第七百七十一話 5月27日/高橋悠里は帰宅して祖父が『アルカディアオンライン』をプレイしていることを知る

悠里はフローラ・カフェ星ヶ浦駅前店を出て帰る方向が違う颯太や萌花と別れ、要に送られて帰宅した。


「ただいまー」


悠里がそう言って玄関に通学鞄を置き、靴を脱いでいると祖母が出迎えてくれる。


「おかえり、悠里。あのね。今日、お祖父ちゃんの『アルカディアオンライン』のゲーム機器が来てね、お祖父ちゃん、今、和室でゲームをプレイしてるのよ」


「そうなのっ? お祖父ちゃんの主人公とゲームで会えるかなあ。お祖母ちゃんとも会いたいけど、お祖母ちゃんの主人公は人魚だから難しいもんね」


「そうねえ。悠里の主人公が泳げるようになったら一緒に海で遊びましょうね」


「マリーと真珠は泳げるようになるのかなあ……?」


悠里はマリーと真珠が溺れて、教会に死に戻る未来しか見えない。


悠里はつけていたグレーの不織布マスクをリビングのゴミ箱に捨て、鞄を二階の自室に置いて、洗面所で手洗いとうがいをする。

それから二階の自室で制服から部屋着に着替え、着ていたブラウスを一階の洗面所に置いている洗濯カゴに入れた。


「今日のおやつは何かなあ?」


フローラ・カフェ星ヶ浦駅前店では飲み物だけを飲んだので、おやつを食べたい。

悠里はダイニングに向かった。


ダイニングでは祖母が紅茶を飲んでいた。

母親の姿はない。晩ご飯の支度をしているのだろうか。


「悠里。冷蔵庫にお祖父ちゃんが買ってきてくれた杏仁豆腐が入ってるわよ」


「本当? やった……っ」


祖母の言葉を聞いた悠里は喜び、キッチンに向かった。


冷蔵庫から杏仁豆腐を取り出し、銀のスプーンを用意してダイニングに戻った悠里は自分の席に座り、にこにこしながら杏仁豆腐を食べ始めた。

祖母は嬉しそうに杏仁豆腐を食べる悠里を微笑ましく見つめ、口を開いた。


「今日は少し、帰りが遅かったわね。要くんとどこかに寄ってきたの?」


「今日はねえ、要先輩とサックスパートの人たちと駅ビルのフローラ・カフェに行ってきたんだよ」


「そう。楽しかった?」


「うんっ。楽しかった」


「よかったわね」


祖母は嬉しそうに言う悠里を見て、新型コロナが蔓延していなければ、悠里はもっといろいろなところに気兼ねなく出かけられるのにと思う。

悠里が杏仁豆腐を食べていると、ダイニングに祖父が現れた。


「麗奈、お茶」


「今、用意するわね」


緑茶の湯飲みをテーブルに置き、祖母が席を立つ。

祖父は自分の席に座った。

杏仁豆腐を食べ終えた悠里は祖父に視線を向けて口を開く。


「お祖父ちゃん。杏仁豆腐、おいしかった。ありがとうっ」


「そうか」


「お祖父ちゃんは『アルカディアオンライン』をプレイしてたの? 楽しかった?」


悠里の言葉を聞いた祖父は顔をしかめる。

祖父の表情を見た悠里は不安な気持ちになって口を開いた。


「お祖父ちゃんは『アルカディアオンライン』楽しくなかった……?」


「いや、まだ主人公を決められていなくてな。お祖母ちゃんとも悠里とも会える主人公を探してるんだが……」


「そうなの? 嬉しい。お祖父ちゃん、主人公選び頑張ってねっ」


「……ああ」


もう面倒だから適当な主人公を選んでゲームをプレイしようと思っていた祖父は、可愛い孫娘に応援されて退路を絶たれた。

自分の言葉が祖父を追い込んだことに気づかず、悠里は空になった杏仁豆腐のカップを捨てるために席を立った。

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