第七百八十話 マリー・エドワーズはスリッパを履いて食堂を訪れ、侍女長に呆れられながら着席する

真珠を抱っこしたユリエルと共に港町アヴィラの領主館の食堂に足を踏み入れたマリーは、侍女長であるグラディス・ブロックウェルの視線を感じ、自分の足元を見た。

……マリーはふわふわの履き心地の良いスリッパを履いている。

マリーはそっとユリエルの足元を確認した。

ユリエルはぴかぴかに磨かれた白い靴を履いている……。


マリーは自分が履いているスリッパを見て、それから侍女長の顔を見た。

侍女長は重々しく肯く。

マリーは理解した。

スリッパでここに来たらダメだった……!!


「マリーちゃん。座ろう」


ユリエルはマリーの逡巡に気づかずに微笑んで言う。


「ユリエル様、あの、でも、私、スリッパを履いてて……」


「俺もスリッパで来ればよかった。家の中でも靴履き続けてるのって窮屈なんだよね」


ユリエルの中の人である要はリアル日本の感覚でいるので、食堂にスリッパで訪れることがマナー違反になるとは思っていない!!

マリーはどうしていいのかわからず、救いを求めて侍女長に視線を向けた。

侍女長はマリーと視線を合わせて口を開く。


「マリーさん。今日はそのままで宜しいですよ」


「はい。グラディス様」


マリーは神妙な面持ちで侍女長に肯きながら、次はきちんと靴を履こうと心に刻んだ。

少しだけ『淑女の嗜み』スキルのスキル経験値が上がったような気がする……。

ユリエルが侍女長に椅子を引いてもらい、マリーがツインテールの髪の侍女に椅子を引いてもらっていると、食堂にナナが現れた。


「わわっ」


ユリエルの膝の上に座っている真珠がナナに気づいて、彼女の名前を呼んで尻尾を振る。

ユリエルの椅子を引き終えた侍女長はナナに視線を向けた。

侍女長と目を合わせたナナは、仕事を放り出してマリーや真珠と遊んでしまったことが後ろめたくて首を竦める。


テーブルにはユリエルの父親で、港町アヴィラの領主のヴィクター・クラーツ・ アヴィラと鑑定師ギルドの副ギルドマスターであり、ユリエルの従兄弟でもあるフレデリック・レーン、そしてレーン卿の婚約者候補であるノーマ・グリックがいて、彼らはすでに食事を始めていた。


「真珠」


侍女長はユリエルの膝の上に座っている真珠に視線を向けて、彼の名前を呼ぶ。

真珠は侍女長に肯いてユリエルの膝の上から絨毯の上に飛び下り、そしてきちんとお座りをした。

侍女長は微笑んで肯く。

真珠は何度も領主館で食事をしているので、きちんとマナーをわきまえている。


***


光月7日 夜(5時20分)=5月27日 21:20



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る