第七百六十六話 5月27日/高橋悠里はひとりきりでパート練習をして眠くなり、1年3組の教室で寝始める

大好きな要に会えると思って張り切って音楽準備室に足を踏み入れた悠里だったが、サックスパートのメンバーはまだ誰も音楽準備室にはいなかった。

サックスパートのメンバー全員分のサックスケースが棚の中に入ったままになっている。

今日は、音楽室を合唱部が使う日だから、吹奏楽部員は各教室でパート練習だ。


悠里は自分のサックスケースを棚から出した。


「……誰も来ない」


悠里はため息交じりに呟く。

大好きな要も、要以外のサックスパートのメンバーも音楽準備室に姿を見せない。

音楽準備室にいる吹奏楽部員の人数は少なく、もしかしたら土曜日の球技大会に向けてクラスメイトと練習をしているのかもしれないと思う。


悠里は自分のアルトサックスのサックスケースと通学鞄を持って1年3組の教室に向かった。

教室にサックスケースと通学鞄を置いたら、メトロノームと楽譜を取りに音楽準備室に戻ろう。


1年3組の教室に足を踏み入れた悠里は、スマホを見て要からのメッセージが来ていないか確認する。


「要先輩からメッセージ来てる。……やっぱり球技大会の練習してるんだ。そっかぁ……」


要が出場する競技はバスケっとボールなので、チーム練習が必要なのだろう。

悠里が出場する卓球は個人競技なので、勝利を目指していなければ、練習は必要ない。

悠里は卓球が下手で、それほど好きでもないので、球技大会が始まる前から卓球での勝利を捨てている。


「練習、頑張ろう」


悠里は自分を鼓舞するために、誰もいない教室でそう呟き、教室の床に置いたサックスケースの蓋を開けた。


メトロノームの規則正しい音とアルトサックスの音色が響き、そしてアルトサックスの音色が止んだ。

夏の吹奏楽コンクールの課題曲の練習をしていた悠里は、疲れて、アルトサックスを吹くのをやめ、アルトサックスを自分が座っている席の後ろの机に置き、あくびをする。

眠くなってきた……。

『アルカディアオンライン』を夜遅くまでプレイした弊害による眠気は、昼休みの爆睡だけでは取り切れなかったらしい。


「……ちょっと寝よう」


悠里は制服のポケットからハンカチを取り出して机の上に広げ、ハンカチの上に突っ伏して寝始めた。


サックスパートの一年生、相原颯太は土曜日に迫った球技大会のバスケットボールチームのクラスメイトと体育館でバスケの練習をしていたので吹奏楽部の部活に遅れた。

土曜日の球技大会が終わるまで、体育館でバスケ部やバレー部の部員たちと、球技大会に出場するチームが練習試合ができるようにしてくれているので、つい、夢中になってバスケに集中してしまった。

小学生の頃はミニバスをやっていたので、颯太はバスケが得意だし、好きだ。


音楽準備室のサックスケースがしまってある棚からは、悠里が使っているアルトサックスのサックスケースがひとつ、なくなっていた。

音楽準備室の隣にある音楽室からは合唱部の歌声が聞こえる。


「高橋だけ、部活に来てるんだ」


悠里はいつもサックスパートがパート練習で使っている1年3組の教室にいるのだろう。

颯太は、今なら悠里と二人きりで話せるかもしれないと思いながら、自分のテナーサックスのケースだけを持って、足早に音楽準備室を出た。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る