


「高橋、俺に投票すれば駄菓子セット絶対にゲットできるぜ。俺のバスケのチーム、バスケ部に入ってる奴も何人かいるから強いんだ」


「私は要先輩に投票するって決めてるんだ。でも相原くんのバスケチームのこともリモートで応援するね」


「サンキュ。俺は高橋に投票するよ。卓球を選んだんだよな?」


「えっ!? それはダメ!! 私、絶対に一回戦で負けるから!!」


「じゃあ、高橋が負けたらオレに何か奢ってよ。自販機のジュースでいいよ」


「それ理不尽じゃない……? 相原くんが私じゃなくて自分に投票すればよくない? そうしたら駄菓子セット、ゲットできるよ」


「自分に投票するなんてつまんないじゃん」


「絶対に負ける私に投票するのもつまんないよ。あ、篠崎先輩に一票入れたら?」


篠崎先輩というのはバリトンサックス担当の二年生、篠崎萌花のことだ。

女子生徒ではあるけれど重低音のバリトンサックスが好きで、一年生の時から吹いている。

悠里は自分の冴えた思いつきに満足しながら肯き、言葉を続ける。


「篠崎先輩は運動神経よさそうだし、きっと、一回戦、勝つんじゃないかな」


「んー。考えとく」


悠里の言葉に颯太は気のない返事をした。


悠里は颯太とお喋りをしながら楽器等をしまっている音楽準備室に入った。

今日は吹奏楽部が音楽室を使って合奏できる日だから楽しみだ。

合唱部と交互にしか音楽室を使えないのは少し不便だけれど、吹奏楽部も合唱部もどちらも音楽室を使いたいから、譲り合うしかない。

悠里と颯太は棚からそれぞれに、自分のサックスケースを取り出し、楽器を組み立て始めた。

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